方向模索中の本読みBlog

書評Blogの予定だけど、現在方向性模索中。基本ネタバレありなので注意してね。

古野まほろ「天帝のはしたなき果実」(講談社/講談社ノベルズ)旧版を絶賛してみる

読み手を選ぶ「愛すべき地雷」

天帝のはしたなき果実 (講談社ノベルス)

天帝のはしたなき果実 (講談社ノベルス)

 

2007年刊行。第35回メフィスト賞受賞作。故人となった新本格の父宇山日出臣が最後に推した一冊がこれ。金帯に宇山日出臣の「薦」付きとは歴代メフィスト作家の中でもかなり優遇されている方だろう。確かにこれは愛すべき地雷。もの凄い厨房小説だった。とりあえず知ってる限りの衒学趣味を、力の限りつぎ込みましたという壮大なゴシック装飾の大伽藍。全817頁中、半分くらいは削ぎ落してもお話の進行には大過ないと思われる(だが、それがいいのだけど)。

なお、2011年に幻冬舎版が出ていて、かなり改稿が入ってる。

天帝のはしたなき果実 (幻冬舎文庫)

天帝のはしたなき果実 (幻冬舎文庫)

 

作者的にはこちらがホンモノということらしく、旧版に言及されるのは作者的にはお好みではないらしい。作者本人のTwitter上での言動がアレすぎて、必要以上に作品が叩かれてしまいちょっと可哀そう。作者のキャラクターとは、あくまでも切り離して本作は楽しんでほしい一冊。

あらすじ

頸草館高校二年の古野まほろは吹奏楽部所属。冬のアンサンブル・コンテストに出場すべく仲間たちと共に金管八重奏曲「天帝のはしたなき果実」の練習に余念がない。学園には戦前から伝えられた数々の焦臭い噂が残されており、まほろたちもいつしかその亡霊の陰に脅かされていく。そして遂に最初の殺人が!頸草館高校に隠された驚くべき秘密とはいったい?

まずは多彩な登場人物を覚えるところから

この話いきなりメインキャラ八人の合奏(tutti)シーンから始まる。音楽モノだから、最初にtuttiから始めたいのは判らないでもないのだけど、正直書き方が下手なので最初は誰が誰だか判らない。なにしろ八人登場して、それぞれがそれぞれの関係性で違う呼び名で呼ばれる(名字で呼んだりあだ名で呼んだり)ものだから読み手の頭は混乱するばかり。

ってことで、これから本書を読むあなたのためにメインキャラクター紹介をば。これを頭に入れておけば多少は冒頭のシーンが読みやすくなる筈。ちなみに最後の「」は楽器の愛称だ(笑)。

古野まほろ/ホルン 1st/主人公。「流星丸」
穴井戸栄子/ホルン 2nd/姉御系。ガノタ。
上之巣由香里/ホルン 3rd/唯一の下級生。歌わせると天才(Sop)
峰葉詩織/トランペット 1st/いちおうヒロイン。ツンデレ。「カーリー」
修野まり/トランペット 2nd/公爵令嬢。「朝顔」
切間玄/トロンボーン 1st/ブランド好き。「MS-06R-2」
志度一馬/トロンボーン 2nd/乙女
柏木/チューバ/吹奏楽部部長。主人公ラブ。「ラムセス」
奥平/生徒会長で伯爵令息
瀬尾/吹奏楽部顧問@堕天使w

全編を覆い尽くすルビの嵐

この作品、いろいろぶっ飛んでいるのだけど、まず何が凄いって、まず全編に溢れる病的なまでのルビルビルビ。その中のいくつかを紹介。

臨機延長⇒フェルマータ 白風浅蜊⇒ボンゴレビアンコ
易利薩伯⇒エリザベス 自転車⇒ファールラート
矮小⇒トリビアル 不沈客船⇒タイタニック
露茶沸器⇒サモヴァール 無間地獄⇒タルタロス
普門館⇒ぜんこく 御伽噺の王子様⇒モン・ブランス・シャルマン

万事がこんな感じなので、編集者と校正者は気が狂いそうになったに違いない。最初のうちは読んでいて苛々するけど、そのうち脳内でスルー出来るようになるので頑張って読み進めるように。

