地道に続けている佐々木丸美作品の全作感想企画だが、全17作中、今回が12回目。そろそろ後半戦というところだろうか。
昔話を題材にした恋愛小説集
『恋愛今昔物語(れんあいこんじゃくものがたり)』は1979年9月刊行作品。刊行順としては『花嫁人形』と『夢館』の間に位置する。つまり佐々木丸美としては「孤児シリーズ」でも「館シリーズ」でもない初めての作品であったということになる。
本作は単行本版のみが刊行され、文庫化もされなかったので、佐々木丸美作品の中でも入手困難なものの一つであった(Amazonでも書影が出ないし)。
しかし2007年にブッキングによる復刊版が登場。現在では電子書籍化もされており(しかもKindle Unlimited対応である)、誰でも手軽に読めるようになった。90年代から佐々木丸美作品を読み始めた「遅れてきた読者」であるわたしとしては、当時古書店を捜し歩いたが結局見つからなかった作品である。
おススメ度、こんな方におススメ!
おすすめ度:★★★(最大★5つ)
佐々木丸美の考え方に触れてみたい方、1970年代を舞台とした恋愛小説を読んでみたい方、昔話をベースにした恋愛小説を読んでみたい方におススメ。
あらすじ
地元の実力者によって村八分にされ危機に陥った天ぷら店に訪れた奇跡(恋地蔵)。インチキ霊媒師であった女が動物の声が聞こえる頭巾を手に入れたことから人生を好転させる(恋頭巾)。生まれた時から鉢をかつがされていた不器量な娘の意外な運命(美しい奇跡)。遭難した山小屋で出会った雪女の怪異(雪別離)他、昔話の骨格を現在の恋愛事情に置き代えた18の物語を収録。
ココからネタバレ
昔話を元にした恋愛短編小説集
『恋愛今昔物語』には18編の作品が収録されている。本作の最大の特徴は昔話をもとにした作品集であることだ。作品タイトルの末尾にはベースとなった昔話のタイトルが併記されており、容易に元ネタが辿れるようになっている(だいたい読めばわかるけど)。
昔話のコンセプトを現代の恋愛事情に置き換えているのだが、発表年代が1970年代ということもあって、どうしても古さは感じてしまう。2020年代の今になって読むと、これはこれで「昔話」として読める。
それぞれの作品はとても短いので、佐々木丸美特有の流麗で抒情的な文体は控えめに抑えられている。ただ、物語の構造がシンプルな分、この作者独自の死生観、信仰心、生活信条のようなものを随所に垣間見ることが出来、ファンとしては楽しめるだろう。
では、以下簡単に各編についてコメントして行こう。
恋地蔵I ~笠地蔵
地元で村八分に遭い、食材が仕入れられなくなった主人公。潰れそうな温泉地の天ぷら店が、地蔵信仰により救われるお話。食材の仕入れをしてきてくれるお地蔵さまがカワイイ!
恋地蔵II ~田植之地蔵
恋地蔵Iの続編。天ぷら店に現れた不思議な少女の正体は?佐々木丸美の仏教観が、わずかに伺える作品と言えるだろうか。
嗚呼(ああ)、ハイ・ミスI ~天狗の羽うちわより
性格が悪いけど、なんだか憎みきれない感じのヒロインが、天狗の羽うちわによって、奇妙な縁に恵まれる話。「ハイ・ミス」って最近使わなくなったよね。1970年代テイストを感じさせてくれる一作。
嗚呼(ああ)、ハイ・ミスII ~天狗のかくれみのより
嗚呼(ああ)、ハイ・ミスIの続編。天狗よりもたらされたスーパーアイテムで、あれこれ画策するヒロインは相当酷いと思うのだけど、コミカルな語り口でぎりぎり踏みとどまっている印象。
恋頭巾I ~きき耳頭巾より
インチキ霊媒師の女がキツネからもらった不思議な頭巾には、動物の声を聴く力があった。頭巾の力を借りて、新たにカモとなる富裕層を物色、最後には彼氏までゲットしてしまう。佐々木丸美の東洋医学への強い信奉を伺い知れる作品でもある。
恋頭巾II ~きき耳頭巾より
恋頭巾Iの続編。狂暴なひきこもり青年を立ち直らせる話。ヒロインの彼氏のスパルタぶりが、現在のひきこもり支援業者の問題点と重なって、今の感覚で読むと、少々引いてしまう作品。
怪談I 梅女の呪い ~九州地方の伝説より
嵐の中で遭難した男女が、逃げ延びた山中の一軒家。その家の二階には、世を儚んで命を絶った女の亡霊が……。霊現象は科学。次元の交錯に過ぎないとする、佐々木丸美のスピリチュアルな一面に触れることが出来る一作。
わたなべまさこ作の『恋愛風土記』にマンガ版が収録されている。
怪談II 顔の無い女 ~おいてけ掘より
怪談Iの続編。のっぺらぼうの怪異譚。「ゆみこお」「ゆうみいこお」の呼びかけがけっこう怖い。過去の罪業が現世に及ぼす報いを描く。
夏子の場合 ~かしき長者より
ここからの四編は、〇〇長者系の物語をベースとした連続した作品となっている。「金持ちと結婚することを目標としている」四人の女性が登場する。
