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『嫉妬と階級の『源氏物語』』大塚ひかり

『罪・万華鏡』佐々木丸美 罪はいつも善の影、人間心理の不可解さを描く

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最後から二番目の佐々木丸美作品

1983年刊行作品。佐々木丸美の16作目。佐々木丸美の作品は17作しかないので、最後から二番目、最後期の作品ということになる。

この講談社版の『罪・万華鏡』は文庫化されなかった。その後、佐々木丸美作品が刊行されない時代に入ったこともあり、入手難易度が高い作品となっていた。

変化が訪れたのは2007年。ブッキングによる「佐々木丸美コレクション」が刊行されてからである。同コレクションは、佐々木丸美作品の全作を復刊させた、意欲的な試みである。コレクションの一冊として本作も2007年に復刊を果たしている。

また、その後2009年には東京創元社による、創元推理文庫のラインナップとしても刊行され、より多くの方が手に取れるようになっている。

罪・万華鏡 (創元推理文庫)

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★(最大★5つ)

昭和のミステリ短編を読んでみたい方。佐々木丸美作品を読んでみたかったけれど、どの作品から読んでいいか悩んでいた方。犯罪に手を染めてしまう人間心理について考えてみたい方。「館」シリーズのスピンアウト作品に興味がある方におススメ。

あらすじ

精神科医吹原のもとには、複雑な事情を抱えた患者のカルテが持ち込まれる。悪魔的な心理の陥穽に囚われて精神の平衡を奪われ、知らず知らずのうちに犯罪に手を染めてしまう不幸な患者たち。彼女たちは法で裁くことが出来るのか。吹原医師の精神分析は、患者自身も気づかない、事件の真実の姿を解き明かしていく。

ここからネタバレ

吹原医師の精神分析レポート

本作で登場する吹原医師は「館」シリーズの第二作『水に描かれた館』から登場する。佐々木丸美作品の中では特に重要な位置づけのキャラクターである。先日ご紹介した『罪灯(つみともしび)』では一章だけの登場であったが、本作『罪・万華鏡』では全編にわたって精神分析医として登場。探偵役を務める。

この物語は、助手を務める看護婦(当時)である「私」の視点から描かれる。「私」は吹原医師への思慕を募らせているのだが、表面上は冷静でそれをおくびにも見せない。自らを律することが出来る大人の女性として登場する。

そのためだろうか?本作では従来の佐々木丸美作品に顕著であった、過度にリリカルな描写が影を潜めているのだ。結果として間口の広い作品に仕上がっている。

創元でリバイバル文庫化されたのも、このあたりの入りやすさに理由があるのかな?と邪推しているのだが、果たしてどうだろうか。

以下、各編ごとに簡単にコメント。

異常心理

精神分析を受ける患者への配慮という立て付けなのか、本作では患者の本名を明かさない。一作目「異常心理」のヒロインは仮に正子(まさこ)とされている。面白いのは、正子が罪を犯すことになった、原因となる女性を魔作子(まさこ)と呼ぶことにある。

魔作子!仮名で呼ぶにしてもあまりに禍々しいネーミングセンスである。本作では、悪役となる女性を、ヒロインの名前の同音異字で表現しており、しかもその中には必ず「魔」の文字が入る。これは相当なインパクトである。

絵画の才能を見出され順風満帆。留学を目前にして、友人魔作子を殺害した正子。果たしてその真相は?人間関係に毒を吹き込み、本人の自覚すらないままにその精神を操り、傷つけようとした女の末路を描く。

確かに魔作子は邪悪な女だと思うのだが、さすがに人を一人殺しておいて、正子が無罪放免まで勝ち取れるのか?ちょっともやもやする部分である。

嫉妬

数々の未来を言い当て、自分は預言者であると信じる女、正世。そしてそのきっかけを作った女、魔作世。正世の未来視は本物なのか?他人の幸福が許せない女のお話。

一見すると、預言にしかみえない不思議な力も、科学的な視点で条件を切り分けていくと、思わぬ真相が見えてくる。人間本来の性質を貫こうとするあまりに、精神に歪みが生じ、心理的な陥穽に落ちてしまう。

最後に少しだけ、科学では解決できない、スーパーナチュラルな部分を残しておくのは、この作家らしい余韻の残し方と言える。

被害妄想

監視されている。心を傷つられた。被害妄想を募らせて、傷害事件を起こした正恵。そしてその被害者、魔作恵。法外な慰謝料を要求する魔作恵の意図は?

人の善意をすべて悪意にすり替えてしまう魔作恵。集団ストーカー的な仕掛けまで使って、正恵を追い詰めていこうとする。展開的にはオーソドックスなパターンだが、佐々木丸美のアレンジで読むとこれがけっこうおもしろい。

このエピソードの中で「私」は「医は法の上に存するもの」としている。これは佐々木丸美の価値観を表す言葉と言えるだろう。

なお、正恵の話がひと段落したあと、少女雑誌の編集者が持ち込んだ、お悩み相談コーナーの立ち位置がよくわからない。構成的に余計な付けたしに思えるのだが、これは何の意味があったのだろうか?

予知

精神的に不安定だった女性が起こした、豪華フェリーの船内で起きた爆破事故をめぐるお話。ここで、前三編に登場した、正子、正世、正恵が再登場。

フェリー事故を予知していたとする三人。吹原医師は、その予知に見えた能力は、あくまでも観察力の延長であって科学の範疇に収まるものであるとする。

ただ、ここでも、本作は科学では説明できない、超常感覚的な領域を残しており、彼女たちは予知でなく、事故を起こそうとしていた犯人の復讐心をテレパシーでキャッチしていたのではないかと結ぶ。

「罪・万華鏡」タイトルの意味

罪はいつも善の影。万華鏡は角度を変えればその像を変える。罪に見えたものであっても、その影には疲弊した人の心がある。一つの事件をいくつもの角度からみていくことで、まったく違った情景が見えてくる。

本作で特に印象的なのは、魔作子、魔作世、魔作恵の強い存在感である。この三人の悪女たちの振る舞いにほとんど同情の余地はない。しかし、ヒロインと、同音異字で示されるだけに、彼女たちの存在は、プラスとマイナス、光と影のような一対の存在であり、どんな人間にでも魔の領域が存在しているのではないか。そんな風に思えてならないのである。

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