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『神薙虚無最後の事件』紺野天龍 作中作の謎を解く多重解決ミステリの新境地

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紺野天龍の館モノが登場

2022年刊行作品。講談社の小説誌『小説現代』2022年4月号に掲載(第三章まで)されていたものを、加筆修正のうえで単行本化したもの。第4章残酷な≪真実≫、第5章解き放たれた≪真実≫、そしてエピローグ部分は完全書下ろしとなる。

表紙イラストは青依青(あおいあお)が担当している。

神薙虚無最後の事件

作者の紺野天龍(こんのてんりゅう)は1985年生まれのライトノベル、ミステリ作家。2018年のデビュー以降、コンスタントに新作を世に送り出し続けており、2022年では、『幽世の薬剤師』に続く二作目の作品となる。

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★(最大★5つ)

ミステリ作品はいろいろな可能性を考えたい!多重解決系のミステリ作品がお好みの方。作中作が登場するタイプのミステリがお好きな方。個性豊かなキャラクターたちが登場するタイプのミステリがお好きな方におススメ。

あらすじ

捏造が噂され発禁処分となった往年のベストセラー『神薙虚無最後の事件』。未解決となったこの事件に「納得のいく結論」を提示して欲しい。作者御剣大の娘、唯の依頼により、大学生の瀬々良木白兎と来栖志希は、20年前に起きた「オルゴール館」の殺人に挑むことになる。密室での殺人。館に隠された謎。そして消失した名探偵。果たして白兎たちは真相に迫ることが出来るのか。

ここからネタバレ

登場人物を確認

本作は登場人物が多いので、まずはそのあたりを整理しておこう。

この物語は、東雲大学≪名探偵倶楽部≫の面々が、作中作『神薙虚無最後の事件』の謎を解いていく、二重構造の仕掛けとなっている。

『神薙虚無最後の事件』は実際に起きた事件を描いたノンフィクション作品。よって『神薙虚無最後の事件』に登場した人物は、瀬々良木の世界でも実在する。

東雲(しののめ)大学≪名探偵倶楽部≫

  • 瀬々良木白兎(せせらぎはくと):東雲大学薬学部二年。語り手
  • 来栖志希(くるすしき):東雲大学薬学部一年。白兎の隣人
  • 金剛寺煌(こんごうじきら):東雲大学理学部四年。金剛寺グループ総帥の孫娘
  • 雲雀耕助(ひばりこうすけ):東雲大学工学部二年。父親は著名ジャーナリスト
  • 御剣唯(みつるぎゆい):東雲大学文学部一年。作家御剣大の娘。依頼人

作中作『神薙虚無最後の事件』の登場人物

  • 御剣大(みつるぎまさる):語り手。観測者。御剣唯の父親
  • 神薙虚無(かんなぎうろむ):欠陥探偵
  • 星河かぐや(ほしかわかぐや):探偵姫。御剣唯の母親
  • 渡良瀬鈴子(わたらせすずこ):調停者
  • 水守稜湖(みなもりいずこ):守護者
  • 久遠寺写楽(くおんじしゃらく):怪盗王。天蓋症候群(デモンズゲイト・シンドローム)
  • 十六夜紅海(いざよいくれみ):メイド長。第一使徒
  • 空峰美満(そらみねみちる):メイド。第二使徒
  • 秋山大地(あきやまたいち):メイド。第三使徒
  • 月見里読子(やまなしよみこ):メイド。第四使徒
  • 沖影綸理(おきかげりんり):メイド。第零使徒

西尾維新作品かよとツッコみたくなる中二感にあふれたネーミングセンス。天蓋症候群みたいな、二つ名まで用意されているキャラもあり、現実離れした物語空間を現出させている。紺野天龍はこういうノリが好きだよね。

初登場で最後の事件

紺野天龍作品において神薙虚無が登場するのは今回が初(たぶん)。なのに、いきなり「最後の事件」である。麻耶雄嵩(まやゆたか)のメルカトル鮎かよ!って、適度にオマージュ成分が含まれているのかもしれない。

この物語の世界で神薙虚無は、実在とされる名探偵で、怪盗王久遠寺写楽と数々の名勝負を繰り広げてきたという設定。久遠寺写楽の邸宅オルゴール館に招かれた、神薙虚無とその仲間たちは、密室の中から久遠寺写楽の刺殺死体を発見するという趣向だ。作中作の『神薙虚無最後の事件』の中で、具体的な謎は解明されず館は消失。神薙虚無は行方不明となってしまい、現在に至っている。

『神薙虚無最後の事件』の作者、御剣大の娘唯は、家族崩壊の遠因となってしまったこの事件について、「納得のいく結論」を求める。つまり、真実かどうかは関係なく、依頼者である唯が、納得できる結論でありさえすればいいというわけだ。

多重解決モノの魅力

この作品の中で『毒チョコ』と書かれているのは、アントニイ・バークリーの『毒入りチョコレート事件』を指す。多重解決モノの走りともいえる作品だ。

多重解決モノでは、唯一無二の真相を追い求めるのではなく、できるかぎりもっともらしい説を、登場人物たちがそれぞれに考える。その中でいちばん、確からしい解法を探っていく。

この物語では、『神薙虚無最後の事件』の謎に、二十年後の東雲大学≪名探偵倶楽部≫のメンバーたちが挑む形となっている。天才肌の金剛寺煌、ロジカルに考える雲雀耕助、そして、ちょっとぼんやりしていて頼りない主人公瀬々良木白兎が加わる。

作中作の『神薙虚無最後の事件』に丁寧に埋め込まれたギミックの数々が素晴らしい。叙述でしょ、叙述なんでしょ?と読み手に期待させておいて、想定を超えた形でしっかり決めてくるところは巧い。

続篇はあるのかな?

薬学部の先輩後輩の間柄で、借りている部屋がお隣どうし。毎日交代で食事当番を分担して、お互いの部屋に入り浸っている瀬々良木白兎と来栖志希は、どう考えても付き合っちゃえばいいと思います!でもまあ、ミステリ作品でのこういう関係は進展しないままズルズル続くのが常なのだけど。

天上天下唯我独尊系の金剛寺煌もキャラが濃くて良い感じ(「錬金術師」シリーズのテレサ・パラケルススと被ってるが)なので、再登場を期待したいところ。来栖志希の兄、来栖恭平が登場することはあるのだろうか?

「最後の事件」から、さかのぼって改めて神薙虚無の活躍を描いていくのもありだと思う。あちらの組も個性的な人たちが多いしね。

ということで、続編を強く希望!「錬金術師」シリーズの続きも速く読みたいから、ファンとしてはなんとも複雑な気分ではあるのだけれど……。

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