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『ネガレアリテの悪魔 黎明の夜想曲』大塚已愛 シリーズ二作目が登場!

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「ネガレアリテの悪魔」シリーズの第二作

2019年刊行作品。作者の大塚已愛(おおつかいちか)は2018年に『鬼憑き十兵衛』(応募時タイトルは『勿怪の憑』)で日本ファンタジーノベル大賞を受賞。併せて、『ネガレアリテの悪魔 贋物たちの輪舞曲』(応募時タイトルは『夜は裏返って地獄に片足』)で第4回角川文庫キャラクター小説大賞を受賞と、W受賞でのデビューを果たした新人作家である。

ネガレアリテの悪魔 黎明の夜想曲 (角川文庫)

今回の『ネガレアリテの悪魔 黎明の夜想曲』はタイトルからもわかる通り、『ネガレアリテの悪魔 贋物たちの輪舞曲』の続篇にあたる作品である。

また、ファンタジーノベル大賞、角川文庫キャラクター小説大賞受賞後の、第一作ということにもなるだろう。

あらすじ

男爵令嬢エディス・シダルに結婚話が持ち上がる。お相手は18歳年上。侯爵家の三男坊で大富豪のヘイミッシュ。サミュエルへの思いを残しつつも、一族のために結婚を受け入れようとするエディス。しかしヘイミッシュに裏の顔があった。一方、姿を消したブラウンは、ふたたびこちらの世界に現れるのだが……。

 

エディスが婚約!?

なんと第二巻にして、ヒロインのエディスが人妻に!?ヴィクトリア朝貴族の結婚観として、自身の意思は何ら考慮されないことをきちんと覚悟しているエディスが良い感じ。

富豪にして侯爵家の三男坊ヘイミッシュが婚約者として登場。あれ?このシリーズ姫嫁系になっちゃうの?それとも、これからは続々エディスの周囲にイケメンたちが群れ集う乙女ゲー的な展開になるのかな?などと、読み手を惑わせておいて、いやいや実は本作のヒロインはサミュエルですから!

と、はっきりと作品の方向性を示して見せたのが今回の「黎明の夜想曲」である。

では、以下各話ごとにツッコミを入れていく。

第一話 Ducunt volentem fata, nolentem trahunt.

サブタイトルの「Ducunt volentem fata, nolentem trahunt.」はラテン語の格言(だと思う)。ググった結果として「山下太郎のラテン語入門」から以下の記事をご紹介。

「運命は望む者を導き、欲しない者をひきずる。」と訳せます。
セネカの『倫理書簡集』に見られる言葉です。

Ducunt volentem fata, nolentem trahunt. | 山下太郎のラテン語入門より

 

 

マキャヴィティ侯爵家の三男、資産家にしてやり手の実業家ヘイミッシュ(ヘイズ)の登場エピソードである。36歳はこの手の小説ではオッサンの部類だが、見た目は25歳程度、頭も切れて行動力があり、裏の顔もありそうと、なかなかに魅力的なキャラクター。メインキャラの一人になっていきそうである。

一方、前回のラストでいったん物語から退場したブラウンに代わって、長生者アガッツイが敵役として現れる。好色にしてサディスト、それ相応に強そうだけど、至って下種なキャラクターで、適度な中ボス感といった雰囲気。小物感が半端ない印象。

自身が人の贋作(人形)であるがゆえに、贋作とされたものたちの哀しみをサミュエルは理解できる。そして人形には、人の身代わりとなるべく創られた宿命がある。「地獄には地獄の誇りがある」凄惨な戦いの場に身を置くサミュエルに息をのむエディス。ここかなり好きなシーン。

お互いを思うが故に、ここでは別離を決意するエディスとサミュエルのだが、果たしてこの先どうなるか……。

 

さて、前巻は美術方面への言及が多かったが、今回はクラシック音楽方面のネタも入るようになってきた。拾える限り音源を紹介しておきたい。

メンデルスゾーンの「無言歌」。

エディス曰く、奏でられたら眠ってしまいそうな静かな曲。

モーツァルトのヴァイオリン協奏曲5番(KV219)

