小川一水はミステリも書く!
2012年刊行作品。光文社の小説誌「小説宝石」に2009年~2011年にかけて掲載された三篇を収録したもの。エスエフ作家として知られる小川一水(おがわいっすい)としては珍しいミステリ作品集である。
光文社文庫版は2014年に刊行されている。
おススメ度、こんな方におススメ!
おすすめ度:★★★(最大★5つ)
手軽に読めるミステリ短編(中編かも)集を探している方。少し毛色の違った推理小説を読んでみたい方。小川一水といえばエスエフ作品だけど、ミステリを書いたらどうなるの?と気になる方におススメ。
あらすじ
宇宙飛行士を養成するために作られた閉鎖施設で起きた殺人事件。犯人は何故、そしていかなる方法で殺人を行ったのか(星風よ、淀みに吹け)。妾腹の子として生まれた少女は、実父の死に際していきなり家屋敷を譲られる。「くばり神」とはいったい何なのか(くばり神の紀)。恐喝犯を協力して殺害した10人の男女。しかしこの中に手を汚していない人物が居る。「非犯人」を探す彼らがたどり着いた結論は?(表題作)。
ココからネタバレ
以下、各編についてコメント。
星風よ、淀みに吹け
初出は「小説宝石」2009年12月号。
日本宇宙機構の閉鎖滞在実験施設、BOX-Cの実験志願クルーとして集まった六人の男女。とびぬけて優秀な蓮台美葉流(れんだいみはる)は、その有能さ故にトラブルメーカーとなり他のメンバーたちの悩みの種となる。実験最終日を目前にして殺害された美葉流。密室内で窒息死した彼女は何故、いかなる理由で殺害されたのか。
最初の一編はエスエフ作家小川一水らしい理系ミステリ。理系的な殺害方法を読み解くハウダニット(どうやって殺したか)と、宇宙飛行士候補者だからこそのプライドがもたらしたホワイダニット(何故殺したか)が面白い。
宇宙飛行士選抜モノならでは。選ばれし者の高潔さと理想、選ばれない者の苦悩と嫉妬。選ばれる者と選ばれない者の間に立ち塞がる絶望的な壁。独特の緊張感が、短い作品の中でも上手く描き出されていた。
くばり神の紀
初出は「小説宝石」2010年12月号。
妾腹の娘として生まれた石沢花螺(いしざわから)は、実父の臨終の場に呼ばれ家屋敷を譲られることになる。どんなに傲慢で吝嗇な資産家でも、死に際してはその資産を惜しみなく周囲に分け与えてしまう「くばり神」。M県伊勢山市に残る謎の習俗はいかにして生まれ、今日まで続いてきたのか。
二編目は完全にエスエフ作品。ミステリ要素はあまりなし。突然莫大な遺産を継承することになってしまった女子高生が、実父に憑りついていたと思われる「くばり神」の正体を巡って調査に乗り出すお話。ヒロインの花螺のキャラクターが元気で行動力抜群のせいか、テンポよく話が進んでいき最後まで一気に読み切れる。リーダビリティの高さも小川一水作品の魅力の一つだろう。
「くばり神」の正体はかなりグロい。でも「くばり神」がもたらす富の再分配機能が、あまねく世界に広がれば人類史が変わってしまいそう。ダークなオチながらも、花螺の性格が前向きなせいか、意外に読後感は爽やか。それもいいんじゃない?って感じ。
トネイロ会の非殺人事件
初出は「小説宝石」2011年8月号。
一代一人(いちだいかずと)に恐喝を受けて来た十人の男女は、遂に反旗を翻すことを決めた。彼らはペンションに宿泊中の一代を昏睡させ、絞殺する計画を立てる。条件は全員が平等に殺害に関与すること。しかし、事件後、ただ一人殺害に加わっていない人物の存在が明らかになる。かくして十人の中で、殺人を犯してない「非犯人」探しが始まるのだが……。
通常ミステリ作品、それも殺人事件となれば「犯人探し」が主題になるものである。それに対して本作は、そもそも登場人物全員が犯人で、唯一手を汚していない「非犯人」を捜すという一風変わった趣向となっている。犯行の経緯を振り返り、誰であれば殺人をなしえなかったをロジカルに絞り込んでいく過程が面白い。
登場人物のほとんどが犯人であることは最初から分かっているので、倒叙ミステリ的にも楽しめるのもポイント。最後は二転三転するスリリングな展開で、短いながらも満足度の高い作品。表題作になるだけのことはある。
「トネイロ会」の元ネタについては、解説の千街晶之(せんがいあきゆき)は、「タイトルを紹介した瞬間にその作品のネタを割ってしまう危険性が極めて高い」として言及を避けている。まあ、これは正しい配慮と言えるだろう。
『トネイロ会の非殺人事件』の内容から、ああ、元はあの作品かなと想像が出来てしまう方なら容易に想像はつくかもしれない。
ネ
タ
バ
レ
配
慮
改
行
千街晶之が「「トネイロ」という言葉の意味について考えていただければと思う」と書いている。もうすこしヒントを出すと「トネイロ」を英文字にしてみることだ。表紙を見れば「トネイロ」の綴りが「TNEIRO」であることがわかる。あとはカンタンなアナグラム、言葉の並び替えである。
その他の小川一水作品の感想はこちらから