ネコショカ

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神秘の旋律ルコの魅力、古川日出男の『沈黙』


古川日出男の三作目

沈黙

沈黙

 

1999年刊行。相変わらずストーリーの説明がしにくいな。やはりこの人は天才系の作家だなと思った。なかなかこんなスケールの大きな変てこな話は書けないし、そもそも考えつけないと思う。いつものことながらホラ話をさせたら天下一品。見てきたような嘘をつく妄想力。豊穣を越えて過剰なまでのイマジネーション、絢爛たる音のコラージュが読者を幻惑していく。

あらすじ

秋山薫子は祖母三綾の姉、静に出会ったことから彼女の住まう大瀧家に下宿することになる。そこで薫子は、今まで知ることの無かった母方の血統、大瀧一族の秘めた謎に迫っていく。大戦中南方戦線で暗躍した特務機関員大瀧鹿爾。十一冊の不可解なノートを残して謎の死を遂げた大瀧修一郎。やがて浮かび上がってくる神秘の旋律rookow(ルコ)。そして一族の前に現れる世界の「純粋な悪意」とは。

失われし部族の幻の音楽rookow(ルコ)

後期ロマン派の作曲家コーニリアスによって採譜が試みられ、自身の命を賭した熱情の結果として四部の譜面だけが後世に伝えられる。コーニリアスの四部は数奇な運命をたどり、アフリカ、上海、そしてナチスドイツを経て、アメリカ人指揮者サットクリフの手に渡り、ここでようやく世界に広まることになる。 様々なバリエーションに変奏され、あらゆるジャンルの音楽に拡散していくルコ。捏造されたルコ史のなんと魅力的なことか。それ絶対聞きたいだろ。

「純粋な悪意」をあともう少し

しかしながら、この頃の古川日出男はまだ、自信の裡から噴出する妄想力を制御し切れていなかったのかもしれない。大瀧修一郎の残した謎めいた資料から、薫子は自らのルコを「発見」し一族の宿縁に三度立ち向かうことを決意する。ところが対立軸となってくるべき「純粋な悪意」についての描写が弱すぎて、ここまで膨大な手間をかけて描写してきたルコの魅力に対抗しえるものに全く見えてこないのだ。

二十歳そこいらの小娘に勝てたものが、どうして鹿爾や修一郎が勝てなかったのか。合理的な説明をしろとは言わないけど、もう少し納得出来るだけの手間を「純粋な悪意」を描くためにも割いて欲しかった。山室龍三郎大佐から、秋山燥へとつながる「純粋な悪意」たるものが、あまりに安っぽすぎる。ルコの歴史が本当に魅力的であっただけに、とても勿体ない。

なお、本作中で少しだけ言及されていて、その後作中でのフォローが無かったアビシニアン少女についての物語は、別著『アビニシアン』を参照のこと。

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