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『小説 秒速5センチメートル』新海誠版ノベライズに込められた「救済」

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本日紹介するのは、新海誠監督のアニメーション映画『秒速5センチメートル』の、ノベライズ版『小説 秒速5センチメートル』だ。基本的にネタバレ全開の当Blogなので映画、小説共にネタバレありとなる。

更に加えて、本エントリでは『君の名は。』の結末についてもちょっとだけ言及してしまうので、未読の方は回避して頂ければと伏してお願いする次第。

ここからネタバレ

いちおう『秒速5センチメートル』の説明を

『秒速5センチメートル』は2007年公開のアニメーション映画だ。『君の名は。』の大ヒットで、一般層への浸透度が著しく上がったのではないかと思われる、新海誠監督の第三作にあたる。圧倒的な映像の美しさと、切ないストーリー展開、残酷すぎる結末で当時の鑑賞者たちの、肺腑をえぐった恋愛映画である。

未視聴の方はここで本エントリを読むのを止めて、いますぐチェック!。ただし、くれぐれもメンタルに余力のある時の鑑賞がおススメ。弱っている時に見ると、いろいろな意味で精神を削られて立ち直れなくなるので気を付けて。

新海誠自身によるノベライズ

本作は2007年刊行。「ダ・ヴィンチ」に連載されていたものを単行本化したもの。言うまでもないが、同名の映画作品を監督自らがノベライズしたのが本書である。

文庫化はまず2012年にMF文庫版が。これは連載誌の「ダ・ヴィンチ」がメディアファクトリーから出ていたことに由来する。

その後、メディアファクトリーが2011年に角川グループに吸収された影響なのか、角川文庫版が2016年に登場している。現在入手できるのはこちらになるだろう。

小説 秒速5センチメートル (角川文庫)

と、思っていたらまだあった。2018年に新海誠作品のノベライズ五作が、汐文社(ちょうぶんしゃ)からハードカバーの愛蔵版として刊行されていたみたい。その名も「新海誠ライブラリー」である。売れっ子になるというのはすごいことだね。

ちなみに愛蔵版のメリットは「活字がでかい」こと。これなら中高年世代も安心である。

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★(最大★5つ)

『秒速5センチメートル』を見て、いろいろな意味で精神を「持っていかれた方」。この世界の中にもう少しとどまっていたい方。ノベライズでもう一度この物語を堪能したい方。新海誠本人による解釈を知りたい方におススメ。

あらすじ

本作は三つのエピソードで構成されている。各エピソードごとの簡単なストーリーを紹介してみよう。併せて、それぞれのエピソードが「誰の視点」で描かれているかについても記載した。

桜花抄

東京で暮らす小学生、遠野貴樹と篠原明里は互いへの仄かな思慕を募らせながら、静かに二人の関係を深めてきた。しかし、中学校進学時に、明里の父親の転勤が決まり、二人は離れ離れで生きていくことになる。ある冬の日、貴樹は明里に会うために彼女の暮らす栃木へと向かう。突然の大雪が思わぬトラブルを招く中、二人は奇跡的な再会を遂げる。

※遠野貴樹の一人称で進行する。

コスモナウト

種子島に住む少女澄田花苗は、東京からやってきた転校生遠野貴樹に淡い恋心を抱く。父親の転勤で島にやってきた貴樹は、如才なくふるまうものの、周囲との間に見えない心の壁を築いていく。貴樹との距離を次第に縮めていく花苗。しかし頑なまでに他者を寄せ付けない貴樹の態度に、花苗の気持ちは受け入れられることなく終わる。

※澄田花苗の一人称で進行する。

余談ながら「コスモナウト(cosmonaut)」はロシア語で「宇宙飛行士」を意味する。

秒速5センチメートル

大学進学を機に、再び東京へやってきた貴樹。大学生活、初めての彼女との別れ。そして就職。心の中に空洞を抱える貴樹に、取引先の女性社員、水野理紗が心を寄せていくが、二人の関係はやがて破局を迎える。なにかから逃げるように仕事に没頭する貴樹だったが、激務がその心身を蝕んでいく。

※三人称で進行する、遠野貴樹を中心とした描写となっている

ノベライズが読者に提供するものは?

