Twitterの読書アカウントによく読まれている作品
Twitterで小説感想系のアカウントを運用しているが、好みのジャンルのタイトルで一定数量感想が流れてくるものはなるべく読むようにしている。本作もそのうちの一作である。2013年刊行と、最近の作品ではないわりには頻繁にわたしのTL(タイムライン)に登場するのである。それは多くの方に高く評価されている作品であることを意味している。
芦沢央の第二作にして出世作
作者の芦沢央(あしざわよう)は1984年生まれ。2012年の『罪の余白』が野性時代フロンティア文学賞を受賞し作家デビューを果たしている。
本作『悪いものが、来ませんように』は、デビューの翌年に登場。芦沢央の第二作ということになる。
角川文庫版は2016年に刊行されている。文庫版には書評家・エッセイストである藤田香織の解説が収録されている。
おススメ度、こんな方におススメ!
おすすめ度:★★★★(最大★5つ)
芦沢央の出世作を読んでみたい方、女性の心理に鋭く迫ったサスペンス作品を読みたい方、女性同士の強い依存関係に興味のある方、先の読めない展開にハラハラしたい方におススメ!
あらすじ
育児に非協力的な夫。孤独な育児。娘との関係性に悩む奈津子。そして、不妊と夫の浮気、満たされない承認欲求に苦悩する紗英。強い絆で結ばれた二人の女の関係は、次第に歪なものになっていく。そして突如として訪れた、紗英の夫の死。逮捕された「犯人」。奈津子と紗英のそれぞれの人生に大きな転機が訪れる。
ここからネタバレ
歪(いびつ)な共依存関係
柏木奈津子(かしわぎなつこ)と、庵原紗英(いはらさえ)は強い共依存関係にある。それぞれに悩みを抱える二人の女は、単なる友人関係にしては互いへの執着度が高く、共有する時間も長い。
互いに家庭を持っているのに晩御飯を共にする。紗英は奈津子の家で仮眠を取るし、奈津子は紗英の家の合い鍵まで持っている。読み手は次第に明らかになっていく二人の関係の異常さに気付く。とても不安定で危うく思える奈津子と紗英の繋がりは、紗英の夫、大志の死をきっかけとして一気に崩壊していく。
巧妙な仕掛けと伏線の数々
紗英の夫の死から始まる、奈津子の行動はあまりに常軌を逸したものだった。
いくつかの違和感はヒントとして提示されていたものの、ここに至って作者の真の狙いが明らかになる。この作品はきっと叙述トリック系なのだろうな。騙されないぞ!と思っていて読み進めていたのに、まさかこんな方向から攻めてくるとは全くの予想外であった。
そもそも二人の関係の歪さそのものが、既に大きなヒントであった。紗英の妹として登場する坂井鞠絵の存在も良い目眩しになってように思える。女性は結婚すると姓が変わってしまうことが多いため、三人の姓がすべて違うのも上手い仕掛けである。奈津子の育児の悩み、母親との関係のトラウマの部分は時間軸をずらして、読者のミスリードを誘っている。このあたりも見事に騙されてしまった。
庵原大志の死因(まさかの蕎麦アレルギーからのアナフィラキーショック!)と、どちらが殺したのかについても、最後の最後まで引っ張る構成になっていて、ここが終盤の奈津子と紗英の関係性の変化にまで繋がっていく。幾重にも仕掛けられた伏線の数々が、実によく練られているのだ。
意外な結末と残された希望、そしてタイトルの意味
巧妙に仕組まれた数々の仕掛けにばかり目が行きがちだが、本作は、一卵性親子とも呼ばれる、強い依存関係にあった二人の自立の物語でもある。友達のように仲の良い親子は昨今珍しくないが、本作程にこじれるケースはまれであろう。
「悪いものが、来ませんように」。この想いは最初は切なる母の愛情、心からの願いでしかなかった筈である。しかしその想いは大きく歪んでしまい、紗英の人生を捻じ曲げてしまった。
そして幾多の事件を経て、紗英は自身の奈津子に対する強い依存心に気付かされる。紗英は自分自身の人生を責任をもって生きてこなかったことを、ようやくにして思い知らされる。
初めて奈津子のことを「お母さん」と呼び、「本当のことを言わせて」と告げた紗英の言葉は、彼女の自立、母離れへの第一歩なのであろう。それは本作に残されたかすかな希望であり、救いでもある。