杉井光が描く、忘れられない夏の物語
2022年刊行作品。書き下ろし。作者の杉井光(すぎいひかる)は1978年生まれの小説家。第12回の電撃小説大賞で銀賞を取った2006年の『火目の巫女(ひめのみこ)』がデビュー作。多作で知られる人物で、これまでに三十作近い作品を上梓している。代表作は『神様のメモ帳』『さよならピアノソナタ』『世界でいちばん透きとおった物語』あたりかな。
個人的な話だけど、ゼロ年代の後半から小説読めない病に10年くらい罹患していたので(たまになる)、この時期(2006~2015年くらい)にデビューした作家さんはあまり読めていなかったりする。ということで、恥ずかしながら、本作が初の杉井光作品体験となのであった。
おススメ度、こんな方におススメ!
おすすめ度:★★★★(最大★5つ)
夏を舞台とした切ない恋愛小説、青春小説を読んでみたい方。タイムリープ系、時間モノの作品に興味がある方。学園モノの小説作品がお好きな方。杉井光作品に関心のある方におススメ!
あらすじ
僕の初恋の相手は、高校の二年上の先輩。図書委員の久米沢純香だった。本の虫である純香との図書室での日々が、彩りのなかった僕の日々を鮮やかにしていく。しかし、夏休み最後の日、先輩は変わり果てた姿で発見される。何故、彼女は死ななくてはならなかったのか。時間を「巻き戻す」能力を持つ僕は、悲劇を未然に食い止めるべく、孤独な戦いを始めるのだが……。
ここからネタバレ
夏休み最後の日を繰り返すタイムリープミステリの良作
本作の主人公、柚木啓太(ゆずきけいた)は時間を「巻き戻す」ことが出来る特殊能力を持つ。巻き戻せる時間は12時間。それまでの記憶を保持したまま過去に戻ることが出来る。代償は酷い頭痛。巻き戻しは連続して行うこともできるが、身体に与えるダメージもより大きなものになっていくという設定だ。
三部けいの『僕だけがいない街』における「リバイバル」に近い能力だが、自らの意思で自由に「巻き戻し」を起こせる点が違いかな。
舞台裏から見ているだけの人生
一目惚れに近い状態で純香に恋してしまった啓太は、彼女を追いかけて図書委員となり、美術部にまで入部してしまう。存在を認識してもらえるようにはなったものの、連絡先を尋ねるような勇気はない。啓太にとって、純香は初恋の人だが、校内でも屈指の美人である彼女は高根の花だ。二学年下の啓太は、そもそも男として純香に見られていない。
引っ込み思案で内向的。幼馴染の澄子(とうこ)以外には友人もいない啓太は、自身に対する評価が低い。だからいつもこんなことを考えている。
物語だけが僕の積み重ねることのできる確かな色彩
自分の人生なのに舞台裏からじっと見ているしかない
自分からは動かない、目立たぬように、ただじっとしているだけ。それが柚木啓太の行動ポリシーだった。そんな彼の人生に決定的な契機が訪れる。8月31日、啓太の想い人である純香の遺体が発見されるのだ。
何度繰り返しても先輩は死んでしまう
啓太は「巻き戻し」の能力を使って、純香の死を未然に防ごうとする。しかし、何度ループを繰り返しても、さまざまな手段を尽くしても、純香は死んでしまう。それは何故なのか?
以下、ざっくりとループの流れを追ってみよう。
1度目(オリジナル)
- 小型トラックの事故。ドライバー逃亡
- 澄子軽い怪我
- 午後4時頃、校舎の裏で純香の遺体が発見される
2度目
- 小型トラックの事故。ドライバー逃げない
- 澄子は無傷
- 校舎裏を見張る
- 午後4時頃、中央図書館で純香の遺体が発見される
3度目
- 小型トラックの事故(目撃はしていない)
- 一緒に登校したので澄子は無事
- 午後から校内を見張る
- 午後2時10分、純香が図書館で本を借りる
- 午後4時頃、中央図書館で純香の遺体が発見される
4度目
- 午後2時まで澄子の部屋で勉強、その後澄子と登校
- 午後2時50分、純香が図書館で本を借りる
- 幾原からのプッシュ通知を見る
- 午後3時20分頃、中央図書館で純香の遺体を啓太が発見する、凶器は彫刻刀
5度目
- 小型トラックの事故
- 澄子は無傷
- 最初から図書館を見張る
- 純香の妊娠の可能性に気づく
- 午後4時頃、市立美術館で純香の遺体が発見される
6度目
- 小型トラックに啓太が轢かれかかる、午前中は病院
- 澄子は部活をサボる
- 純香と幾原の住所を調べるために学校へ
- 校舎の裏で純香の遺体を啓太が発見する
7度目
- 小型トラックに幾原が轢かれて死亡
- これで確定させようとする
- 校舎の裏で純香の遺体が発見される
- 純香の死の真相に気づく
8度目
- 小型トラックに啓太が轢かれて死亡
+α(澄子による「巻き戻し」)
- 24時間前に戻っている
- 啓太が純香に告白する
- 純香生存エンドへ
9回ものループを繰り返す中で、啓太は次第に精神をすり減らしていく。救うべきはずのヒロインの死が、いつの間にかルーティンの確認作業になっていくのは、ループモノの主人公の常ではある。
しかし、啓太は事件の真相にも気づいていく。何度繰り返しても純香を救えない理由。純香の遺体が違った場所で発見される理由。その真実の裏に隠された純香の想いが切ない。
この恋を終わらせる
これまで前に踏み出すことが出来なかった。先輩の連絡先を聞くことすらしなかった。でもそれでいいと思っていた。だが、純香の気持ちを知ったことが、啓太に最後の勇気を振り絞らせる。
これは純香先輩ではなく、僕の問題なのだ。
決めるのも、選ぶのも自分自身。流されるままに、受動的に生きてきた啓太が、初めて自発的に動く。純香の幾原への想いを知っている啓太にとって、この告白は100%玉砕が確実なものだ。でも、この恋は終わらせなくてはならない。そうしないと、今年の夏は終わらないのだ。
啓太の告白が純香の命を繋いだのかはわからない。ただ「ある種の想いは、言葉にして伝えなければいけない」のだ。言葉にしなければ伝わらないものがある。啓太が想いを言葉にしたことで、純香の運命は変わったのだと思いたい。
燈りを灯す存在
さて、最後のどんでん返し。燈子(とうこ)の「巻き戻し」能力に気付けた方はどれくらいおられるだろうか?思い起こせば、伏線は貼られていたものの、わたしは全く気付くことが出来なかった。
本作では、啓太の純香への想いばかりに目が行きがちだが、燈子の啓太に対する想いも忘れてはならない。燈子は啓太が頼めば図書委員にもなってくれるし、美術部にも入ってくれる。絵のモデルにだってなってくれる。そして誰よりも啓太のことをよく見ていて、本当に必要な時には躊躇うことなく助けてくれる。
啓太にとって燈子は、文字通り行く先を照らしてくれる「燈(あか)り」のような存在なのだ。啓太は、燈子みたいな幼馴染が傍にいるだけで、既に勝ち組じゃんって気もするよね。
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