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『天盆(てんぼん)』王城夕紀 盤戯の優劣で立身が決まる世界の物語

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王城夕紀のデビュー作

2014年刊行作品。王城夕紀(おうじょうゆうき)は1978年生まれ。本作の元となった「天の眷属」にてC★NOVELS大賞特別賞を受賞し作家デビューを果たしている。第二作に『マレ・サカチのたったひとつの贈物』、第三作に『青の数学』シリーズがある。ここ数年は新作が出ていないので心配。

C★NOVELS大賞系の作品であるわりには、単行本版のデザインが個人的にかなーりイマイチ。ゲームとしての「天盆」に寄せた図柄なのだと思うけど、ちょっとこれは……。

天盆

天盆

  • 作者:王城 夕紀
  • 発売日: 2014/07/24
  • メディア: 単行本
 

中公文庫版は2017年に登場。現在手に入るのはこちら。電子書籍版も出ているので読むのは容易かと。単行本版に比べるとナンボか良くなっているとは言え、もうすこし表紙はなんとかならなかったのかな。ライト文芸路線に寄せた方が、もっと的確な読者層に届いたのでは思うのだけど。

天盆 (中公文庫)

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★★★(最大★5つ)

架空中華王朝ファンタジーが好きな方。日本ファンタジーノベル大賞的なテイストを感じる作品を読んでみたい方。とにかく「熱い」勝負の世界にどっぷりハマりたい方、将棋好きの方、やさしい世界に触れたい方におススメ!

あらすじ

蓋の国では、盤戯「天盆」の優劣で立身出世が決まる。貧困家庭に生まれながら、幼いころから「天盆」に魅せられた凡天は、次々と強敵を倒し勝ち上がっていく。しかし過去三十年、平民からの征陣者は出ていない。非情で不条理な世界の中で、凡天とその家族たちは、ただ一つの頂きを目指して戦っていくのだが……。

ココからネタバレ

「天盆」の設定が魅力的

本作は架空の中華王朝、蓋(がい)の国を舞台としている。蓋の国は小国で周囲の列強国、特に陳(ちん)との争いが絶えない。

この国では盤戯「天盆(てんぼん)」の優劣が立身出世を左右する。科挙みたいなものかな。東西南北、国の四つの地域から選ばれた四人の登陣者が、至高の座である天盆陣を目指す。その出自を問わず、優秀な成績を収め天盆士となれば、中央政界で官吏として登用される。

とはいうものの、蓋の中央政権は腐敗していて、ここ数十年平民が官登用されたことはないし、天盆陣を征したことすらない。

盤戯としての天盆は日本の9マス×9マスの将棋が、12マス×12マスの中将棋になったようなイメージ?歩→衆、王→帝、王手→帝首みたいな感じで、言い換えられてはいるけれど、だいたいコマの位置づけやルールは理解できるので、将棋の対戦を見ているような感覚で抵抗なく頭に入ってくる。

天盆にすべてを賭けた人々が熱い!

形骸化しつつあるとはいえ、天盆士になれば平民でも人生の一発逆転が可能。貴族層であれば中央政界に食い込めるとあって、天盆に人生を賭けた、個性豊かな熱いキャラクターが続々と登場するのだ。

凡天の兄で、素質はありながらも伸び悩んでいる二秀。地元の名士の子息、李空。武人の息子で傲慢な帳君。中年に入ってもうだつの上がらない懐円。紅一点の神速の打ち手、紅英。最前手を指し続ける男、永涯。そしてラスボスとして登場する、天代の孫、白斗。

天盆を征するための戦いは、勝つしかない世界である。優秀な天盆打ちには一族の期待が集まる。彼らはそれぞれの個人的な事情を背負いながら天盆に向き合い、主人公凡天の前に立ちはだかってくる。

それ故に、全ての戦いが手に汗握る迫真の名勝負となっており、読み手をまったく飽きさせない。デビュー作でこの筆力は本当に大したものなのである。

主人公の内面はほとんど描かれない

周辺キャラの作りこみが濃厚である反面、主人公である凡天の内面はほとんど描かれることが無い。これは意図的にそう書いているのだと思う。敢えて直接深堀りせず、周囲の人間を徹底的に描き込むことで、凡天の存在感を出していこうという手法なのだろう。

天に愛でられた才能を持つ少年は、立身出世も家のしがらみも関係なく、ただひたすらに天盆が好きだから天盆を打つ。純粋に楽しいから打つ。このシンプルこそが凡天の強さなのだ。

家族の物語

そして、この物語は家族の物語である。凡天の一家は十三人きょうだいの大家族なので、ここで一覧で紹介しておこう。

  • 少勇(しょうゆう) 一家の主。大工。賭け天盆が大好き
  • 静(せい)  少勇の妻。百楽門食堂を経営
  • 一龍(いちりゅう) 長男。大工。メチャ頼れる兄貴
  • 二秀(にしゅう) 次男。伸び悩む天盆打ち。稼ぎが少ない
  • 三鈴(さんりん)長女。見目に恵まれないが頓着しない、小柄
  • 四鈴(しーりん) 次女。見目に恵まれないが頓着しない、細長い
  • 五鈴(ごりん) 三女。見目に恵まれないが頓着しない、まるまる太っている
  • 六麗(ろくれい) 四女。賢くて器量よし。商売上手
  • 七角(しちかく) 三男。八角と双子の兄弟。大工になる
  • 八角(はっかく) 四男。七角と双子の兄弟。大工になる
  • 九玲(きゅうれい) 五女。優しくて面倒見が良い
  • 十偉(じい) 五男。荒っぽい
  • 士花(しいか) 六女。生まれつき身体が弱い
  • 王雪(おうせつ) 七女。盲目
  • 凡天(ぼんてん) 六男。主人公

父親の少勇が天盆好きなので、天盆のマス目の数(十二)にちなんだ命名。士→十一、王→十二ね。きょうだいの数多すぎなので、数字でネーミングしているのはわかりやすくて大正解。

この家の子どもは全て孤児を少勇、静夫婦が引き取ったもので、全員に血の繋がりがない。血が繋がらない人間同士でも、一緒に暮らした時間があれば絆になる。凡天が天盆に夢中になるあまり、街の有力者に睨まれ苦境に陥る少勇一家だが、彼らは一向に気にしない。「全ての駒に意味がある」。それぞれの得意分野を生かして、凡天を支えていく家族の姿がなんとも感動的なのだ。

お前の生は楽しいか?

本作のラスト一ページはあまりに衝撃的である。死力を尽くした天盆陣に、凡天は勝利する。しかし、その二十日後、大国陳の侵攻により蓋は敗れ去り滅亡を迎えてしまうのである。伏線はさんざん貼ってあったとはいえ、まさかの全滅エンド!あれだけ積み上げた天盆の歴史も、数多の名勝負もうたかたの夢と消え失せる。

しかし作者は蓋の人々を哀しみで送っていない。鬱屈した日々を過ごしていた蓋の民は、最後の最後で凡天の征陣によって希望を与えられた。彼らは最後の最後まで抗い続け、生を謳歌して消えていった。

少勇は問う。

「お前の生は、楽しいか?」

女は、答える。

「楽しいわ」

男は、笑う。

「それでいいさ」

『天盆』p275より

人間の一生は、常に勝ち続けられるものではない。良いときもあれば悪い時もある。大切なのは、どんな時にでもいかにして「生を楽しむ」かなのだ。

天盆 (中公文庫)

天盆 (中公文庫)

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