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『月の輝く夜に/ざ・ちぇんじ』氷室冴子 没後に刊行された未文庫化作品集

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氷室冴子没後に発売された文庫未収録作品集

2012年刊行作品。作者の氷室冴子(ひむろさえこ)は1957年生まれ。シリーズ累計800万部を誇る『なんて素敵にジャパネスク』他、多数のヒット作で知られ、1980年代のライトノベル界(当時はライトノベルとは言わなかったけど)に君臨した人気作家だ。

月の輝く夜に/ざ・ちぇんじ! (集英社コバルト文庫)

残念ながら氷室冴子は肺がんのため51歳の若さで早逝している。2008年没。本書『月の輝く夜に/ざ・ちぇんじ』は氷室冴子が生前に発表した作品のうち、文庫化されていなかった作品をまとめた作品集だ。

表紙及び本文中のイラストはマンガ家の今市子(いまいちこ)によるもの。ただし、本文中のイラストがあるのは「月の輝く夜に」だけである。

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★★(最大★5つ)

かつて氷室冴子作品のファンだった方。まだ読んだことのない氷室冴子作品を読んでみたいと思っている方。『ざ・ちぇんじ』『少女小説家は死なない!』『クララ白書』がお好きだった方。平安時代を舞台とした小説作品に興味がある方におススメ!

あらすじ

親子ほどに歳の離れた情人から、彼の娘、晃子を預けられた貴志子(月の輝く夜に)。平安朝を舞台とした男女入れ替わり劇(ざ・ちぇんじ)。売れない小説家火村彩子が引き起こす悲喜劇『少女小説家は死なない!』の外伝作品(少女小説家を殺せ!1/2)。女子校の寄宿舎を舞台としたドタバタコメディ『クララ白書』の外伝作品(クララ白書番外編 お姉さまたちの日々)。五編を収録した、氷室冴子作品集。

収録作品

収録作品は以下の通り。

  • 月の輝く夜に
  • ざ・ちぇんじ!(前編/後編)
  • 少女小説家を殺せ!1
  • 少女小説家を殺せ!2
  • クララ白書番外編 お姉さまたちの日々

あれ?『ざ・ちぇんじ!』は1983年に文庫化されているのでは?というツッコミもあるかと思うが、本書に収録されている『ざ・ちぇんじ!』は1996年に刊行された単行本版を底本としているので、微妙に細部が異なるのだ。

ってまあ、『ざ・ちぇんじ!』を入れないと紙面スペース的に文庫本としてのボリューム感が出せなかったのかもしれない。本書は653頁もある長大な極厚文庫となっているのだけれども、そのうち460頁を『ざ・ちぇんじ!』が占めている。

以下、各編ごとにコメント。

ここからネタバレ

月の輝く夜に

初出は今は亡き集英社の小説誌「Cobalt」1990年10月号。その後改稿された版が「Cobalt」2005年2月号に掲載。今回はこちらの改稿版を底本としている。

貴志子(きしこ)は年上の情人有実(ありざね)から、入内を控えた娘の晃子(あきらこ)を託される。反抗的な態度を取る晃子には秘密が……。そして同じ屋敷に住む五歳上の従姉妹、葛野(くずの)には通う男があって……。

表紙イラストを飾っているのはこのエピソード。有実(よく見るとオッサンだ)は貴志子を抱擁しているが二人の目線は合っておらず表情もさえない。扇で顔の半分を隠しているのは晃子で、これは疱瘡による痘痕を隠すためだろう。

従姉妹に通う弾正の宮に思いを寄せる主人公。入内という名の牢獄に入ることが決まっている晃子。晃子を想いながらも身分差をどうしようもできない維盛。情の薄い弾正の宮を待ち続ける葛野。宮中で生きていくために、左大臣家の一の姫を妻に迎え入れようとしてる弾正の宮。全てを裏で画策しながら、愛する相手の気持ちは得られない有実。

