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『風よ僕らの前髪を』弥生小夜子 第30回鮎川賞優秀賞受賞作品


弥生小夜子のデビュー作

2021年刊行作品。作者の弥生小夜子(やよいさよこ)は1972年生まれ。過去には創元ファンタジー新人賞で第1回、第5回で最終選考まで残った実績がある。今回の『風よ僕らの前髪を』では、第30回鮎川賞の優秀賞を受賞し作家デビューを果たしている。

ちなみにこの年の鮎川賞の大賞は千田理緒(せんだりお)の『認識五色』。

風よ僕らの前髪を

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★(最大★5つ)

ビターで切ない系の青春小説が好みの方。上流階層の子女たちが登場するミステリ作品を読んでみたい方。心に傷を負った人たちの立ち直りと、復讐の物語を読みたい方。鮎川賞系の作品を読んでみたい方におススメ。

あらすじ

探偵事務所での勤務経験を持つ若林悠紀のもとに、伯母の高子から持ち込まれた依頼。それは殺害された伯父、立原恭吾の死に関する謎の解明だった。伯母は養子の志史を疑っている。実親からも、養親からも愛されずに育った志史は、けっして他人を寄せ付けようとしない。孤高の中で生きる志史の周囲で相次ぐ不審な事件。その背後にある哀しい真実とは……。

ここからネタバレ

エリート大学生の心の闇

この物語で容疑者として登場する、立原志史(たちはらしふみ)は、大学三年生で司法試験に合格するほどの優秀な人物である。順風満帆に見える彼の人生だが、その生い立ちは決して恵まれたものではなかった。人でなしの実父。再婚後、志史を捨てた母。養子に入った祖父母の家では、愛されることもなく、ただひたすら厳格に勉強することだけを強いられた。

立原志史は頭脳明晰で容姿も端麗。しかし、決して他人を信用せず心を許さない。そんな志史の、義理の父親である祖父の(ややこしい)立原恭吾が突然殺害されてしまう。志史にはアリバイがあるようなのだが、それは果たして本当なのか?

訳アリの探偵役

主人公を務める探偵役の若林悠紀(わかばやしゆうき)も訳アリの人物である。上場企業の社長子息として生まれ、何の不自由もなく生きていた悠紀。父の経営する会社への入社が決まっていた悠紀は、思いもよらぬ事態に遭遇する。家庭教師を務めていた女子高生が、突如、悠紀をナイフで刺し、その後自殺してしまったのである。心に傷を負った悠紀は、知人の探偵事務所で働くことになり、意図せずして探偵業のスキルを磨いていく。

若林悠紀は、立原志史の義理の母、立原高子の甥にあたる。その縁で、悠紀は学生時代に志史の家庭教師をしていた過去がある。この時、志史は義両親のもとで精神的なDVを受けていたのだが、悠紀はそれを察しながらも何もできなかった負い目を持っている。

立原恭吾の死を受けて、妻である高子は悠紀に、義理の息子である志史の調査を依頼する。高子は志史が恭吾を殺したのではないかと疑っているのである。この時点で立原一家の荒んだ人間関係が想起させられ、読む側としても暗澹とした気持ちにさせられる。

もうひとりの主人公

本作は探偵役の若林悠紀と、容疑者である立原志史の二人を軸に展開されていく。しかしこの物語には、もう一人の重要人物が存在する。志史の中学時代のクラスメイトの小暮理都(こぐれりつ)である。

資産家の家に生まれた理都だが、彼にも込み入った出生の事情があった。水商売をしていた母親。誰とも知れぬ実の父親。理都の中東系のエキゾチックな顔立ちからは、父親が外国人であったことが伺える。理都の母親は、資産家の小暮静人の求愛を受け入れ妻となる。しかし、静人の真の狙いは理都の美貌にあった。義父からの性的虐待を受ける日々の中で、理都の心の中で昏い復讐心が育っていく。

互いに複雑な家庭環境で育った、立原志史と小暮理都。二人が出会ったことで、それぞれが抱えていた心の闇、親への憎しみが顕在化していくのである。

罪と罰の物語

中学時代に出会った立原志史と小暮理都は、お互いの残酷な環境に強いシンパシーを覚える。いくつかの偶然が重なり、彼らは理不尽な現実に立ち向かうことを誓い合う。ここから幾年にも及ぶ、彼らの復習計画がはじまる。

興味深いのは、この物語の中で小暮理都が直接的には登場しない点にある。理都は伝聞情報の中でしか現れない。クラスメイトや、かつての関係者たち、そして志史の目線からしか語られることがない。理都を登場させないことで、逆に理都のキャラクター性を際立たせる。「不在の在」とでもいえる手法が取られている点は非常に意欲的な試みといえる。

志史と理都の復習計画は成功する。メタセコイアの木に結びつけた二人のネクタイが、耐えてきた年月の重さと二人の絆を想起させる。幼いころからの束縛からようやく逃れることができた二人だが、そのためには手を汚さざるを得なかった。この結末を悠紀は容認するのだが、罪を犯した二人に、運命は無慈悲な罰を用意していた。ここで、これまで理都を敢えて登場させてこなかった仕掛けが効いてくるのは巧い。

最終章のタイトルは「天秤」である。彼らに下された罰が、単なる偶然の産物ではなく、彼ら自身が紡いだ運命の因果の果てであったのが哀しい。罪と罰の「天秤」は最後にどちらに傾いたのか。それは示されずに物語は終わる。読み手としては気になる終わり方だが、あえて真相を書かない幕の引き方はこの作者なりの美学なのであろう。

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