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『ゴールデンタイムの消費期限』斜線堂有紀 才能を失っても生きていていいですか?

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枯れた才能は再生できる?

2021年刊行作品。作者の斜線堂有紀(しゃせんどうゆうき)は、2020年、『楽園とは探偵の不在なり』のヒットで注目を集めたが、その後の第一作が本作ということになる。通算では十三作目。斜線堂有紀は2017年デビューだから、これだけの数の作品を世に出せているのは凄い。

祥伝社文庫版は2024年に登場。解説は作家の桜庭一樹が書いている。

ゴールデンタイムの消費期限 (角川文庫)

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★(最大★5つ)

才能と人生について考えてみたい方。AIに興味のある方。若い頃は神童と呼ばれていたのに、大人になったら一般人になってしまった方。斜線堂有紀の『私が大好きな小説家を殺すまで』を読んだ方におススメ。

あらすじ

綴喜文彰はかつて天才少年ともてはやされた作家だった。高校生に入ってから、一作も書けなくなり、深く苦悩する綴喜のもとへ「レミントン・プロジェクト」への誘いが舞い込む。枯れてしまった天才たちを復活させる国家プロジェクト。集められた6人の元・天才たちは、果たして再生できるのか。そして才能を失った人間の価値とは何なのか。

ココからネタバレ

ゴールデンタイム=才能の絶頂期

「ゴールデンタイム」とは、テレビ番組の19時~21時の時間帯を指す。一日の中でもっとも視聴率の高くなる時間帯で、各局の看板番組が勢ぞろいしている。

転じて、本作では「ゴールデンタイム」を、才能のピーク期になぞらえてる。主人公の綴喜文彰(つづきふみあき)は、小学四年生の頃に小説家としてデビュー。中学時代に書いた第三作『春の嵐』は100万部を超えた大ベストセラーとなった。しかし、とある事件をきっかけにその後、深刻なスランプに陥る。高校卒業を間近に控えた今となっても、一作も書けていない状態である。

小説家としての才能の枯渇。書けなくなった自分に人間としての価値はあるのか。これからどうやって生きていけばいいのか。綴喜の苦悩は深い。

六人の元・天才たち

『ゴールデンタイムの消費期限』には六人の元・天才少年、少女たちが登場する。以下、登場人物とその才能についてまとめてみた。

  • 綴喜文彰(つづきふみあき) 小説家
  • 真取智之(まとりともゆき) 料理人
  • 秋笠奏子(あきがさかなこ) ヴァイオリン奏者
  • 秒島宗哉(びょうしまそうや) 日本画家。帝都藝大三年生
  • 御堂将道(みどうまさみち) 最年少棋士
  • 凪寺映深(なぎでらえみ)映画監督。巨匠・凪寺孝二の娘

彼らはいずれも、若くして才能を開花させ、脚光を浴びた人物たちばかりである。しかし彼らの「ゴールデンタイム」は終わりを迎えている。かつてほどには評価されなくなった。コンクールで賞が取れない。勝てなくなった。さまざまな苦悩を抱え、彼らは「レミントン・プロジェクト」に再起を賭ける。

AIによる「レミントン・プロジェクト」

「レミントン・プロジェクト」は雲雀比等久(ひばりひとひさ)が開発した、対人間用の教育プログラムである。レミントンと名付けられたAI(人工知能)は、膨大なビッグデータを集積している。レミントンは小説、料理、演奏、絵画、将棋、映画についての最適解をたちどころに見つけ出し、それを教えることが出来るのだ。

AIに教えてもらった内容を実行して、世に認められたからと言って、それは本人の才能と言えるのか?なんとも難しい問題だが、仮にレミントンが人間であると考えれば、高名な先人に師事しているのと大して変わりはないのかもしれない。学んだ内容を、本番の場で正確に表現できるのであれば、それも一つの才能であるのだから。

なお、作品終盤で雲雀比等久が言う「猿が叩き続ければ、いずれはシェイクスピアを打ち出す機械だ」は、Wikipedia先生に詳細があるので興味がある方はどうぞ。

才能を失っても生きていていい

人生の岐路に直面し、「レミントン・プロジェクト」に挑戦した六人の決断はひとそれぞれであった。見事に分かれた彼らの選択は以下の通り。

  • 綴喜文彰(つづきふみあき) 小説家を辞め、新聞記者になる
  • 真取智之(まとりともゆき) レミントンの師事を継続、料理人として活躍
  • 秋笠奏子(あきがさかなこ) ヴァイオリン奏者を辞め、農業に転向
  • 秒島宗哉(びょうしまそうや) レミントンの師事を継続、日本画家として活躍
  • 御堂将道(みどうまさみち) ぎりぎり棋士として残る。レミントンとの交流は継続
  • 凪寺映深(なぎでらえみ) レミントンへの師事を拒否。売れない映像作家として活躍中

綴喜が十一日間の「レミントン・プロジェクト」で学んだことは、落ちぶれる勇気を蓄えておくこと。そして才能が無くなっても、生きていても良いのだということだった。ようやく書きたいと思った小説を書けたときが、綴喜における小説家人生の最後になった展開が味わい深い。若き日に「ゴールデンタイム」を経験したことが、彼のこれからの人生の糧となっていくのである。

才能の枯渇テーマが好きなのか?

才能が枯れてしまった小説家の話と聞けば、斜線堂有紀ファンとしては2018年作品の『私が大好きな小説家を殺すまで』を思い起こす読者は多いだろう。

『私が大好きな小説家を殺すまで』は、才能の枯渇に苦悩する作家、遥川悠真(はるかわゆうま)と、ファンの少女、幕居梓(まくいあずさ)を描いた作品だった。

わずか、数年の間に同じようなテーマを、再び取り上げてくるとはちょっと珍しいように思う。斜線堂有紀は才能の枯渇、小説家として書けなくなることに恐怖感を覚えているのだろうか。 この点少し気になった。

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