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『恋に至る病』斜線堂有紀 150人を死に追いやった女子高生と幼馴染の少年の物語

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tiktokで人気爆発した作品

2020年3月刊行作品。斜線堂有紀(しゃせんどうゆうき)のちょうど10作目。『詐欺師は天使の顔をして』の次、『楽園とは探偵の不在なり』の前に出た作品。イラストはくっかが担当している。

2019年~2021年にかけての斜線堂有紀は毎年四作も新作を書いていて、凄まじい執筆スピード!特に2020年は本作『恋に至る病』と、『楽園とは探偵の不在なり』が出ており、今になって振り返ってみればブレイクイヤーだった。

恋に至る病 (メディアワークス文庫)

本作の人気に火が付いたのは2020年の8月。動画サイトtiktokでのこの投稿がきっかけだった。

これを受けて作者、斜線堂有紀のリアクション。いきなり売れ始めてビックリしたらしい。

 最近では版元のKADOKAWAがtiktokでの人気ぶりを帯でアピールするほどに。tiktokの影響力スゲー。

https://m.media-amazon.com/images/I/619IcgeWMPL.jpg

わたしが所持しているのは2021年7月の16刷なので、本当にものすごく売れている。現在ではさらに刷数を伸ばしているものと思われる。

なお、『恋に至る病』でググると同名タイトルの映画(2011年公開なのでこちらの方が早い)が出てくるが、こちらは完全に別のお話なので注意。

恋に至る病 [DVD]

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  • 我妻三輪子
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おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★★(最大★5つ)

読み始めたら止まらない、没入力の強いノンストップミステリを読んでみたい方に。どうしようもなく行き違ってしまった、歪な愛の物語を知りたい方へ。斜線堂有紀作品が気になるけど、どれから読んでいいか悩んでいる方。タイトルを見て、ピピっと来た方におススメ!

あらすじ

150人以上の少年少女たちを死へと導いた自殺サイト「青い蝶(ブルーモルフォ)」を運営。成績優秀。誰からも愛される人気者。生徒会長まで務めた寄河景は、いかにして地獄に堕ちていったのか。彼女はどうして死に魅入られ、他者の命を弄び、踏みにじる怪物へと変貌していったのか。つねにその傍らに居ながら、その暴走を止めることが出来なかった「僕」の回想を綴る。

ここからネタバレ

青い蝶(ブルーモルフォ)=青い鯨

『恋に至る病』に登場する自殺教唆サイト「青い蝶(ブルーモルフォ)」にはモデルがある。言葉巧みに閲覧者の心理を操り、最終的には自殺へと導く自殺教唆サイトは、2015年頃からその存在が問題視されるようになった。特に大きな影響を与えたとされるのが、ロシア発の「青い鯨(Blue Whale Challenge)」だ。

自殺コミュニティの参加者は、管理者から50日間にわたり毎日異なる課題を行うようSNSを通じて要求され、その証拠の画像をSNSへ投稿し、報告するよう求められる。その課題は次第に過激なものへとエスカレートし、最終的に自殺を指示される

青い鯨 (ゲーム) - Wikipediaより

『恋に至る病』で描かれる「青い蝶」の内容は、「青い鯨」のシステムに酷似している。「青い蝶」が「青い鯨」をモデルとしていることは間違いないだろう。

支配と被支配、共依存の物語

本作の語り手でもある、主人公の宮嶺望(みやみねのぞむ)は、親の都合で転校ばかりの生活が続く。小学五年生の時、新しい環境での人間関係に馴染めず、パニック状態に陥ろうとしていた宮嶺は、クラスのリーダー的存在、寄河景(よすがけい)の機転によって救われる。家が隣同士だったこともあり、それ以降、宮嶺と景は少しづつ心の距離を縮めていく。

ふたりの関係を劇的に進展させる、最初のきっかけは景のケガだった。公園に居た少女がなくした凧を取ろうとした際に、バランスを崩した景は滑り台から転落。右の目蓋に瑕を負ってしまう。綺麗な女性の顔に瑕が残ってしまった。景の負傷を防げなかった宮嶺にとって、この事件が心理的なスティグマ(負い目)となる。

「それじゃあ、宮嶺は私のヒーローになってくれる?」

『恋に至る病』p31より

この時の、景の言葉が、その後の宮嶺の十字架となって、彼の生き方を拘束する。

その後、宮嶺の所持品であった消しゴムが盗まれる。それはクラスメイトの根津原(ねづはら)あきらによる凄惨な虐めの始まりでもあった。虐められている惨めな自分の姿を、景に見られたくない。逡巡する宮嶺だったが、虐めの事実を知った景は、こう告げるのだ。

「私が宮嶺を守るから」

『恋に至る病』p59より

そして、根津原は不可解な自死を遂げ、宮嶺への虐めは終わる。

宮嶺は景の「ヒーローとなる」約束をした。その代わりに景は「宮嶺を守る」と誓った。ここに二人の、支配と被支配、歪な共依存の物語が始まっていく。

流されて死を選ぶ人間はいなくていい

高校生となった宮嶺と景。景は、生徒会長に、宮嶺は副会長になった。他者の「自由意思をコントロールできる」「誰もが欲しがっている夢を与えるのが上手い」。景は巧みな人心掌握力で、周囲の人々を支配しコントロールする。その力は、自殺を志願していた善名美玖利(ぜんなみくり)に、死を思いとどまらせるほどだった。

その後、ふたりは両想いであることがわかり、交際をスタートさせる。そこで宮嶺は、話題となっている自殺サイト「青い蝶(ブルーモルフォ)」の運営者が、景であることを告げられる。

