エッセイストとしての氷室冴子
氷室冴子(ひむろさえこ)は1977年のデビュー以来、少女向けの小説レーベル、コバルト文庫を中心として活動を続けていた。大ヒット作『なんて素敵にジャパネスク』などのおかげで、小説作品ばかりが目につくが、エッセイの類も意外に書いている。
本作『いっぱしの女』は『冴子の東京物語』『プレイバックへようこそ』『委員物語』『マイ・ディア 親愛なる物語』に続く、五作目のエッセイ作品である。
オリジナルの単行本版は1992年に刊行されている。筑摩書房のPR誌「ちくま」に連載されていた作品をまとめたもの。
最初のちくま文庫版は1995年に登場している。 この時の解説は清野徹が担当している。
その後2021年、旧ちくま文庫版からなんと26年の歳月を経て、「新版」が登場した。基本的な内容はそのままだが、表紙のビジュアルが変更。また、解説が清野徹から、町田そのこに変更されている。
なお、町田そのこの解説テキストはwebちくま上で読むことが可能である。
おススメ度、こんな方におススメ!
おすすめ度:★★★(最大★5つ)
氷室冴子ファンだったけど、エッセイは読んだことがない方。1980年代後半~1990年代前半の空気感を知りたい方。懐かしく思い出したい方。女性としての生きづらさ。特定の立場だからこそのやりきれなさを知りたい方におススメ。
内容はこんな感じ
「いっぱしの女」になったのだから。そんな男ともだちの言葉に戸惑いながらも、「いっぱしの女」として生きることを処世術としてきた作家、氷室冴子。人生にはさまざまな出会いがあり、数多の人間関係が生まれる。心無い言葉に傷つき、憤慨し、落ち込みながらも生きていく。30代に筆者が体験した悲喜こもごもを綴った珠玉のエッセイ集。
ココからネタバレ
トップランナー故の逆風
氷室冴子は1980年代に爆発的な人気を博し、一躍ベストセラー作家となった。しかし活躍した舞台が少女小説という一般人には馴染みのない世界であったが故に、いわれのない偏見を持って周囲からは受けとめられることとなった。
1980年代~1990年代にかけての氷室冴子の売れっ子ぶりは、現在の文壇では比肩する作家が存在しないほどに圧倒的なものがあった。人気シリーズ『なんて素敵にジャパネスク』の累計発行部数は800万部を超えているのである。それだけに、トップランナーだからこそ受けた逆風の強さがあったのだと思われる。
冒頭の「まえがきにかえて」で紹介されている。「やっぱり、ああいう小説は処女でなきゃ書けないんでしょ」は、衝撃的な一言である。発言者の男性自身からは、おそらく一片の悪意もなく発せられているところがまたタチが悪い。
人間は予断に左右される
とかく人間は予断、先入観に囚われがちである。社会人とはかくあるべし。成人女性はこうでないと。〇〇さんはこういう人だから。人との出会いは、こうした予断、先入観と対峙することでもある。
本作の奥深い点は、作家氷室冴子の立場を離れてもなお、女だから、娘だから、独身女性なのだからと付きまとってくる、周囲の予断、先入観との向き合い方を描いている部分にある。
ベストセラー作家氷室冴子の日常ではなく、等身大の30代女性としての葛藤を描いている。この点で本作は、より普遍的に多くの読み手に、共感をもって受け止められるになっている。特に、娘の将来を悲観し、ことあるごとに結婚を迫ってくる母親との関係性は、リアリティを持って読むことのできる方も多かったのではないだろうか。
ちなみに、氷室冴子と母親の関係性については、1993年に刊行された六冊目のエッセイ『冴子の母娘草(ははこぐさ)』に詳しいので気になる方はこちらもどうぞ。
三十年の歳月を経て
本書が1992年に刊行され、それからおよそ三十年の歳月を経て新版が刊行された。その受容の在り方はどう変わったであろうか。
ここで『いっぱしの女』の文庫版旧版と新版の帯を見比べてみよう。こちらが1995年の旧版の帯。
そしてこちらが2021年に刊行された新版の帯である。
細かな違いかもしれないが、旧版のテキストが、氷室冴子個人の体験に寄せたように読める反面で、新版のテキストはより広範に「女性」全体の実感に寄せたように読める。かつて氷室冴子が直面したさまざまな社会、世間の壁は、現代の女性にとっても依然として壁であり続けている。そんな思いが新版の帯からは感じ取れるのである。
本書は氷室冴子が「リアルタイムの雑感を書いてみたい」として世に送り出した作品である。そのため、時事ネタ、当時の世相や、考え方が反映されている部分も多く、どうしても古さは感じてしまう側面がある。
しかしながら、予断、先入観に支配されがちな人間のありよう。女性を取り巻く社会環境のやりきれなさなどは、2021年の現代に読んでも、多くの方に受け入れられる内容となっている。かつてのファンだけでなく、より多くの方に手に取っていただきたい一冊である。
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