ネコショカ

小説以外の書籍感想はこちら!
2023年に読んで面白かった新書・一般書10選

『嫉妬と階級の『源氏物語』』大塚ひかり

『電氣人閒の虞(おそれ)』詠坂雄二 都市伝説と怪異の発生システム

本ページはプロモーションが含まれています


詠坂雄二の第三作

2009年刊行作品。『リロ・グラ・シスタ』『遠海事件』に続く、詠坂雄二(よみさかゆうじ)の第三作である。

光文社文庫版は2014年の登場。こちらはミステリ評論家、佳多山大地(かたやまだいち)の解説が収録されている。

電氣人間の虞 (光文社文庫)

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★(最大★5つ)

怪異や妖怪、不思議で超自然的な存在が登場する作品を読んでみたい方。民俗学ネタ、都市伝説的な要素が入ったミステリ作品を読んでみたい方。詠坂雄二ファンの方。詠坂雄二作品だから何が起こっても大丈夫!と思える方におススメ。

あらすじ

人びとが語るところに「電気人間」は現れる。とある地方都市に伝わる都市伝説「電気人間」の怪異をめぐり事件は起きる。戦時中に作られた謎の地下壕。事件のはじまりはそこにあるのか?民俗学を専攻する女子大生。彼女に執着する男子高校生。そして雑誌ライターの男たち。真相に迫るものが次々に謎の死を遂げていく中、やがて「電気人間」の真の姿が見えてくる。

ココからネタバレ

電気人間の怪異

詠坂雄二作品に登場する架空の自治体、遠海(とおみ)市には都市伝説「電気人間」が存在する。「電気人間」の特徴は以下の五点。

  • 語ると現れる
  • 人の思考を読む
  • 導体を流れ抜ける
  • 旧軍により作られる
  • 電気で綺麗に殺す

物語は女子大生、赤鳥美晴(あかとりみはる)、続いて、彼女の彼氏というよりは遊び相手の高校生、日積亨(ひづみとおる)、そしてフリーライターの柵馬朋康(さくまともやす)と、中心となって描かれる人物が次々と変わっていく。最初のうちは、バタバタと登場キャラクターが死んでいくので、読む側としては非常に落ち着かない。

中盤以降は、柵馬朋康の視点が安定し、ようやく真相解明へと事態は動いていく。

かに、思えるのだが、作品展開は二転三転し、容易に結論にはたどり着かない。登場人物たちにいまひとつ魅力が感じられないのと、詠坂雄二自身がキャラクターとして登場する謎の悪戯心もあって、読む側としてはひたすら「???」状態が続くのである。

怪異の現れるシステム

しかし本作には仕掛けが施されている。転機が訪れるのは、第23章のラスト一行である。まさかの一人称スタイル。一見すると三人称視点で描かれていたかに見えた、本作だが、ここに至ってなんと語り手である「わたし」が登場するのだ。この物語、実は最初から最後まで「電気人間」本人の視点から描かれていたのだ。この叙述トリックには驚かされた。さすがは詠坂雄二。この展開は凄い。

「電気人間」は「語ると現れる」。全ての章の冒頭が「電気人間」で始まっていることに、読む側はようやく気がつく。怪異は、人々に語られることでその命脈を保つ。怪異は容易に殺せないが、誰も語らなくなった怪異は死んでしまう。

実体のない「電気人間」は、人々の語りによって存在を維持している。語られ続けるために時には噂を広める。そして自身の存在を否定するものは容赦なく殺してしまうのだ。怪異は、人間の認識が生み出している。怪異は怪異単体では存在しえないという解釈が面白い。

露悪的な詠坂雄二スタイル

『電氣人閒の虞』は良くも悪くも詠坂雄二らしい作品である。

冒頭に登場する、赤鳥美晴と日積亨の二人は、読者に好感を与えるようなキャラクターとして描かれていない。ホラー作品で序盤に死んでしまうキャラクターなのだがら、良い印象を与える必要は無いとの判断だろうか。性的衝動を惜しげもなく垂れ流す彼らの姿は、語り手が「電気人間」だからこそ描くことが出来た内面なのかとは思うが、ここまで生々しく描かなくても良かったのではないだろうか。

また、登場人物の一人として、作者と同姓同名の作家、詠坂雄二が登場する。これも読む側としては混乱要素だと思う。探偵役を務めるならまだしも、あくまでもサブキャラの立ち位置だから、読者としてはつかみどころが無くて困るのだ。

更に、詠坂雄二らしいお遊び要素は、ラストの二行である。

のちに、韮澤と組み、人間に仇なす妖魔軍団と死闘をくりひろげることになるになろうとは、その時のわたしは知る由もなかった。

『電氣人閒の虞』文庫版 p298より

これにはほとほと参った。この二行必要なの?続きがあるの?いきなり出来てた妖魔軍団ってなんだよ?最後の最後に、斜め上の展開を持ち出されても困るのだが、詠坂雄二らしいといえばらしい話の閉じ方ではある。この脱線ぶりを許容できるかは、詠坂雄二の作風を愛せるかどうかにかかってくるのだと思う。

詠坂雄二作品の感想をもっと読む