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『心の砕ける音』トマス・H・クック 対照的な兄弟と運命の女

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「このミス2002」海外部門第五位

2001年刊行作品。「このミス2002」の海外部門第五位の作品。オリジナルの米国版は2000年刊行で、原題は『 Places in the Dark』。

心の砕ける音 (文春文庫)

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★★(最大★5つ)

運命の女に翻弄される兄弟モノが好きな方。20世紀前半のアメリカ、特に北東部のメイン州を舞台としたミステリ作品を読んでみたい方。トマス・H・クック作品を読んでみたいけど、どれから読むべきか悩んでいる方におススメ!

あらすじ 

1930年代のアメリカ。メイン州の小さな街ポート・アルマで兄のキャルは地方検察官に、そして弟のビリーは家業の新聞社を継いでいた。夢見がちなビリーは、理想の女性が自分に出会う日を待ち続けていると信じ、現実派のキャルはそれを危ぶみながらも天真爛漫な弟を愛していた。この街に運命の女ドーラ・マーチが現れるまでは……。

作品の舞台

本作の舞台となるアメリカのメイン州はここいら辺。

アメリカの北東部に位置していて、東海岸諸州の中でも一番北、カナダ国境に接している。現在でも人口が130万人程度しかおらず、最大の街であるポートランドですら6万人程度の人口しかない。ありていに言うとド田舎。そして北にあるので、冬はとても寒い。おおよその情景が想像出来てきただろうか。

ここからネタバレ

二人の兄弟と運命の女

実務肌の兄と、ロマンチストの弟。まるで性格が違うが故に互いが互いを想い合いうまくやってきた二人の前に、どう見てもこんな田舎に居るはずがないだろう流れ者の美女ドーラが現れる。本作は、ファム・ファタール(運命の女)モノの典型例とも言える作品である。

物語は既に弟のビリーが死亡していることを前提に始まる。女は何処へともなく消え失せ、一人残された兄のキャルはその行方を追い求め動き出す。

交錯する過去と現在

クックお得意の過去と現在を交錯させながら、薄皮を剥ぐように真相に迫っていく手法は今回も健在。巧みな心理描写、詩情に溢れた風景描写がいつもながらに冴えまくっていて、その辺のミステリとは格が違っている。厳冬期のメーン州、その空気の匂いまで感じ取れる程だ。訳も良いのだとは思うけど、この描写の細やかさ丁寧さはクック作品の大きな特徴だと思う。検索して見つけたエントリで読んだのだが「クックは雪崩すらスローモーションに見せる」という表現は言い得て妙だと感じた。

暗転する運命とわずかな救済

ムードメーカーであったビリーの死は、微妙なバランスの上で辛うじて成り立っていた家族の絆を崩壊に追い込んでしまう。全ての真相を知った上で、キャルが下した決断の切ないこと切ないこと。ビリーにとっての運命の女は、キャルにとっても運命の女になってしまった。暗転したまま終わるかに見えて、すっかり忘れていた伏線を使って仄かなる救いがもたらされるのが、これまで読んできたクック作品とは大きく異なる点だろう。ブラックなまま結末を迎える事が多かった中でこれは珍しい。

ミステリとしての仕掛けは少なめながらも、最後の大技は意外度十分。とはいえ、特定の人物のその後についての記述が極端に少ないので、勘のいい読者であれば気付いてしまうかな。この作品としては、ミステリ部分にはあまり重きを置いていないので、その部分が事前にわかってしまっても、本質的な面白さは損なわれることが無いと思う。

WOWOWでドラマ化された作品

以前に紹介した『緋色の記憶』同様に、本作も鈴木京香をヒロインに据えて、WOWOWにてドラマ化されている。こちらはDVD化されていて、現在も入手が可能。監督は佐々部清。脚本は鄭義信が担当している。2005年の作品。

舞台は日本に置き換えられていて、メインとなる兄弟役は、兄が香川照之、弟が吉岡秀隆。陽気な兄と、真面目な弟と、小説版とは役柄が逆になっており、主役も弟の方に変更されている。