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『サクラオト』彩坂美月 五感をテーマとしたミステリ短編集

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彩坂美月の10作目!

2021年刊行作品。集英社の文芸誌「小説すばる」に2012年~2018年にかけて発表されていた四編に、書下ろし二編を加えて上梓された作品。彩坂美月(あやさかみつき)としては、本作が十作目の著作である。

サクラオト (集英社文庫)

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★(最大★5つ)

タイトルの「サクラオト」が気になる方。表紙のビジュアルを見て素敵だなと感じた方。五感をテーマとしたミステリ短編を読んでみたい方。彩坂美月作品を読んでみたいと思っていた方におススメ。

あらすじ

痛ましい悲劇が続いた廃校を訪れた一組の男女に訪れた変化(サクラオト)。弟の奇妙な行動を目撃してしまった姉が遭遇する事件(その日の赤)。高校時代の憧れの先輩との再会。そして悲劇が起こる(Under the rose)。幼いころからデコレーションケーキに異常な嫌悪感を示す主人公。その理由は?(悪いケーキ)。幼き日に運命的な出会いをした二人のその後(春を掴む)。ミステリ作品に込められた作者の想い(第六感)。五感をテーマとしたミステリ短編集。

ここからネタバレ

五感をテーマとした短編集

『サクラオト』は五感をテーマとした短編集である。各編と五感の対応は以下の通り。

  • 「サクラオト」春:聴覚
  • 「その日の赤」夏:視覚
  • 「Under the rose」秋:臭覚
  • 「悪いケーキ」冬:味覚
  • 「春を掴む」春:触覚
  • Extra stage「第六感」:第六感

最終の「第六感」Extra stageとして、五感を超えた超自然的なな心の働きを主題として取り入れている。各編は一見すると独立した関係のないエピソードのように読めるのだが、最後の「第六感」を読むと、それぞれを繋ぐ隠された物語が浮かび上がってくるという趣向である。

以下、各編について簡単にコメント。

「サクラオト」春

初出は「小説すばる」2012年4月号。

テーマは聴覚。

桜の音が聞こえる人は、魔に魅入られた人なんだって

本作は各編の冒頭にそれぞれの五感を暗示するようなフレーズが入り、読者を一気に作品世界に引き込む。

大学のミステリ研に所属する、西崎朝人(にしざきあさと)は、意中の人である遠藤詩織(えんどうしおり)を伴い、桜の名所として知られるが、不気味な事件が相次ぐ廃校跡を訪れる。

毒殺お茶会事件、同級生を殺した女生徒。交際していた教え子を殺して自殺した教師。特別な場がもたらす狂気と。いつまでもこのままで居たいとする切なる願いが共振したときに悲劇が起きる。呪われた場所として知られる廃校と、夜桜の対比が美しも妖しい。

「その日の赤」夏

初出は「小説すばる」2015年6月号。

テーマは視覚。

見なきゃよかった、というものをうっかり目にしてしまったことが人生の中で何度かある。

母親の病死。高校生の樋口夏帆(ひぐちかほ)は、母親代わりとして弟、晴希(はるき)の面倒を見ることになる。父親は仕事が忙しく家庭を顧みない。公園の「女子トイレから出てきた」晴希の姿を目撃したことで、夏帆は思わぬトラブルに巻き込まれることになる。

夏帆を襲った突然の視覚異常。この特殊状態を使って、事件の見え方を少しずらして読み手に提示する手の込んだ作品。不安感しかなかったこの作品だけれども、ラストシーンに「お父さんが来てくれた」安心感がすごい。

「Under the rose」秋

初出は「小説すばる」2017年1月号。

テーマは臭覚。

記憶にあるのは、むせ返るような薔薇の香りだ。

50歳を目前にし、平凡な日常に疲弊している橋本菜摘(はしもとなつみ)が主人公。学生時代に慕っていた先輩、綾子(あやこ)の呼びかけで、菜摘はかつての友人たちと再会する。しかしその会が、生きている綾子の姿を見る最後の場となってしまって……。

忍び寄る老いと、日々の生活への疲れ。輝かしい時代は終わってしまったが、それでも人生は続く。

ちなみに、タイトルの「Under the rose」は「秘密」を意味する言葉。

英語で「バラの下で(under the rose)」が「秘密に」「ないしょに」との意味なのは古代ローマの習慣にもとづく。バラの花を天井につるした宴会では、そこでの会話を口外せぬという約束があったのだ

毎日新聞2019/8/17東京朝刊より

住野よるの『また、同じ夢を見ていた』でも登場したフレーズなので、ご存じの方も多いかな?

「悪いケーキ」冬

初出は「小説すばる」2018年5月号。

テーマは味覚。

電車内の暖房が、熱風を吐き出し続けている。

このエピソードの冒頭の書き出しだけ、作中のテーマ(今回は味覚)と直接にリンクしていなくて、読む側を戸惑わせる。主人公のケーキに対する忌避感を、「吐き出し」の部分に絡めてあるのかな?

大学生の斉藤紘一(さいとうこういち)は、なぜかケーキが食べられない。それは幼少期のトラウマなのか?幼き日、伯母の琴美(ことみ)と共に訪れた別荘。そこで琴美は失踪し、いまだに行方知れずのままである。紘一は、友人の三島空知(みしまそらち)と共に、積年の謎を解くべく、忌まわしい思い出の地を再訪する。

登場人物が限定されているので、オチは予想できてしまうのだけど、ラストシーンの後味の悪さが最高で、切れ味的にはこの話がいちばん好きかな。

「春を掴む」春

書下ろし作品。

テーマは触覚。

触れた瞬間、何かが変わることがある。

引っ込み思案で内気な少女だった小沢風花(おざわふうか)は、原颯太(はらそうた)との出会いで変わった。成長し、同じ大学に進学した二人だったが、同級生の岡部史郎(おかべしろう)のストーキングに風花は悩まされるようになる。

あまりに運命的な出会いは、時としてその後の人間関係を呪縛してしまう。幼き日、バス事故に遭った風花は、同乗していた颯太に助けられ、以後、強い依存関係を構築していく。

颯太の悪意が際立つ作品だが、同じ大学、同じアルバイト先。どこにでもついてくる風花は、颯太にしてみれば「重い彼女」となってしまったのかもしれない。ラストシーン。依存から脱して、自分の人生をもういちど掴みなおそうとする風花の決意は爽やかで、読後感は悪くない。

Extra stage「第六感」

書下ろし作品。

テーマは第六感。

満開の桜が、夜の中で白っぽく揺れている。

ミステリ作家の沢村碧(さわむらあおい)は、大学時代の後輩で、現在は編集者となった大友はるか(おおともはるか)と共に、作品の舞台となったかつての学園跡を訪れる。はるかはそこで、碧が書いた作品に込められた、とある共通点について指摘するのだが……。

最終エピソード。ここに至って、これまでに書かれていた五編が、ミステリ作家沢村碧による作中作であることが明らかになる。一編目の「サクラオト」の直後に挿入されていた不自然な作者メッセージ。全編で登場する謎めいた黒服の男の存在。こうした一連の謎が解明され、作者の周到な仕掛けが綺麗に展開されていくのはなかなかに心地よい。

「サクラオト」では二人の男女の関係の終焉を描きながら、同じ場所を舞台とした「第六感」では二人の男女の救いと再生を描いている点も巧いと感じる。

最後のエピソードを読むまで、表紙に描かれているセーラー服の少女と、シルエット姿の男性が誰なのか疑問でしかなかった。しかし、六編目の「第六感」を読むことで、この二人は若葉と、沢村碧なのだと判る。

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