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『オルレアンの魔女』稲羽白菟 歴史の闇の中からよみがえる”魔女”

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稲羽白菟の三作目

2021年刊行作品。作者の稲羽白菟(いなばはくと)は1975年生まれ。2016年に、『合邦の密室』が、第九回島田荘司選ばらのまち福山ミステリー文学新人賞の準優秀作を受賞。2018年に同作で作家デビューを果たしている。その後、2020年に第二作の『仮名手本殺人事件』を上梓。本作『オルレアンの魔女』はそれに続く、第三作となる。

オルレアンの魔女

過去二作は原書房から刊行されていたが、本作は二見書房からの刊行となっている。

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★★(最大★5つ)

地下道、鉄仮面、魔女、孤島。こんなキーワードに反応してしまう方。海外、特にフランスを舞台としたミステリ作品を読んでみたい方。フランスが好き。フランスの歴史に興味のある方。ジャンヌ・ダルクが好き!という方におススメ!

あらすじ

世界的なソプラノ歌手、天羽七音美は出演予定の新作オペラ「オルレアンの聖女」の原作者、レジーヌ・ブラパンに招かれ、フランス、カンヌの地を訪れる。パリ、オペラ座の次期芸術監督、高名なドイツのテノール歌手。アメリカの映画プロデューサー。彼らと共に訪れた”監獄島”で連続殺人劇の幕が上がる。

音楽ミステリではないけれど

『オルレアンの魔女』のヒロイン天羽七音美は(あもうなおみ)は国際的に活躍するソプラノ歌手である。と、聞くと、この物語は音楽ミステリなのか?クラシック音楽がわからないと理解できないのかも?などと読む側は身構えるのだが、主人公がオペラ歌手であるだけで、内容的には音楽ミステリではない。

作者も自身のHPでこのように書いている。

『オルレアンの魔女』はオペラ歌手・天羽七音美が主人公のミステリーですが、読書に際して特にオペラの知識は必要なく、作中で蘊蓄が語られるという訳でもなく、オペラにまつわる謎を解く「芸術ミステリー」という訳でもありません。

稲羽白菟ノサイトより

よって、クラシック音楽が苦手の方でも気軽に手に取っていただきたいところ。

唯一、こちらの楽曲は重要な要素になってくるので聞いておくと、作品理解がより深まるのではないかと思われる。プーランクのオペラ作品『カルメル会修道女たちの対話(Dialogues des carmélites)』の終曲「サルヴェ・レジーナ(Salve regina)」である。

わたしは趣味で合唱をやっているのでプーランクの合唱曲はよく聞いていたのだが(「人間の顔(Figure humaine)」は好き。超絶難しいけど)、オペラ曲は守備範囲外だったので初めて知った。

『カルメル会修道女たちの対話』はフランス革命の時代に処刑されたカルメル会修道女を描いた作品。フランス革命において、教会などの旧勢力は大きな迫害を受けた。フランス革命の負の側面にスポットが当てられている。

ここからネタバレ

カンヌ観光が楽しい

この物語のほとんどは、フランスの高級リゾート地カンヌで展開される。特に重要な場所である、カンヌ沖に浮かぶ二つの島。サント=マルグリット島(監獄島)と、サントノラ島についてGoogleMapで切り出してみたのでこちらをご覧いただきたい。

日本人にはなかなか馴染みのないカンヌの地だが、GoogleMapを傍らに読んでみると本作はより楽しめるのでおススメである。

ちなみに、こちらは最初の事件の舞台となる修道院要塞(Saint Honnorat fortress)。これはいかにもミステリ作家が事件を起こしたくなるような外観の建築物である。

オルレアンと言えばジャンヌ・ダルク

この物語の後半では舞台がフランス中部の都市オルレアンに移る。

オルレアンは、英仏百年戦争の時代にイギリス軍に包囲されていたが、ジャンヌ・ダルクらによって解放され、劣勢にあったフランス軍の反撃の契機を作った。この勝利(と、その後の処刑)によってジャンヌ・ダルクは神格化され「オルレアンの聖女」としてフランスの英雄となる。

したがって、オルレアンと言えばジャンヌ・ダルクを想像してしまう程、両者の結びつきは強い。だが、本作で面白いのは、オルレアンにまつわる「もう一つの属性」をストーリーに絡めてきている点にある。

オルレアンの噂

「オルレアンの噂」はご存じだろうか?「オルレアンの噂」という言葉に馴染みがなくても、こんなエピソードはどこかで聞いたことがあるはずである。

(前略)ブティックの試着室に入った若い女性が次々と行方不明になっているという噂が流れた。疑惑の対象として具体的に名指しされた店舗は6軒あり、いずれも繁盛している若い女性向けの店舗で、そのうち5件はユダヤ人が経営していた。行方不明になった女性は試着室で薬物を注射されてトリップしたまま、各ブティックを結んでいる地下通路へと運ばれ、中近東と南米へ売春婦として売られていったと噂された。

忽然と客の消えるブティック(オルレアンの噂) - Wikipediaより

ブティックの試着室に入った女性が忽然と消える。誘拐された女性は海外に売り飛ばされ悲惨な末路をたどる。日本でもおなじみの都市伝説だが、このエピソードのルーツが、実はフランスのオルレアンにあったのである。

「オルレアンの噂」は集団ヒステリー。群衆の狂気が引き起こした事件とも言えるが、この人間心理の暗部が、『オルレアンの魔女』の中では重要な役割を果たしている。

『勝利の日』の裏側で

フランスにおいて5月8日は『勝利の日』である。5月8日は、ジャンヌ・ダルクがオルレアンを解放した日。さらに、第二次大戦時に、ナチス・ドイツの支配から解放された日でもある。フランス史において、もっとも誇らしく輝かしい記念日ではあるが、本作ではその『勝利の日』の裏側に潜む、人の心の闇の部分が描かれていく。

ナチス・ドイツから解放されたフランス人が、その後行ったのは、対独協力者たちへの凄惨な制裁であった。これはエピュラシオンと呼ばれる。

物語の冒頭で登場した、プーランクの『カルメル会修道女たちの対話』を思い出していただきたい。この楽曲はフランス革命の暗部とも言える事件を描いたが作品だった。『オルレアンの魔女』では、物語の冒頭とラストで、それぞれに『勝利の日』の裏側を想起させる事象が語られるのである。この構成は上手い。

終末部、解決編で謎を解くエミールが呼びかける言葉が実に印象的である。

自由、平等、友愛を尊ぶ誇り高きフランス国民として、二度と同じ過ちを繰り返さないために、我が国の不名誉な過去、恥ずべき歴史からも決して目をそらさずに、私はこれからも前に進んでいこうと思ったということなんです。

『オルレアンの魔女』p293より

『オルレアンの魔女』とはかつての不名誉な過去、恥ずべき歴史から生まれた亡霊であった。『オルレアンの魔女』は、人々が、不名誉な過去、恥ずべき歴史を忘れ、封印し、抹殺しようとしたときに現れてくるものなのかもしれない。

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