凝りに凝った世界観

戦争には負けたけど、何故か大日本帝国は存続しているパラレルな世界設定。華族制度や軍隊も存続。それでいて、今の日本にあるようなオタク文化はちゃっかり併存している。舞台は城下町姫山(姫路みたいなものか?)。県庁所在地ではないけど、県第二の都市って程度の規模の街。元藩校で地域一番校頸草館高校(会津高校とか、修猷館みたいなイメージ?)が物語の舞台。

出てくる連中はどいつもこいつも異常な程にハイスペック。美人美男揃いで語学堪能。どうでもいい雑学にも異常なほどに精通。部室で使ってる食器はウェッジウッドだし、ゼニアやサンローランを日常着に使用。普通に登場人物たちは、ガンダムネタや銀英伝ネタで会話するので一部のオタ読者は大喜び(オレだオレ)。公爵様の書庫には「ネクロノミコン」も置いてあるし、彼女の家に泊まった帰りには和歌を詠み合う後朝ごっこ付きだ。なかなかここまで痛い設定は作れない。この話に音楽部活モノの側面がなかったら途中で挫折していたかもしれない。

音楽系の部活経験者にはおススメしたい青春小説

で、実はこの話、吹奏楽部の話なんですな。異常なまでの装飾物でゴチャゴチャしているけど、簡単にまとめると、本筋は金管八重奏曲「天帝のはしたなき果実」で全国大会を目指す吹奏楽部員たちの物語。ちなみに去年はダメ金で全国は行けなかったらしい。そんなジャンルがあるのかはなんとも言えないけど、けっこう本作は音楽系の部活モノとしてなかなか秀逸なのだ。曲の出来ていく過程とか、合わなくてダメダメな状態とか、なにかの瞬間に神が降りて来ちゃう一瞬とか、経験者的に前のめりに頷きたくなるシーンが多数。本番直前のテンションが高揚していく時期の描写はちょっと泣けた。でも思いあまって「勝ちて帰れ@アイーダ」を歌っちゃう由香里ちゃんは痛すぎだけどね。

というわけで、いろいろ痛い部分はあるにせよ青春小説としてはアリ。問題はミステリとしての部分。以下本編のネタバレに進むので、本気でこの話を読んでみたい人は要注意。それから『虚無への供物』を読んでない人もちょっとだけネタバレしちゃうから気を付けて欲しい。

ミステリなのか?

首無し死体に、ギミックたっぷりの校内施設。徘徊する殺人ピエロ。日本軍の隠したロマノフ王朝の遺産。そして十数年前にも起きていた首無し殺人。ホントにもうケレン味大杉でお腹一杯という感じ。第三の供物(死体)が発生するのはコンクール本選の真っ最中。神レベルの演奏が出来てしまった主人公達は、コンクールを台無しにしたく無いがために警察への通報を拒否。死体を前にして各自を告発しあうという不毛な推理合戦モードに突入する。ありえない!とは一瞬思ったけどインスパイアード・バイ『虚無への供物』ってことならこれもアリなのか。現実性よりもミステリとして、オマージュとしての体裁を優先させたということ。

そして唖然呆然の驚愕の最終章。ラスボスの予想はついていたけど、ここでいきなりスーパーナチュラルな展開に移行するのはいくらなんでもはっちゃけ過ぎなんじゃないかと。予想の斜め上を行きすぎて、もはや笑うしか無い状態。なんと最終章は伝奇小説だった。ラスボスの人はあらゆる意味で素敵過ぎるので、あの結末は惜しい。しかし主人公があの人物を死なせた理由がわからない。ラスボスを庇うため?どう考えてもこいつは最低の男なんじゃなかろうか?全キャラにモテモテな部分も含めてこいつだけは好きになれなかった。

ミステリとライトノベルの不気味な混淆というか、奇怪なキメラ的作品としては希有な仕上がり。バカミス成分も含有。あれもこれもと作者の私的愛玩物を際限なく放り込んで錬成したら、こんな化け物が出来ちゃいましたというお話。読み手は選ぶ作品であることは間違いない。まさにメフィスト賞向き。一部の人には思いっきり刺さると思う(わたし的にはグサグサ刺さった)。