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『負けヒロインが多すぎる!』雨森たきび すべての恋愛の敗者たちに捧げる

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雨森たきびのデビュー作

2021年刊行作品。作者の雨森(あまもり)たきびは、2020年の第15回小学館ライトノベル大賞にて、『俺はひょっとして、最終話で負けヒロインの横にいるポッと出のモブキャラなのだろうか』でガガガ賞を受賞。同作を『負けヒロインが多すぎる!』と改題して文庫されたのが本作である。むろん、この作品がデビュー作となる。

負けヒロインが多すぎる! (ガガガ文庫)

小学館ライトノベル大賞応募時で、既に作者は40代前半だったとのことなので、現在は40代半ばか。ライトノベル作家としてはかなり遅咲きの方か。それだけに、これ程までにブレイクしてしまうと嬉しいだろうね。

表紙絵、口絵、本文イラストは、マンガ家、イラストレータのいみぎむるによるもの。

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★★(最大★5つ)

恋愛成分濃いめのライトノベル作品が好きな方。負けヒロイン属性にとてつもなく惹かれてしまう方。恋愛の敗者に着目した作品に興味がある方。アニメを見て、原作も読まねば!と心に決めた方におススメ!

あらすじ

傍観者系ぼっち男子高校生、温水和彦は、クラスの上位カースト的存在の八奈見杏菜と袴田草介の修羅場に遭遇する。草介の恋の成就を願い、自らの想いを封印し、あえて身を引いた八奈見杏菜。そこから、奇妙な縁が繋がって……。温水の前に次々と現れる恋の敗者「負けヒロイン(マケイン)」たち。彼女たちとの不思議な高校生活が始まろうとしていた。

アニメ版が素晴らしかった!

ちかごろはライトノベルの流行もわからず、アニメ作品の良し悪しも自分では判断がつかなくなり、評判の良いものを後追いで摂取する日々が続いている。そんな中で、なんとなく見始めた『負けヒロインが多すぎる!』が、想像を超えて面白く、あっという間に全12話を見切ってしまい、その直後に原作の既刊分を一気買いしてしまった。

全編通して安定した作画、美し過ぎる背景絵、切れっ切れの演出。ヒロインごとに異なるED(物語シリーズみたい)。そしてメインヒロイン八奈見杏菜の圧倒的な残念美人感。ご当地モノとしての地元描写(豊橋)も徹底していて、1話として無駄のない完璧なアニメ化だった。このアニメ制作スタッフガチャを引き当てた点でも、作者は相当に運がいい。監督の北村翔太郎(きたむらしょうたろう)はこれが初監督作品だったというのだから驚かされる。

ここからネタバレ

負けヒロインって?

というわけで、ここからが原作本の感想となる。まずは「負けヒロイン」とは何かを確認しておこう。

ピクシブ百科事典の定義だとこんな感じ。

負けヒロインとは『主人公の恋人の座』を勝ち取れなかったヒロイン及び女性キャラクターを指す言葉である。

負けヒロイン (まけひろいん)とは【ピクシブ百科事典】より

これだとお相手が主人公に限定されてしまうので、ちょっと狭義寄りの考え方にも思える。そもそも『負けヒロインが多すぎる!』が当てはまらなくなってしまうので、負けヒロイン・当て馬女子データベースの定義、

メインキャラクターの誰かに明確に恋愛感情を抱いている

はじめに - 負けヒロイン・当て馬女子データベースより

くらいの広めの捉え方の方がしっくりくる。

ちなみに、誰が負けヒロインなのかを知ることは、ネタバレをくらうことと同義なので、リンク先の閲覧にはご注意のこと。

メインキャラはこの四人

続いて登場するキャラクターの確認。メインとなるのはこの四人。

  • 温水和彦(ぬくみずかずひこ):ライトノベルを愛好する、ひとりが好き系男子。傍観者気質
  • 八奈見杏菜(やなみあんな):活発で社交力の高い女子。幼馴染の袴田草介に恋していたが告白はせず、親友の姫宮華恋(ひめみやかれん)との仲を取り持ってしまう。
  • 焼塩檸檬(やきしおれもん):陸上部のエース。幼馴染の綾野光希(あやのみつき)が好きだったが、告白できずにいるうちに、高校からの同級生、朝雲千早(あさぐもちはや)に先を越される
  • 小鞠知花(こまりちか):文芸部所属の内向的女子。部長の玉木慎太郎(たまきしんたろう)に告白するも、彼は副部長で幼馴染の月之木古都(つきのきこと)を選び、振られてしまう

主人公の温水和彦は物語を愛するが、自分が物語の主人公になれるとは夢にも思っていなさそうなタイプ。一歩引いた第三者の視点で、他者の人間関係を俯瞰しがち。恋愛フラグのようなものは、頻繁に立つのだが、無自覚にそれらを踏み抜いていく。

世の中には恋の敗者の方が多い

当たり前の話だが、恋愛はうまく行かないことの方が多い。余程のモテキャラでない限り、恋愛の成功体験が、失敗体験より多い方は稀のはずだ。思いは届かないし、報われないのが普通。しかしながら、世に描かれる恋愛ストーリーは、圧倒的に恋愛の成就を描くものばかり。

『負けヒロインが多すぎる!』の素晴らしいところは、恋愛の勝者側ではなく、ただひたすらに敗者にスポットライトを当てている点にある。三人の負けヒロイン(マケイン)に寄り添い、それぞれの失恋に至るまでの流れと、その後の心の痛みを丁寧に描く。失恋の経験なら、多くの読み手が持っているであろうから、自身の体験とオーバーラップさせて感情移入することも容易だ。この分野は意外にブルーオーシャンなのではないだろうか?これは良い鉱脈だったかもしれない。

「負けヒロイン」は、アニメやマンガ、ライトノベルの世界ではすっかり定着してしまった言葉だ。創作物の中には、負けヒロインからでなければ摂取できない滋養物があるのは確かだ。しかしこの言葉は、振られた側を貶めているようであり、揶揄するニュアンスも含まれる。そのため、これまであまり前向きな意味では使うことが難しかった。

『負けヒロインが多すぎる!』ではそんな、そこはかとなく真っ向から取り上げるのを避けてしまう負けヒロインの存在に真摯に向き合う。本作で、負けヒロインはかませ犬ではないし、盛り上げ役でもない、物語の主役を張る真のヒロインたちだ。この作者が負けヒロインの立ち位置を、この先の巻でどうやって掘り下げていくのかとても楽しみだ。

今後、月イチペースくらいで続巻の感想をあげていくので、しばしお待ちを。

続巻の感想を読む

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