リドヴィル伯爵家の舞踏会で流れていた。古典派の音楽は舞踏会の優雅な雰囲気には合うような気がする。

サラサーテの「ツィゴイネルワイゼン」

続いて演奏された曲。モーツァルトのヴァイオリン協奏曲と同様に、ヴァイオリンの音色を聞かせるという意味合いでの選曲なのかな。

また、言及された絵画はこんな感じ。

ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス「ユリシーズ(オデュッセウス)とセイレーン」

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/0/04/WATERHOUSE_-_Ulises_y_las_Sirenas_%28National_Gallery_of_Victoria%2C_Melbourne%2C_1891._%C3%93leo_sobre_lienzo%2C_100.6_x_202_cm%29.jpg/1920px-WATERHOUSE_-_Ulises_y_las_Sirenas_%28National_Gallery_of_Victoria%2C_Melbourne%2C_1891._%C3%93leo_sobre_lienzo%2C_100.6_x_202_cm%29.jpg

ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス - Wikipediaより

 ベラスケス「エナーノフランシスコ・レスカーノ」

wikipediaだと画題違うけどたぶんこれだと思う。

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/7/75/Vel%C3%A1zquez_-_Francisco_Lezcano%2C_el_Ni%C3%B1o_de_Vallecas_%28Museo_del_Prado%2C_1643-45%29.jpg/800px-Vel%C3%A1zquez_-_Francisco_Lezcano%2C_el_Ni%C3%B1o_de_Vallecas_%28Museo_del_Prado%2C_1643-45%29.jpg

ディエゴ・ベラスケス - Wikipediaより

第二話 In médias rés

サブタイトルの「In médias rés」についてはwikipedia先生に意味が載ってた。

イン・メディアス・レス(ラテン語:In medias res or medias in res、「物事の中途へ」の意味)とは、物語を最初から語る(アブ・オーウォー Ab ovo「卵から」またはアブ・イニティオーab initio「開始から」)代わりに、中途から語りだす文学・芸術技法のこと。

イン・メディアス・レス - Wikipediaより

「説明のお兄さんヘイミッシュ語りまくるの回」にふさわしいサブタイトルと言えるのかも。

 

ともあれ、サミュエルは記憶を奪われているし、他の訳ありキャラは断片的にしか話してくれないしで、やっとちゃんと説明してくれる人が出てきてくれた(笑)。ヘイミッシュとエディスまさかの異母兄妹設定。しかも偽装結婚設定にちょっとときめく。ブラウンは叔父にあたるわけね。

王の血とノドの民、そして地球空洞説。って、微妙に話が『鬼憑き十兵衛』につながってきたね。第一話ではセイレーンにもついても言及されていたし、根っこの部分では作品世界が繋がっていそう。

フス戦争の時代、バイエルンの修道院遺跡から発掘された十個の棺と精巧な一体の人形。つまりサミュエルみたい無敵のオートマータが、あと9人居るわけですな。お約束的な展開とはいえ、こういうのはワクワクする。

 

このエピソードで登場した絵画はこちら。

作者不明「夜の鯨の絵」

オリジナルなのか不明だが、聖書のヨナ記に出てくる「ヨナと鯨」については多くの作例があるので、とりあえずこちらのリンクをご紹介しておこう(ヘイズはそういう絵ではないと言ってるけどね)。

夜の鯨は水平線の象徴。救済であり地獄の門である。ヘイズの個人的事情を象徴していそうな絵画なので、ビジュアルを見てみたいな。

ムリーリョ「無原罪の御宿り」

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/f/f4/Bartolom%C3%A9_Esteban_Perez_Murillo_005.jpg/800px-Bartolom%C3%A9_Esteban_Perez_Murillo_005.jpg

バルトロメ・エステバン・ムリーリョ - Wikipediaより

スルバラン「無原罪の御宿り」

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/7/7a/Inmaculada_%28Zurbar%C3%A1n%29.jpg/800px-Inmaculada_%28Zurbar%C3%A1n%29.jpg

フランシスコ・デ・スルバラン - Wikipediaより

第三話 Nec tecum possum vivere, nec sine te.

サブタイトルの「Nec tecum possum vivere, nec sine te.」は同様に「山下太郎のラテン語入門」から引用させていただくと。

「私はおまえとともに生きていけない、おまえなしに生きていけない」という意味になります。

おまえなしに生きていけない:マルティアーリス | 山下太郎のラテン語入門より

どっちなんだよ!って言葉だけど、強い執着を持ちすぎてしまった相手に対しての想いとしてはこういうのありそう。

この二律背反な心情は、どのキャラクターの内面を表しているのか。サミュエルでもエディスでも、そしてブラウンでもあっているけど、一番業が深いのはブラウンかな?

