ネコショカ

小説以外の書籍感想はこちら!
2023年に読んで面白かった新書・一般書10選

『嫉妬と階級の『源氏物語』』大塚ひかり

『愚者のエンドロール』米澤穂信の古典部シリーズ第二作

本ページはプロモーションが含まれています


古典部シリーズ第二作

2002年刊行。『氷菓』に続く米澤穂信(よねざわほのぶ)の古典部シリーズ第二作である。表紙イラストは高野音彦が担当している。英題は「Why didn't she ask EBA?」(なぜ、江波に頼まなかったのか?)。

f:id:nununi:20190112210155p:plain

第一作の『氷菓』同様に、こちらも当初はスニーカー文庫のミステリ倶楽部枠で刊行され、現在は通常の角川文庫版に切り替わっている。表紙のデザインがまるで違うね。

2019年には音声読み上げ版(オーディオブック)も登場している。語り手は土師亜文(はしあふみ)。

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★(最大★5つ)

学園を舞台としたミステリ作品を読んでみたい方。アントニイ・バークリーの『毒入りチョコレート事件』がお好きな方。米澤穂信の古典部シリーズは全部読む!と決めている方。事件の解決方法をあれこれ自分で考えるのが好きな方におススメ。

あらすじ

文化祭を目前にして脚本担当が病気でダウン。二年F組の制作したビデオ映画は未完のまま残された。廃屋の密室で片腕を切断されて殺害された少年。彼を誰がどのようにして殺したのか。映画の結末を見つけて欲しいという世にも奇妙な依頼に巻き込まれていく古典部の面々。関係者からの聞き取りを続け行く中で、脚本家の意図が少しずつ明らかになっていくのだが……。

ここからネタバレ

「正解」の存在しないミステリ作品

連作短編形式を取っていた前作とはうって変わって今回は長編作品に。全編通して一つの謎を追いかけることになる。あとがきにも書いてあるけど、本作はアントニイ・バークリーの『毒入りチョコレート事件』のインスパイア作品である。

毒入りチョコレート事件【新版】 (創元推理文庫)

毒入りチョコレート事件【新版】 (創元推理文庫)

 

事件の真相に対して、必ずしも「正解」となる解法があるわけではなく、複数人による多数の推理の中から、もっとも蓋然性の高そうな案を模索していこうとするのがこのタイプのミステリ作品の特徴である。

唯一の真実を追い求める通常の本格ミステリに対して、このタイプの「正解」が存在しない作品は「アンチミステリ」などと呼ばれることがある。デビュー第二作にして、『毒入りチョコレート事件』タイプの「アンチミステリ」を投入してくるとは、なかなかにマニアックである。

当時、スニーカー文庫のミステリ倶楽部では、ライトノベル読者向けのミステリ作品を増やしていこうという体制であったはずだから、このようなマニアックな趣向の作品も受け入れられたのかもしれない。

女帝と更なる黒幕の暗躍を愛でる一冊

現実に起きた事件ではなくあくまでも創作のオチを推理するという設定が、このタイプの話を構成しやすくしてくれている。未完の創作物であればいくらでも結末が用意出来るわけで、これは実に素晴らしい着想である。まさか学園ミステリで『毒入りチョコレート事件』テイストの作品が読めるとは思わなかった。

前作で探偵としての資質を評価され、天狗になりかけていた主人公の鼻が思いっきりへし折られる巻である。シリーズ中でも人気の高い、女帝こと、入須冬実の存在感が光る巻でもある。えるにウイスキーボンボンを贈ったのは、実は入須なのでは?とも疑ってしまうのだが、それはうがった見方に過ぎるだろうか。

ちょっとした成功で万能感に囚われ、一人でなんでもできると思ってしまった主人公が挫折を味わうのは、青春小説につきもののパターンだ。本作で自らの未熟さと、時として他者を頼ることを知った奉太郎が、この先どう変わっていくのかが楽しみである。

青春ミステリとしてのせつなさ成分は前作よりも減ってしまったけど、ミステリとしてのマニア度は格段にアップ。しっかり黒幕が居たりするところもサービス精神旺盛でよろしいのではないかと。しかし折木(姉)はいったい何者なのだろうか。

その他の米澤穂信作品の感想はこちらから!

〇古典部シリーズ

『氷菓』/『愚者のエンドロール』/『クドリャフカの順番』/ 『遠回りする雛』/『ふたりの距離の概算』/『いまさら翼といわれても』 / 『米澤穂信と古典部』

〇小市民シリーズ

『春期限定いちごタルト事件』/『夏期限定トロピカルパフェ事件』 『秋期限定栗きんとん事件』/ 『巴里マカロンの謎』

〇その他

『さよなら妖精(新装版)』/『犬はどこだ』/『ボトルネック』/『リカーシブル』 / 『儚い羊たちの祝宴』『追想五断章』『インシテミル』 / 『満願』 / 『王とサーカス』  / 『真実の10メートル手前』 /  黒牢城』

おまけ:早すぎたライト文芸レーベル「ミステリー倶楽部」

余談ながら角川スニーカー文庫のミステリー倶楽部は、早すぎたライト文芸レーベルだったと思っている。

このレーベルが登場したのは2001年だが、ライトノベルを読む層よりも少し上の年代や、一般のミステリファンにリーチすることが、当初の目的だったのではと考えている。そのためか、スニーカー文庫でありながら、表紙のデザインがいわゆる、アニメ、マンガ調ではない作品が多かった。そして、本文中に挿絵も入っていなかったのである(口絵はあるけど)。

古典部シリーズも第一作の『氷菓』(2001年刊)の表紙デザイン(左)は、ライトノベルの読者向けとは言い難いテイストとなっていた。しかし、さすがにこれはあまり評判が良くなかったのか、第二作の『愚者のエンドロール』の表紙デザイン(右)は従来のアニメ、マンガテイストのタッチに変更がなされているのである。

f:id:nununi:20190112153049p:plain
f:id:nununi:20190112210155p:plain

新しい読者をスニーカー文庫の世界に呼び入れたかったのだと思うのだが、アニメ、マンガ調の表紙デザインを辞めてしまうのは、この時点ではまだ時期尚早だったのだと思う。本文のイラストを無くしたのも冒険に過ぎた。これでは従来のライトノベル読者は手を出しにくいだろう。逆に一般のミステリ読者はそもそもスニーカー文庫だからと食指を動かさないだろうしね。

結局、スニーカー文庫のミステリー倶楽部は僅か数年で終了となってしまう。ライト文芸のレーベルが成功するには、この時点ではまだ少し早すぎた。ライトノベルを読んでで育った世代が、成人して読み手の裾野が広がるまで、もう少し待つ必要があったのだと思う。

角川スニーカー文庫のミステリー倶楽部関連作品はこちら