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『青の数学2』王城夕紀 数式(まほう)は解け、僕の青春が始まる。


今週のお題「おうち時間2021」に便乗します!おうち時間はひたすら読書です。

王城夕紀の四作目

2016年刊行作品。『天盆』『マレ・サカチのたったひとつの贈物』。『青の数学』に続く、王城夕紀(おうじょうゆうき)の第四作。『青の数学』の続編である。引き続き表紙イラストはとろっちが担当している。

青の数学2: ユークリッド・エクスプローラー (新潮文庫nex)

王城夕紀は2014年のデビュー以来、わずかに四作しか作品を上梓していない。しかも、2016年の本作以降は、新作が出ていないのである。既存作がいずれも良作であるだけに、最近の活動が無いのが残念。

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★★(最大★5つ)

静かだけれども熱い青春小説を読んでみたい方。ひたむきに情熱を傾ける対象を持っている方。才能はないけど、それでもあきらめきれない「何か」を持っている方。数学を愛してやまない方。人生に行き止まり感を覚えている方におススメ!

あらすじ

同世代の実力者たちが一堂に会した夏合宿を終え、栢山は虚脱状態に陥っていた。そんな栢山の前に、オイラー倶楽部最後の一人、二宮が現れる。部長の皇をもしのぐとされる二宮の狙いは何なのか。一方、ネット上の決闘空間E2では、新たな挑戦者”ダークマター”による残酷な戦いがはじまろうとしていた。

ココからネタバレ

人生の壁にぶつかった時に

前作『青の数学』では、多くの若き天才たちが華々しく登場したが、第二巻の本作では彼らのいずれもが大きな壁にぶつかり苦悩する姿が描かれる。主人公、栢山(かやま)は、数学合宿後の虚脱感から抜け出せず、スピードマスターこと新開は自らの才能の無さに絶望し、オイラー倶楽部部長の皇(すめらぎ)は内に抱えた孤独に苦しむ。

どんなに才能のある者でも、いつかは自分の中の壁にぶつかる日がやってくる。到底乗り越えられないと感じる障壁を前にして、そこで諦めるのか、それでも挑戦を続けるのか。壁はどれだけ頑張ったとしても乗り越えることは出来ないかもしれない。何年かかるのかもわからない。それでも戦うべきなのか。本作では、そんな若者たちの葛藤が綴られていく。

届かないから止めるのか?

苦悩する数学の天才たちと対比して描かれるのが、栢山のクラスメイトたちである。甲子園に挑む十河(そごう)、薙刀初心者でも強敵に立ち向かい続ける柴崎、山を愛する東風谷(こちたに)、振られてもめげない蓼丸(たでまる)、そして、数学に愛されていないのに数学を決してあきらめようとしない七加(ななか)。

彼らは決して才能に恵まれた人間たちではない。彼らは自分の限界をいちはやく自覚している。柴崎のこの台詞が強く印象に残る。

全力を出しても勝てないと悟って、なおその人の前に立たなければならないのはしんどい。

ただ、彼らは壁にぶつかっても、なおもファイティングポーズを崩さない。「行き止まりを決めるのは自分自身である」。自分が諦めたらそこで終わってしまう。届かないものに近づこうとする彼らの姿が、燻っていた栢山の心に再び火をつける。

 

やり続けていればいつか届く

王城作品は名言のオンパレードである。

「青春とは何かを諦めるまでの季節のことだ。だから、終わった後にしか気づかない。」

「だったら、諦めない限り青春ですか。」

再度、数学への情熱を取り戻した栢山は、皇大河との決闘に挑む。この対決に至るまでの静かな盛り上がりが実に熱い!この戦いを通して、栢山は自分にとっての数学の意味を見出す。そして孤独の中にいた皇は、自分がけっして一人ではないこと。共に歩む仲間がいることを再認識するのである。

数学とは不確かなもの

文系人間には想像のつかない領域なのだが、数学とは強固で確かなものではないのだそうだ。現時点では正しいとされている考え方も、遠い将来には間違いであることが判明するかもしれない。

古代エジプト、プトレマイオス朝の時代に活躍した数学者ユークリッドは「幾何学の父」と呼ばれ、五つの重要な公準を残している。しかし、その中最後の公準、

直線が2直線と交わるとき、同じ側の内角の和が2直角より小さい場合、その2直線が限りなく延長されたとき、内角の和が2直角より小さい側で交わる。

ユークリッド原論 - Wikipediaより

は、2000年の歳月を経て、特定の条件下では成立しないことが証明されている。

ユークリッドの公準は確かなものではなかった。しかしユークリッドが存在したことで、その後2000年もの時間、多くの後継者がその後に続き、考え続け、数学を先に進めることが出来た。ユークリッドの偉業が覆されること決して無い。

数学は、生きること

数学オリンピックの覇者、京香凛は、抜きんでた才能を持つが故に、栢山や皇よりも早く先が見通せてしまう。彼女は数学の持つ危うさ、寄る辺の無さを自覚している。彼女は不安定な足場で、それでも前に進み続けることに疑念を抱いている。

最終章では、栢山と、京香凛との再会が描かれる。前作『青の数学』の冒頭で、二人はこんな賭けをした。

数学が、やり続けるに値する暇つぶしか、そうでないか

かつて栢山はこの問いに即答することが出来なかった。あれから一年が経過し、栢山はこう答えるのだ。

数学は、生きることそのものです

多くの数学を愛する同走者たちとの一年間を経て来た、栢山だからこそ言える台詞である。また、真摯に「届かないもの」に向き合うクラスメイトたちを見て来たことが、栢山に強く影響している。

人間は前に進まずにはいられない生き物

数学=生きること。つまり、数学に向き合う栢山らの姿勢は、人生に対するわたしたち一般人の生き方にも置き換えることが出来る。

たとえ才能が無くても、目指すところにたどり着けなくても、没頭できるなにかがあれば、人は前に進むことが出来る。やり続けた先に至るのが、想像さえしていなかった場所であったとしても、進み続けたことが道になる。そしてその後ろからは、いつか後継者たちが現れて、更に先へと進んでくれる。

人間個人個人に出来ることはわずかであったとしても、現在の自分が、数多の先駆者の積み重ねの上に「在る」のだと自覚できること。そして、その先の道がいずれは切り開かれていくかもしれないと信じられること。そんな風に考えることが出来るだけで、人生はずいぶんと救われたものになるかもしれない。

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