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『毒吐姫と星の石 完全版』紅玉いづき 政略結婚からのボーイミーツガール

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『ミミズクと夜の王』の五年後の世界を描く

2010年刊行作品。『ミミズクと夜の王』『MAMA』『雪蟷螂』『ガーデン・ロスト』に続く、紅玉(こうぎょく)いづきの第五作。『ミミズクと夜の王』の五年後を描いた、世界観を同じくする作品である。電撃文庫版表紙イラストは『ミミズクと夜の王』と同様に、磯野宏夫(いそのひろお)が担当していた。

『毒吐姫と星の石』は紅玉いづきの作家デビュー15周年を記念して、メディアワークス文庫より完全版が2022年に刊行されている。完全版では電撃文庫版を加筆修正、さらに書下ろし短編の番外編「初恋のおくりもの」が追加収録されている。

毒吐姫と星の石 完全版 (メディアワークス文庫)

表紙イラストは『ミミズクと夜の王 完全版』と同じMONが手掛けている。描かれているのは主人公のエルザ。今回もインパクトの強い、物語の世界観が滲み出てくるような、力のあるイラストで、これは思わず手を取ってみたくなる。

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★(最大★5つ)

正統派のボーイミーツガール作品を読んでみたい方。ピュア度の高い恋愛小説がお好きな方。アクの強い、尖ったヒロインが主人公の作品を読んでみたい方。『ミミズクと夜の王』の世界観が好きだった方におススメ。

あらすじ

ヴィオンは占いの国。ここではすべてに占術の結果が優先される。王家に生まれながらも、王宮を追われ下町に捨てられ、孤独と絶望の中を生きてきた王女エルザ。その言葉には強い毒と憎しみが込められている。しかし、星々の巡りあわせは、エルザに他国へ嫁ぐことを命じる。呪われた王子と呼ばれる隣国の王子、クローディアス。彼は果たしていかなる人物であったのか。

ここからネタバレ。

なお、本レビューでは前日譚ともいえる『ミミズクと夜の王』のネタバレも含むので、その点はご了承いただきたい。

運命に翻弄される少女の物語

『毒吐姫と星の石』の主人公、エルザ・ヴィオンテーヌは運命に翻弄される少女だ。エルザの生まれた小国ヴィオンでは、占いですべてが決まる。彼女は王家に生まれたというのに、早々に捨てられ、幼いころから辛酸を舐めて生きてきた。そして、王家から見放された人生を過ごしてきたというのに、国の都合で、いきなり見も知らぬ男に嫁がされることになってしまう。しかもお相手は、呪われた王子として名高い、隣国レッドアークのクローディアス王子なのだ。

しかも、占い師たちはエルザの婚礼に際して、彼女から「声」を奪う。国を憎み、運命を憎み、周囲のすべてを憎み続ける彼女に、余計なことを喋らせまいとしたわけだ。これでグレるなというのが無理な話である。

その後のクローディアス王子

『ミミズクと夜の王』を既読の方であれば、レッドアークのクローディアス王子が、いかなる人物であるかは既にご承知のはずである。

※ということで、『毒吐姫と星の石』は、『ミミズクと夜の王』のあとに読まれることを強く推奨したい。

生まれながらにして四肢が自由に動かせず、自分の力では動くことが出来なかったクローディアスは、夜の王の力を得ることではじめて歩くことが出来た。ただ、その代償として彼の四肢には謎めいた文様が刻まれる。彼は呪われた王子、異形の王子と呼ばれ、周辺国からは不気味な存在として位置づけられている。

つまり、事情を全く知らないエルザの立場からは、クローディアスは得体のしれない不気味な王子でしかないのだが、彼は彼で相当な苦労人なのである。

この物語は、自分だけが辛い目に遭っている。呪われた人生を送っている。そんな強い被害者意識に囚われて生きてきたエルザが、クローディアスと出会うことでいかに変わっていくか。いかに成長していくのかを描いた作品となっている。

政略結婚からはじまる愛のカタチ

エルザとクローディアスは、あくまでも政略結婚の相手として出会う。そこには国家と国家の政治的な思惑があるだけで、当人たちの恋愛感情は関係ない。クローディアスには、初めて思いを寄せたミミズクへの思慕の情が残っているようだし、そもそもエルザは押し付けられた結婚に猛烈な嫌悪感を抱いている。

だが、かつて無力な存在として、自らを呪っていたクローディアスにとって、エルザの存在はかつての自分を見るような思いがしたはずだ。また、強いられた婚儀を呪っていたエルザも、クローディアスの人柄を理解していく中で、次第にそのキャラクターに魅せられていく。

自分の意思で選んだ相手ではない。だが、仕組まれた運命の中で、出会ったあとで、改めて互いを愛するようになる。ぎごちなくも、次第に心の距離を縮めていく二人。エルザとクローディアスの関係性が良いのである。

番外編「初恋のおくりもの」

巻末に収録されている「初恋のおくりもの」は、電撃文庫版にはなかった、メディアワークス文庫の「完全版」用に書き下ろされたおまけ短編だ。こちらの作品では、エルザとクローディアスのその後が描かれている。

政略結婚で夫婦となることを定められたエルザとクローディアス。ふたりにはかつて、それぞれに想う人がいた。ほとんどの人間は、初恋の相手と結ばれることはない。初恋とは成就しないものと言ってもいいかもしれない(ミミズクは例外中の例外ってこと)。

エルザとクローディアス。届かなかった想いの哀しさを二人は乗り越えてきた。だが、かつての初恋の思い出があるからこそ、いまこの瞬間の相手を真実愛することが出来たのではないだろうか。

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