吝嗇化の料理人の彼氏と、気の強い直情径行型のヒロイン夏子の物語。男性読者としては、夏子が怖すぎてヤバい。川底から砂金がザックザック出てくる結末は、昔話ベースの作品とは言え出来すぎな感がどうしてもしてしまう。
秋子の場合 ~木仏長者より
仏像マニアのホテルマンと交際する、ヒロイン秋子の物語。オタク趣味は時として立身出世に繋がることもある。魂は木や石に宿る。素朴に信仰し、朝夕に信心して祈れば木の根ですらも仏になる。
冬子の場合 ~わらしべ長者より
両親は亡く、務め先にも解雇され、どん底状態のヒロインが、アブの停まった一本の藁から玉の輿の座を射止めるまでのお話。そのベースには、観音菩薩への強い信仰があり、ここにも佐々木丸美の宗教観を見出すことが出来る。
春子の場合 ~うぐいす長者より
四つの蔵。三つまでは見てもいいが、最後の蔵だけは見てはいけない。四人のヒロインでもっと恵まれた立場にいた春子が、その傲慢さゆえに恋を失うお話。因果応報譚。唯一のバッドエンド。
以上の四編は、わたなべまさこ作の『恋愛風土記』にマンガ版が収録されている。
なお、春夏秋冬を名前に冠したヒロインを配置するのが、佐々木丸美は好きだったようで、後年の『罪灯(つみともしび)』でも同様の作例がある。
美しい奇跡 ~鉢かつぎ姫より
鉢をかついで生まれてきた容姿に恵まれないヒロイン。勇気を出して想い人に告白すると鉢が割れて、本来の美しい姿を取り戻して幸せになるシンデレラストーリー。でも、結局美醜が問題なのねという疑問は残る。
不思議な白い椿 ~夢を買うより
人生に絶望した女が、街角で出会った少年から夢を買う。夢の通りに行動すると、そこには金銀財宝と、幸せな結婚が!
こちらも、わたなべまさこ作の『恋愛風土記』にマンガ版が収録されている。
雪別離(わかれ) ~雪女より
遭難した山小屋で出会った雪女に魅入られてしまった男女のお話。
作中の登場人物たちの台詞、「命が惜しくて恋を捨てるなら女ではありません」。「愛は好きという気持ちだけでは成りたたない、忍耐と誠意と真実が入るのだ」。というあたりに、作者の恋愛観を知ることが出来る。
愛許可証(ラブライセンス) ~定六とシロ
元ネタの「定六とシロ」は唯一、耳慣れないタイトルだったので、ググってみたところこんな話のようだ。
このエピソードだけ、他の作品とはかなり毛色が違って感じる。元の話は、うっかり許可証を忘れてしまったばかりに処刑されてしまった男と、その愛犬の悲劇であった。
それが、生命倫理と、真実の愛許可証(ラブライセンス)の話に換骨奪胎されており、まったく別の話になっている。
みにくい三姉妹 ~こじきのくれたてぬぐいより
心魂の卑しい三姉妹が幸せになれず、優しい小間使いの娘が良き伴侶を得る、いかにも昔話由来のお話。
先生 ~たぬきと彦市より
元ネタは「たぬきと彦市」と言うよりは、「まんじゅうこわい」と言った方が伝わりやすいかな?悪戯好きのワガママ娘の恋の顛末を描いた一編。想い人の男性の方が、一枚も二枚も上手でしたというのは、佐々木丸美作品にはよくある展開。
マンガ『恋愛風土記』との関係は?
さて、これまでに何度か言及したが、『恋愛今昔物語』とマンガ『恋愛風土記』の関係について簡単に書いておこう。
『恋愛今昔物語』(1979年9月刊)に先行して、1979年2月にわたなべまさこによるマンガ 『恋愛風土記』が刊行されている。そしてこの作品の原作者として佐々木丸美の名前がクレジットされている。佐々木丸美としては珍しいマンガ原作の仕事なのである。
つまり、『恋愛風土記』のマンガ原作をまず佐々木丸美が担当し、その内容を元にして、『恋愛今昔物語』が書かれているのである。
『恋愛風土記』の掲載誌は講談社の女性向けマンガ誌「ヤングレディ」(現在は廃刊)で掲載は1978年。誌面では以下の計6編が掲載された。
- 夏子の場合~あなたへのお伽噺I
- 秋子の場合~あなたへのお伽噺II
- 冬子の場合~あなたへのお伽噺III
- 春子の場合~あなたへのお伽噺VI
- 五月の椿
- 黒髪あわれ
しかし1979年の講談社ヤングレディデラツクスKC版では「五月の椿」「黒髪あわれ」以外の四作のみが収録されている。尺の都合でカットされてしまったのだろうか?
この作品は現在Amazonでも取り扱いが無く、キャプチャを貼れないのだが、佐々木丸美作品の復刊活動の一環で、2007年に「佐々木丸美コレクション 11」としてリバイバル版が刊行され、現在でも読むことが出来るようになっている(同様にKindle Unlimited対応である)。こちらの新版では、「ヤングレディ」掲載の全6編すべてが読めるようになっている。
なお、『恋愛風土記』収録の、「五月の椿」「黒髪あわれ」は、『恋愛今昔物語』では、それぞれ「不思議な白い椿」「怪談I 梅女の呪い」に改題されている。