宮嶺が根津原に虐められていた小学校時代、クラスメイトたちは場の雰囲気に流され、虐めを止めるどころかむしろ加担した。自分の意思で判断できず、他者の意志に流される人間は必要ない。他者の意志に流されて死を選ぶような人間には存在意義がない。彼らは死ぬべくして死んだ人間だ。宮嶺が虐められない世界を創りたい。

景は宮嶺のために「青い蝶(ブルーモルフォ)」を作った。

「これが愛の証明……私があげられる全部」

「お願い。私が間違っているのなら、今ここで宮嶺が止めて」

『恋に至る病』p124~125より

この瞬間が、実は唯一、景を止めることが出来たタイミングだったのかもしれない。しかし、重い十字架を背負っている宮嶺は景を止められない。

「……でも、もし宮嶺が私のポラリスになってくれるなら、私はもう怖くない。約束する。きっと私は迷ったりしない。だから宮嶺、改めて言うよ。……私の傍にいて。君が私の正しさを観測して」

『恋に至る病』p150より

景の言うポラリスとは、北極星(こぐま座α星)のことだろう。北極星は全天の中で唯一、動いてみえない(止まっている)星で、不動であるがゆえに道しるべとして古来から親しまれてきた星だ。ゆるぎない存在として、ただそこで見守って欲しい。他者を裁き、殺し続ける景。しかしその理由は宮嶺にあるのだ。重たすぎる、かつての約束が、宮嶺の精神をすり潰していく。

景のほんとうの姿

「青い蝶(ブルーモルフォ)」はその後社会問題化し、模倣サイトまでもが登場。自殺者の数は150人を超えた。サイト参加者間での制裁事件まで起こるようになり、事態は更にエスカレートしていく。

ここに至って、宮嶺は景のほんとうの姿を知る。他者への共感に乏しく、他者を平気で踏みにじれる人間。快楽として人を殺せる人間。サイコパスとしての本性を隠さなくなった景。ふたりの関係には終わりが近づいていた。

宮嶺は根津原の親をたきつけ、かつての事件を蒸し返そうとする。自宅には「青い蝶(ブルーモルフォ)」被害者の資料をストックし、景の自宅に火をつけようとする。景の犯罪を止めたい。そのためには、自分が、真犯人であることにして事件の幕を引く。それが宮嶺の決断であり、愛情の示し方でもあった。

表紙のイラストは背景にイルミネーションが輝いていることから、宮嶺が景の本来の姿を認識してしまった場面が描かれているのではないかと思う(微妙に景の衣装が違うけど)。そう捉えると、景の表情がなんとも意味深長に思えてくる。

メディアワークス文庫の斜線堂作品の表紙は『私が大好きな小説家を殺すまで』の場面チョイスも絶妙だったので、センス良いなと思っている。

ラスト4行が意味するもの

最後にラスト4行で明らかとなった事実について考えてみたい。

僕の目の前に、透明な袋に入った消しゴムが置かれている。

『恋に至る病』p293より

この消しゴムは小学生時代の宮嶺の所持品だろう。根津原あきらによる虐めが始まる、最初のきっかけとなった、因縁のアイテムだ。この消しゴムをなぜ景が持っているのか。これによって、根津原あきらによる宮嶺虐めは、景の意志が関与していることが伺える。景が宮嶺に対する虐めの、真の首謀者だった。

何のために?それは、宮嶺を自分の精神的支配下に置くためだ。根津原を殺すことで、苦境に陥っていた宮嶺を救う。景に手を汚させた(と思わせる)ことで、宮嶺に決定的な負い目を抱かせ、十字架を背負わせる意図があったのだろう。

時系列には、更にその前、滑り台での景の転落事故すらも意図的なものではないかと思われる。少女の凧は景が悪意を持って隠したものだろう(その時点で景にはサイコパス気質があったわけだ)。宮嶺は、景の犯行(凧を隠した)を目撃している可能性がある。そのため、目の前で怪我をすることで宮嶺の口をふさいだのではないか?

景が宮嶺に対して抱いていた気持ちは、複雑なものではあれ、本物だったのと思う。最後まで宮嶺の消しゴムを所持し続けていたことは、証拠の一つとなるのではないだろうか?

ところで景はどうして宮嶺に執着したのだろうか?景の宮嶺に対する好意は、小学校五年生の時から。宮嶺の転校初日から始まっている。

身もふたもない意見ではあるが、最初に景が宮嶺に対して好意を抱いたのは

宮嶺望は綺麗な顔をしていた。

『恋に至る病』p256より

からなのではないだろうか?庇護欲をかきたてるタイプのキャラクターでもあったのかもしれない。ただ、想いを寄せるきっかけが何であれ、どんなにサイコパス的な人格であったとしても、それでも恋は恋だったのだと思う。寄河景の「恋に至る病」が始まった瞬間である。

バッドエンド説も捨てがたいが

もっとも、宮嶺が消しゴムを発見することすらも、景の想定の範囲内、あくまでも仕組まれたことであったとしたら結論は変わってくる(裏の裏をかくってやつだ)。

ちなみに、景は最初から最後まで宮嶺をファーストネーム(名前)で呼ばない。これに何か意味があったのか考えているのだけど結論が出ない。

小学校時代、「寄河さん」と呼ぼうとする宮嶺に対して、それでは他のみんなと違って「特別になってしまうから」という理由で「景」と呼ばせている。宮嶺を「望」と呼んでしまうとそれば「特別」の証となってしまうだろう。だから「望」と呼ばない。つまり、宮嶺のことはやはり「特別」な存在とは思っていなかったのではないか?

もしくは「望(のぞむ)」という名前そのものに意味があって、内心では宮嶺を求めていない。「望んで」いないから、ファーストネームで呼ばないのでは?そんな解釈も出来てしまうのだけど、想像の域を出ないし、決定打にはならないかな。

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