方向模索中の本読みBlog

書評Blogの予定だけど、現在方向性模索中。基本ネタバレありなので注意してね。

ド定番の名作、筒井康隆「時をかける少女」(角川書店/角川文庫)

アニメ版の上映に際して再読してみた

時をかける少女 (角川文庫)

時をかける少女 (角川文庫)

 

2006年のアニメ版(細田守監督)の「時をかける少女」上映にあたって、再読した際の感想をあげておく。このアニメ版も世の中にすっかり定着して、テレビで放映されることも多くなった。そのため、下手するとこっちがオリジナルエピソードだと思われたりもするのではないかしらん。

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今回の感想はオリジナルの筒井康隆「時をかける少女」の方ね。

小説版「時をかける少女」の初出は1965年の「中三コース」(←今はもう亡い)の十一月号。なんと50年以上も前の作品なのだ。昔の記録を調べてみたところ、自分がこの作品を初めて読んだのは1983年の6月13日。1983年の映画版(大林宣彦監督)『時をかける少女』がブームになっていたころで、おそらく実家には原田知世表紙バージョンの角川文庫がどこに眠っている筈だ。

あらすじ

放課後の理科実験室。芳山和子はラベンダーに似た香りを嗅ぎ意識を失う。その日から彼女は自らの体調に違和感を持つようになる。死の危険に瀕したとき、発動したのは時間を跳ぶ力なのか。揺れ動く少女の心の機微を捉えた表題作に加え、幼き日のトラウマがもたらす奇怪な現象の顛末を描く「悪夢の真相」、多元宇宙をうつろいゆく少女の物語「果てしなき多元宇宙」の計三編を収録した短編集。

古さは否めないが良作ではある

なにせ1983年時点でも初出から二十年近い年月が経っていたわけで、当時ですら読んでいて古さを感じたことは否めない。リアル中坊だった自分の評価は10段階で6。今に較べると点が甘かったあの頃としてはかなり厳しめの評価だ。既に持っている作品を改めて買い直す気になったきっかけは言うまでもなく細田版『時をかける少女』にハマったせいで、上映が終わった映画館で思わず再購入してしまった次第。入手したのは2006年の5月に出た新装版。こちらは細田版に合わせて表紙絵のイラストレータに貞本義行が起用されている。

で、二十三年振りに再読してみたわけだが、さすがに半世紀近く前に出たジュブナイルを読むのはキツかった。後から見た映像作品のおかげで、勝手な思いこみが入りこんでいたせいもあるのだろうが、物語の構造は思っていたよりも遙かにシンプルだった。こんなに短い話だったのかと驚いた。装飾過多に慣れてしまった今の時代に単体でこの作品だけを読んでも、カタルシスを得るのは難しいかもしれない。ノスタルジー性とか、恋愛要素の付加ってのは、後発の映像化作品群によって成し遂げられたことだしね。

とはいいながらも、1960年代に「時をかける少女」という魅力的なタイトルとプロット、モチーフを提示出来たのは十分意義のあることだったと思う。これからもそれぞれの時代に即した「現代語訳」としての映像作品は後継が続々と出てくることだろう。多くのフォローワーを生み出した功績は決して減じられるものではない。エスエフ作品として、ライトノベル的傾向の作品の先駆として、確固たる古典としての地位を獲得していることは疑問の余地が無いだろう。抑えておくべき基本の一冊であることは間違いない。

それにしても、半世紀も前の作品が今でも書店で気軽に手に取れるというのは本当に凄いことだ。そんな作品そうそうあるものでは無い。作家としての筒井康隆が未だバリバリの現役であるというのも凄い事だけどね。

ちなみに最近の装丁はこんな感じみたいだけど、イラスト(細田アニメ版)と話の内容違ってて読み手は混乱したりしないのかな。