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『夜の記憶』トマス・H・クック 幼き日の心の闇に向き合うこと

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過去と現実、虚構と真実が混ざり合う幼い日の物語

本日ご紹介するのはトマス・H・クックのこちらの作品。クック作品を紹介するのは前回の『緋色の記憶』に続いて二回目となる。

夜の記憶 (文春文庫)

2000年刊行。オリジナルの米国版は1998年刊行。「このミステリがすごい!2000」の海外ミステリ部門第七位にランクインした作品。原題は「Instruments of the Night」。

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★(最大★5つ)

ひとつの事件に対して、さまざまな解法を提示するタイプのミステリがお好きな方。既に終わってしまった事件を、現代の視点から解き明かしていく、時間遡り型のミステリを読んでみたい方におススメ。

あらすじ

作家ポールは幼少時に両親を交通事故で失い、その後、姉を目の前で惨殺された不幸な生い立ちを持っている。恐怖の記憶を吐き出すことで作家として世に出ることが出来た彼は、資産家アリソン・ディヴィスから奇妙な依頼を受ける。それは半世紀前に起きた未解決事件に納得のいく結末を見つけて欲しいというものだった。五十年の歳月を経て蘇る事件の哀しい真相とは。

ここからネタバレ

変格モノとしての面白さ

クックお得意の記憶の中の殺人モノ。ディヴィス家の領有する保養地リヴァーウッドで起きた少女の死を巡る物語。少女は何故死ななければならなかったのか。真相を解き明かして欲しい。但し、それは事実では無くても良い、もっともらしい物語を遺された者達に与えてくれれば良いというのがポイントだ。

そしてそこに主人公の抱える少年時代の悪夢がフラッシュバックしてくる。二つの事件の絡め方、読ませ方が相変わらずの職人芸。再三蘇る悪夢の描写が本当に怖い。さすがのトマス・H・クック作品である。

次から次へと発見される証拠品、重要証言、それにつれて変わっていく容疑者たち。新たなる仮説と可能性。可能性の試行錯誤を楽しむアントニイ・バークリーの『毒入りチョコレート事件』的な変格モノとしての面白さがあるな。

米澤穂信の古典部シリーズ第二作『愚者のエンドロール』にも同じ要素がある。

苦々しい結末と僅かな救い

いずれの事件も既に終わってしまった物語で、その悲劇的な結末は生き残った者達の人生に暗い影を落としている。リヴァーウッドの事件に関わることで、主人公は直視することを避けていた自らの心の闇に向き合わざるを得なくなる。

暗澹たるラストに一抹の救いを与えたところはこの作家の良心なのだろうか。これまでに読んできた記憶シリーズの中でもとりわけダークな一作だった。

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