わたしはノベライズ作品をキャラクターグッズだと認識している。オリジナル作品あってのノベライズであり、その逆はあり得ない。オリジナル作品が優れていればいるほど、ノベライズ作品には需要が生まれる。

ノベライズが読み手に提供するのは、オリジナル作品の追体験であったり、世界観の補完であったり、はたまた知られざる新エピソードだったりとさまざまである。しかし、本作に関して言えばその提供価値は「救済」にあると考えている。

wikipediaからの孫引きで申し訳ないが、本作についての新海誠のコメントが載せられている。

なお、新海は本作について、登場人物たちを美しい風景の中に置くことで「あなたも美しさの一部です」と肯定することにより誰かが励まされるのではないかと思っていた。しかし、意図と逆に「ひたすら悲しかった」「ショックで座席を立てなかった」という感想がすごく多く、その反省から第3話のラストを補完するかたちで『小説 秒速5センチメートル』 を書いたと述べている。

秒速5センチメートル - Wikipedia より

つまり、オリジナル映画版のラストがあまりに悲惨であったがために、そのラストを補完するためにこのノベライズ作品は書かれたことになる。

映画版の第三章「秒速5センチメートル」は、極めて尺が短い。セリフも少なく短いカットが連続し、山崎まさよしの「One more time, One more chance」が全てを押し流していく。それだけに鑑賞者の想像力に委ねられた部分が多く、逆に言うと、ノベライズならではの個性を出せるところでもある。今回のノベライズでは特にこの第三章に力点が置かれており、大学~社会人時代の貴樹の描写に多くの頁を割いている。

映画版のラストシーンでは、踏切ですれ違った貴樹と明里を小田急線の車列が遮る。ここで二人は再会できるのかと期待させておいて、列車が去った後には明里はもう居ないのである。一人孤独に暮らす貴樹に対して、幸せな新婚生活を送る明里。「完璧」な一瞬を共に過ごした二人の、ハッキリと分かれた明暗を見せて物語は終わる。

多くの鑑賞者の阿鼻叫喚を誘ったであろう結末に、ノベライズ版では僅かな希望を見いだせる一文が追加されている。

この電車が通り過ぎたら前に進もうと、彼は心に決めた。

『小説 秒速5センチメートル』より

あのラストシーンは絶望的な場面なのではなく、長い間止まっていた時計の針がようやく前に進み始める、希望に満ちた瞬間だったというのである。えー、マジかよ?ホントに??監督本人が書いているのだから、これが「正解」なのかもしれないけど、映画版の結末に長らく呪縛されてきた人間としては俄かには受け入れがたいなあ。

あくまでもノベライズはノベライズ、映画は映画。それぞれの価値観で解釈すれば良いかとは思うけど。

『君の名は。』で瀧くんと三葉が再会できた理由

『君の名は。』でも、いかに劇的な過去を共有していたとしても、2007年当時の新海誠だったら、瀧くんと三葉は再会できてないと思うんだよね。

でも、世の中的にはバッドエンドは支持されない。『秒速5センチメートル』での反省?が活かされ、より広い層に支持される結末を追い求めた結果として、『君の名は。』ラストでの再会シーンが用意されたのではないかとわたし的には邪推している。昔からのファンとしては釈然としないものがあるのだけど、大ヒット作を生み出していくためには致し方の無いことなのかもしれない。

『小説 秒速5センチメートル』のノベライズはもう一冊ある

なお、本作にはもう一冊、ノベライズ版が存在する。「one more side」版である。

こちらは、本編では描かれなかった明里視点が大幅に補完された内容になっている。更なる救済を願う方にはおススメである。

オーディブル版もおすすめ

『小説 秒速5センチメートル』にはオーディブル版(朗読版)も存在する。

朗読は「桜花抄」が遠野貴樹役であった水橋研二が、「コスモナウト」を澄田花苗役であった花村怜美が、そして最後の「秒速5センチメートル」は水野理紗役の水野理紗(役と芸名一緒なんだ!)が務めている。

水野理紗が朗読するのは、最初は違和感があるのだが、三人称的な描かれ方をしているパートなので意外に悪くない感じである。

小説 秒速5センチメートル

小説 秒速5センチメートル

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