ネコショカ

小説以外の書籍感想はこちら!
『刀伊の入寇 平安時代、最大の対外危機』
女真族の襲来と軍事貴族たちの台頭

『裏世界ピクニック8 共犯者の終り』宮澤伊織 空魚と鳥子の関係性に決定的な変化が

本ページはプロモーションが含まれています


「裏世界ピクニック」シリーズの八作目!

宮澤伊織(みやざわいおり)による「裏世界ピクニック」シリーズの第八弾である。2021年の12月に発売された第七巻からは少し刊行間隔が空いて、こちらは2023年の1月発売。

また、表紙及び本文中のイラストはshirakabaによるもの。

裏世界ピクニック8 共犯者の終り (ハヤカワ文庫JA)

既刊の感想はこちらから。

音声朗読のAudible版は2023年6月に登場。語り手は声優の髙野麻美(たかのあさみ)が担当している。 

あらすじ

鳥子の誕生日。改めて鳥子から気持ちを伝えられた空魚は、自らの感情の行き場に煩悶する(ムジナ・アタックス)。迫る期限の日。鳥子との関係をどうするべきなのか、精神的に追い詰められたに空魚に異変が訪れる(オモイシレ)。遂に鳥子との直接対決を決意した空魚。ふたりにとって決定的な瞬間が訪れる(共犯者の終り)。三篇を収録したホラー短編集。

ムジナ・アタックス

鳥子の誕生日をふたりで祝った後、空魚(そらお)は鳥子(とりこ)から「この先」を問われ絶句する。「一週間、待つから。一週間考えて、空魚の答えを教えて」そう告げて去った鳥子。ついに具体的な期限を切られて苦悩する空魚はDS研究所を訪れるのだが……。

前巻『裏世界ピクニック7 月の葬送』で、空魚と鳥子の間の最大の懸案事項、閏間冴月(うるまさつき)問題がひとまず決着。さて、それではということで、さっそく鳥子が空魚との距離を一気に詰めに来た。

もともと他者との人間関係の構築に興味がなかった空魚が、鳥子と出会ってからずいぶんと変わって来た。「最高のパートナー」「裏世界探索の共犯者」それはもう確定している。それでいいんじゃないの?と、思いつつも、鳥子の側はそれ以上を望んでいる。恋愛の経験値がゼロな分、悩みは大きい。意外にも真面目に話を聴いてくれる、紅森(べにもり)さんとのガールズトークは面白かったな。

興味深いところでは、空魚と同様に邪視も使える、魔術師を名乗る謎の研究者辻さんが登場。今回は顔見せ程度だけど、これから重要な役どころを担ってくるのかな。絵面からはヤバそうなオーラしか感じないけど。

オモイシレ

鳥子との約束した日が近づいている。思い悩んだ空魚は市川夏妃(いちかわなつみ)に、次いで小桜(こざくら)に救いを求める。そして相談の帰途、空魚は意図せずして裏世界に迷い込んでしまう。そこはかつて鳥子と訪れたマヨイガだった。

空魚とのガールズトーク編、二人目は市川夏妃。相性悪そうな空魚と夏妃。友達と恋人の違いとは何なのか。同性愛者としてノーマルである瀬戸茜理(せとあかり)への想いに苦悩する夏妃と、ノーマルでありながら、同性愛者である鳥子からの求愛に揺れる空魚。二人の対比が面白い。

三人目の相談者は小桜。見た目はロリ形態だが、メンタル的には大人の分別を持っているところが小桜の良いところ。結局、空魚はこの時点でも「裏世界>鳥子」なんだよね。「相手への関心と、恐れず踏み込んでいく覚悟と、関係を継続する体力。人に対しても同じだろ」最後に出てきた小桜の台詞が空魚の心に刺さる。

弱っているところを狙ってくるのは怪異の常。マヨイガは『裏世界ピクニック5 八尺様リバイバル』の「マヨイガにふたりきり」で登場した場所。あっさり裏世界に送られてしまった空魚は鳥子をめぐる怪異に振り回される。更に飛んだ先が、潤巳(うるみ)るなだったというのがちょっと意外。

珍しく守勢に回った空魚は散々な目に遭う。ここでいよいよ本来の好戦的な性格が復活。イニシアチブを他人に渡してはダメ!と、鳥子との直接対決に向かう。

共犯者の終り

あれこれ思い悩んで結論が出ないなら、直接本人にぶつかってみればいい。提示された一週間の期限を前にして、いきなり鳥子宅へと訪れた空魚。ふたりはこれまで言葉にできなかった想いを初めてぶつけあう。

空魚と鳥子の直接対決。お互いに両想いと認識できているけれど、まだ恋人関係に踏み込んでいないふたりが、関係を先に進めるための最終確認。こういうのちゃんと事前に詰めるカップルってどれくらいいるんだろう。普通でない関係性。それぞれに特殊な生い立ち。裏世界という禁断領域に足を踏み入れていること。なんてことを考えると、こういうステップを、きちんと踏んでおくことは大切なことなのかもしれない。

裏世界由来の、空魚の眼と鳥子の手。これが「いたす」ために使われたらこんなことになるんだ。使いようによっては他者を狂わせ壊すことができる力を、かくも官能的に使うことができるとは。実は裏世界の側に取り込まれているんじゃないの?なんて不安も湧いてくるけれど、こんな形でふたりの初めてのベッドシーンを書いてくれるとは想定外だった。

共犯者から、空魚と鳥子に。そして恋人でもない共犯者でもない混ざり合う関係「鵼(ぬえ)」にステップアップしたふたり。それにしても、作者は空魚と鳥子のネーミング時点から、既にこの「鵼」関係を想定していたのだろうか。

こちらの作品もおススメ