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『竜殺しのブリュンヒルド』東崎惟子 神にやり直す機会を与えられても、私は同じ道を選ぶ

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第28回電撃小説大賞、銀賞受賞作

2022年刊行作品。作者の東崎惟子(あがりざきゆいこ)は、本作『竜殺しのブリュンヒルド』がデビュー作となる。数々の人気作家を世に送り出してきた、電撃小説大賞の銀賞受賞作品だ。続篇としては『竜の姫ブリュンヒルド』が刊行されている。

表紙、挿絵イラストはあおあそが担当している。表紙のブリュンヒルドが良い!これは惹きつけられる。

竜殺しのブリュンヒルド (電撃文庫)

この『竜殺しのブリュンヒルド』が、いま売れている。宝島社の「このライトノベルがすごい!」2023年版では、総合新作部門で第2位。文庫部門で6位と上位へのランクインを果たしている。

特設ページが出来ていたのでリンク。

カドブンの作者インタビュー記事はこちら。

PV動画もあった。ヒロインのブリュンヒルドを種﨑敦美、兄のシグルズを大塚剛央が演じている。

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★★(最大★5つ)

タイトル名を見て、格好いい!と思った方。いま人気の国産ファンタジー小説を読んでみたい方。ブリュンヒルドやシギベルトに、シグルド。ゲルマン神話的なキャラクター名に心惹かれる方。電撃小説大賞関連の作品に興味がある方におススメ!

あらすじ

伝説の島「エデン」。ブリュンヒルドはこの島で竜に育てられた。しかし平和な時代は長くは続かなった。ノーヴェルラント帝国によって島は蹂躙され、最愛の竜も殺される。しかも竜を殺したのはブリュンヒルドの実の父親、英雄シギベルトだった。人間の世界に引き戻された彼女は、復讐を誓い行動を開始するのだが……。

ここからネタバレ

主要登場人物

『竜殺しのブリュンヒルド』に登場する主なキャラクターはこんな感じ。

  • ブリュンヒルド:本作のヒロイン。幼少時にさらわれ、伝説の楽園の島「エデン」の竜に育てられる。16歳になったとき、島を訪れた竜殺しの英雄シギベルトに育ての親である竜を殺される。シギベルトは実の父親。人の世界に戻ったブリュンヒルドは、シギベルトへの復讐を誓う。
  • エデンの竜:楽園の島「エデン」の竜。ブリュンヒルドを育て、いつしか愛するようになる。死後は清き心の持ち主だけがたどりつける世界「永年王国」に入るため、ブリュンヒルドに対しても他者を憎むことを禁じている。シギベルトによって殺害される。
  • シギベルト:エウロパ大陸の列強、ノーヴェルラント帝国海軍の准将。先祖伝来の竜殺しの力「バルムンク」を受け継ぐ、名門ジークフリート家の一族。ブリュンヒルドとシグルズの実の父親。
  • シグルズ:シギベルトの息子。ブリュンヒルドの実兄。ノーヴェルラント帝国海軍の軍曹。父であるシグルズには冷遇されており、「バルムンク」の力からは遠ざけられている。
  • ザックス:シギベルトの親友。ノーヴェルラント帝国海軍の大佐。ブリュンヒルドにすげないシギベルトに代わって、なにくれと世話を焼く。結果としてブリュンヒルドに利用されることに。

ゲルマン神話の英雄物語を下敷きに

ブリュンヒルドという名前はあまりに多くの創作物で登場するのでご存じの方も多いだろう。ヴァルキュリア(ヴァルキリー)、ワルキューレなどと呼ばれることもある。詳しい説明はWikipedia先生を参照のこと。

シグルズはジークフリートとも呼ばれる、ゲルマン神話の世界では、「竜殺しの英雄」として知られている人物。

エデンの竜のベースとなったのはゲルマン神話におけるファフニール(ファフナー)ではないかと思われる。神話の中で、ファフニールはシグルズによって殺されている。ファフニールの持つドラゴンの血の力は不思議な力を持つとされている。

『竜殺しのブリュンヒルド』はゲルマン神話の英雄物語をベースとして、東崎惟子独自のアレンジを加えて、物語化された作品といえる。

決定された悲劇に収斂していく物語

序章で、ブリュンヒルドは一人の男に会う。最後まで読むと判るのだが、この男はエデンの竜がシギベルトに殺害されたのち、「永年王国」にたどりついた姿である。ここは死後の世界なのだ。

嵐のなか、ブリュンヒルドは男の住む小屋にたどりつく。ここで彼女が名乗るのはブリュンヒルド・ジークフリートという、竜殺しの宿命を背負った「人間の名前」だ。この場所にたどりついたということは、ブリュンヒルドもまた、既に死亡していることが伺える。

育ての親と子の関係にある、かつては愛し愛された二人だが、死後の世界では彼らの道は完全に分かれてしまっていることが明らかになっている。悲劇的な結末は既に決まっている。それは最初に読み手に提示されている。『竜殺しのブリュンヒルド』は予定された破滅へと向かう愛の物語なのである。

人の業(ごう)の物語

エデンの住人は、清く正しい生涯を送ることで、死後に「永年王国」(天国みたいなものか?)にたどり着ける信仰がある。それゆえに、エデンの竜は、本来は争いを好まない。「何ものに対しても憎しみの炎を燃やしてはならない」。たとえそれが自分を殺した相手であったとしても。

エデンの竜に育てられ、エデンの価値観を幼少時から教え込まれたブリュンヒルドだったが、彼女は育ての父であるエデンの竜の死を受け入れることが出来ない。愛する者の命を奪った者には復讐をしなければならない。ブリュンヒルドは言うのである。

神にやり直す機会を与えられても、私は同じ道を選ぶ

『竜殺しのブリュンヒルド』p18より

と。復讐という考え方そのものが、エデンの竜の信条に反しているし、最終的にはブリュンヒルドの「永年王国」行きを阻むことになる。ましてや、仇のシギベルトは実の父親であるのだ。

だが、それでもブリュンヒルドは復讐を諦めない。それはブリュンヒルドが、やはりエデンの住人ではなく、あくまでも「人間」であることの限界なのだろう。「人間」は持って生まれた業を捨てられないのだ。

最後の一撃を、シグルズに託したのは、ブリュンヒルドなりのどうしようもなく不器用な優しさなのだと思いたい。シグルズによって命を絶たれたかったのかもしれない。

最終ページの見開きの暗闇は、ブリュンヒルドが落ちた地獄の世界なのだろう。そこには光はない。闇の世界が終わることもない。だが彼女に後悔はない。微塵もない。

「その一言で、私は明けない暗闇をいくらでも歩けると思えるのだ」

『竜殺しのブリュンヒルド』p266より

愛する人の気持ちに寄り添うよりも、人間の業のままに生きて孤独に死ぬ。だがブリュンヒルドはそれで満足なのだ。なんという歪な愛の在りようだろうか。

コミカライズ版も始まってた!

桐嶋たけるによる、『竜殺しのブリュンヒルド』のマンガ版がはじまっていたもよう。

このあたりから、読めるっぽい。

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