誰も幸福になれない。それぞれの隠した思いが、「月の輝く夜」の刹那にだけ、仄かにその姿を現している。夜が明ければ彼らはふたたび想いを秘めて、それぞれの日常に戻っていくのだ。

氷室冴子は『クララ白書』でコメディモノがヒットしてしまったので、その後の作品の多くがコメディテイストの作品になってしまっている。だけれども初期作品『白い少女たち』『さようならアルルカン』のような、シリアスで内省的な恋愛モノも本来は得意だったはずで、そんな初期作品のテイストが「月の輝く夜に」に濃厚に感じられる。

氷室冴子のもうひとつの平安モノといえば『碧(あお)の迷宮』があるのだけれど、未完に終わっているのが切ない。下巻が出るのをずっと待ってたんだけどな。

ざ・ちぇんじ!(前編/後編)

前述したとおり、最初の文庫版は1983年に登場。

その後、1996年に「Saeko’s early collection」のラインナップとして、改稿された単行本が登場。今回の文庫版に収録されているのはこちらの版だ。「Saeko’s early collection」版を持っている方はかなりレアなのでは?

「ざ・ちぇんじ」については、詳しい感想を既にアップしているので、こちらを参照のほどを。

少女小説家を殺せ!1

初出は「Cobalt」1985年春の号。

1983年に刊行された『少女小説家は死なない!』の番外編である。本編の感想はこちらからどうぞ。

夢の女子大生生活!と思ったのもつかの間、売れない少女小説作家、火村彩子(ひむらさいこ)に弱みを握られ、押しかけて来るや居座られずるずると同居生活が続く朝倉米子が主人公。新興宗教の青年部長水上京子(みなかみきょうこ)をぶつけて、彩子をなんとかしようとする米子だったが……。

火村彩子VS新興宗教。並みいる氷室冴子作品のキャラクターの中でも、最強にして最凶クラスの人物が火村彩子である。なにせ名前が「サイコ」である。現代だったらコンプライアンス的に許されないのでは?と思える数々のご乱行が怖ろしい。この彩子先生に付き合える米子のメンタルって実はすごかったんだなと思う。

少女小説家を殺せ!2

初出は「Cobalt」1985年夏の号。

火村彩子のライバル作家、ジュニア・ハーレクイン小説の書き手、関根由子の作品がついに書籍化されるのだという。ライバルの躍進に荒れる彩子先生。そしてなぜか関根由子も米子の家に押しかけてきて……。

火村彩子VS同業作家。コバルトの作家さんたちって、表ではニコニコしているけど、裏ではこんな血みどろの仁義なき戦いをしているのかと、疑いたくなってしまう業界の裏側小説(ホントかな?)。創作業の闇の深さ。作家の抱える業のヤバさを知ることができる。

クララ白書番外編 お姉さまたちの日々

初出は「Cobalt」1985年冬の号。同年にアイドルグループ少女隊の主演で上映された映画版の公開を機に書かれた作品。1980年に刊行された『クララ白書』の番外編である。本編の感想はこちらからどうぞ。

アグネス舎長の相沢虹子(あいざわにじこ)は、親友の加藤白路(かとうしろじ)の奇行に悩まされていた。遂に他校の男子と問題を起こした白路。虹子はもう一人の親友高城濃子(たかぎのうこ)と共に、事態の収拾を図るべく行動を開始する。

しーのたち本編の主人公ではなく、上級生の三人、特に「きらめきの虹子女史」こと相沢虹子をメインに据えた外伝作品。「ツバキ姫」こと加藤白路と、「奇跡の高城さん」こと高城濃子も登場。ファン的にはたまらない作品となっている。個人的に氷室冴子には『クララ白書』の続篇をもっと書いて欲しかったのだけど、結局書かなかったよね。それだけに本作の存在は貴重だと思う。ずっと存在は知っていたけど、読めずにいたので文庫で読めるようになったのは嬉しい。

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