 

この手の作品の定石通り、悪の組織にしっかり攫われて見せるエディス嬢。基本に忠実なストーリー展開で良いのではないかと。この作者は王道パターンをきちんと押さえておいてくれるので読む側としては読みやすい。ヘイズが率いる組織《斎戒の鯨(ゆまいのいさ)》の存在も明らかになり、物語世界が広がっていく感覚が楽しい。

囚われたエディスは自決の道を選ぶが双子の姉、冥王の花嫁、光を破壊する娘(ペルセポネ)に出会い、ふたたび現世に帰還。「姉」は通り名的に闇の世界の眷属っぽいけど、これからどう物語に絡んでくるのか?エディス「姉妹」にはまだまだ多くの謎が残されていそうだ。

そして、中ボスかと思ったら単なる「かませ」であることが判明したアガッツィ。結局、この巻のボスはブラウンなのね。

 

第四話 Fortiter in re, suaviter in modo.

サブタイトルの「Fortiter in re, suaviter in modo.」もラテン語の成句。ググったけど英語版のwikipediaしか見つからずかなり不安。イエズス会司祭クラウディオ・アクアヴィーヴァの言葉みたい。

Fortiter in re, suaviter in modo
Acquaviva wrote in Industriae ad curandos animae morbos (Curing the illnesses of the soul, §2, 4) about interacting with others that one should not compromise in substance (i.e., the Christian faith), but should present the matter in a gentle way, i.e., fortiter in re, suaviter in modo. This phrase, meaning "resolute in execution, gentle in manner" or "vigorous in deed, gentle in manner" has since become a famous phrase that is also used as the motto of several organizations. Also: Be a lion on the pulpit and a lamb in the box. This may be true risen Christ Christianity applied. "Instead, we will speak the truth in love, growing in every way more and more like Christ, who is the head of his body, the church." Ephesians 4:15, English Standard Version

Claudio Acquaviva - Wikipediaより

自信ないけど「断固として実行するけど、エレガントにね」くらいな感じ?詳しい人、ツッコミお待ちしてます。

 

さて、最終章は対ブラウン戦の決着回。化石オパールの塔のイメージが美しい。

なお、言及されていたブリューゲルの「バベルの塔」はこんな絵。

ブリューゲル「バベルの塔」

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/f/fc/Pieter_Bruegel_the_Elder_-_The_Tower_of_Babel_%28Vienna%29_-_Google_Art_Project_-_edited.jpg/1280px-Pieter_Bruegel_the_Elder_-_The_Tower_of_Babel_%28Vienna%29_-_Google_Art_Project_-_edited.jpg

ピーテル・ブリューゲル - Wikipediaより

正式に主従契約となったエディスとサミュエル。リミッターの外れたサミュエルが無双しまくる展開が気持ちいい。しかし、キスすると外れるリミッターとか(←ホントは必要ない)、どんだけ羞恥プレイなんだよ。これ今後、毎回やるのかなあ。

この巻のまとめ:正ヒロインはサミュエルだった

 

結局今回は、サミュエルをめぐるブラウンとエディスの三角関係をなんとかした巻。病んだ元カレが復縁を迫ってストーカー化したお話なのであった。この話、本当はエディスがヒロインなのではなく、サミュエルが正ヒロインなんだよね。前巻の時点で、ブラウンのサミュエルへの執着は常軌を逸している面があったわけで、もっと早く気付くべきだよね。読みが浅かった。

自分の弱さがサミュエルの枷になっているのではないか。過去にブラウンがそう感じた負い目は、今後はエディスに受け継がれる。かつて主従であったブラウンとサミュエル。そして現在の主従であるエディスとサミュエル。新旧主従で明暗分かれた状態にはなっているものの、今後のエディスがどうなるかはわからない。

ブラウンの闇堕ちは、サミュエルへの愛情故なのか罪悪感故なのか?これはやがて、エディスにも突きつけられる試練となりそう。今回の「姉」の助言で、エディスの抱えてきた罪悪感は多少薄らいだものと思われるが、自らを傷つけながら戦うサミュエルと共に歩むのは相当な強メンタルが必要になりそうである。エディス自身は、脆弱な人間のままなわけだしね。

ネガレアリテの悪魔 黎明の夜想曲 (角川文庫)

ネガレアリテの悪魔 黎明の夜想曲 (角川文庫)

  • 作者:大塚 已愛
  • 発売日: 2019/12/24
  • メディア: 文庫
 

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