秋山瑞人初のオリジナル作品
2000年刊行。第32回の星雲賞日本長編部門の最終候補作。
『E.G.コンバット』そして、『鉄コミュニケイション』と、電撃レーベル内でノベライズ作品を手掛けてきた秋山瑞人が、初めて手掛けたオリジナル作品である。
『鉄コミュニケイション』そして『イリヤの空、UFOの夏』と並んで、きちんと完結している貴重な秋山作品でもある。
二巻構成で、第一巻が焔(ほむら)の章。第二巻が幽(かすか)の章となっている。なお、表紙に登場している女の子(のように見える)は、ヒト型ロボットのクリスマスであり、あくまで主役はネコの方である。
おススメ度、こんな方におススメ!
おすすめ度:★★★★(最大★5つ)
秋山瑞人(あきやまみずひと)作品をとりあえず一作読んでみたい方(二冊で完結しているのでおススメ!)。ネコを主人公としたエスエフ作品に興味のある方。ロケットモノ、宇宙開発モノがお好きな方におススメ!
あらすじ
人類が滅亡した後の世界。スペースコロニーに取り残された猫たちは、宇宙に浮かぶ地球を死後魂が赴く場所として信仰していた。三十七番目のスカイウォーカー幽(かすか)は掟に背き地球を目指そうとする。その幽の前に最強のスパイラルダイバー焔(ほむら)が立ちはだかる。互いの誇りをかけた戦いの果てに幽が見たものは。
ここからネタバレ
人類滅亡後の世界、知性を持つ猫たち
本作の舞台となる「トルク」は地球軌道を回るスペースコロニーだ。人類は既になんらかの理由で滅亡しており、「トルク」内は知性を持つ猫たちが支配をしている。この世界の猫は額に「電波ヒゲ」と呼ばれる器官が備わっており、電波を送受信することが出来、意思の疎通や、機械の操作を遠隔で行うことが可能である。猫たちの間で天体は儀体と呼ばれ、中でも眼下に見える青い地球は「地球儀」と呼ばれ、死んだ者たちの魂が赴く場所として崇敬を集めている。
知性を持つ猫、「電波ヒゲ」、そして信仰の対象となった「地球儀」。星雲賞の候補となった作品だけあって、魅力的なエスエフガジェットがふんだんに散りばめられていて、なんとも実にそそられる物語なのである。
自分が自分であろうとしたための代償の物語
スカイウォーカーとは、宇宙を飛び地球儀に降り立つことを目指す猫である。「地球儀」が信仰の対象となった世界ではその行為は禁忌とされる。歴代のスカイウォーカーたちが志半ばで命を絶たれてきた中で、三十七番目の存在として登場するのが本作の主人公幽である。
そしてスパイラルダイバーとは戦う猫である。「トルク」内で行われる賭け試合「スパイラルダイブ」に挑むもの。そしてその中で、最強の称号「多爾袞(ドルゴン)」を持つのが、もう一人の主人公焔である。
幽と焔はお互いに惹かれあいながらも、自分が自分であろうとするために、命を懸けて戦うことを選ぶ。停滞し、行き詰った社会では、「そうしたいから」という、どうしようもない強い思いだけが、革新的ななにかを先に進めていく。
そして、その選択は、時として、取り返しのつかない犠牲を生むことがある。強いものたちが、その思いを貫くために、もっとも弱いものが代償となることがある。このあたりの容赦ない鬼展開は、さすがは秋山瑞人だなと思った。
無私なるものたちの献身が今回も泣ける!
秋山瑞人作品共通の泣かせ要素、「人ならざる存在」が、自らを犠牲にしてでも全力で主を救おうとする。このパターンが今回も見事に決まっている。
本作で登場する、高度な人工知能を持つロボットたちは人類文明の遺産であり、猫たちは彼らをある程度修理することは出来ても、新しく作ったり、完全に修復することは出来ない。経年劣化により傷つき、知能も低下気味のロボットたちが、懸命に主である猫たちを助けようとする姿が猛烈に泣けるのである。
特に大ラス、「地球儀」へと旅立つ幽の船体にクリスマスが書いた「はれるでしょう」で、涙腺決壊した読み手は多いのではないだろうか。
続編の構想もあったみたいだけど
物語は幽や焔のその後を記していない。幽は「地球儀」にたどり着けたのか、その後の焔はどうなったのか?蛇足だと思うし、書かない方が構成的に美しいと思うのだけど、どうしても気になってしまう。
ちなみに、改めてあとがきを読んでみると以下のような記述があり、当時は続編の構想があったことが判る。
トルクの話の続きだとしたら(ほんとに出るのかそんなもんが)、次は『天使戦争(仮)』。幽・三十七からまた少し時代の下った、四十番台くらいのスカイウォーカーの話、だと思います。
『猫の地球儀』幽の章 あとがきより
とはいえ、あれから二十年近以上経って、長らく音沙汰なしだから、もはや可能性は皆無だろうけどね。残念。
その他の秋山瑞人作品の感想はこちら
代表作『イリヤの空 UFOの夏』の感想はこちらからどうぞ。
デビュー作『E.G.コンバット』の感想はこちらからどうぞ。
第二作『鉄コミュニケイション』の感想はこちらからどうぞ。
第五作『ミナミノミナミノ』の感想はこちらからどうぞ。