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『真実の10メートル手前』米澤穂信 太刀洗真智の活躍を描くベルーフシリーズ


ベルーフシリーズの第二作

2015年刊行作品。青土社の芸術総合誌「ユリイカ」、東京創元社のミステリ誌「ミステリーズ!」等に収録されていたいた短編をまとめたもの。

2016年「週刊文春ミステリーベスト10」国内部門で第2位、2017年「ミステリが読みたい!」で国内編第1位、「このミステリーがすごい!」国内編では第3位と、ミステリ系各章で高い評価を受けた作品である。また、2016年、第155回直木賞の候補作でもあった。

真実の10メートル手前

真実の10メートル手前

  • 作者:米澤 穂信
  • 発売日: 2015/12/20
  • メディア: 単行本
 

創元推理文庫版は2018年に登場している。文庫版では単行本になかった解説が収録されており、宇田川拓也が執筆を担当している。

真実の10メートル手前 太刀洗万智シリーズ (創元推理文庫)

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★★(最大★5つ)

米澤穂信ファンの方。太刀洗真智が登場した、『さよなら妖精』『王とサーカス』を既に読んでいる方(事前に読まれることを強くおすすめ)。学生が主人公となる米澤作品にはなじめなかった方。報道や報道記者について不信感を持っている方におススメ。

あらすじ

経営破綻し、失踪したベンチャー企業関係者の消息を負う中で見えて来た真相(真実の10メートル手前)。駅のホームで起きた人身事故。居合わせた女の意外な行動とその狙い(正義漢)。高校生カップルの心中事件。二人はどうして別の場所で死んでいたのか(恋累心中)。孤独死した中高年男性。嫌われ者だった男の死にまつわる謎(名を刻む死)。男子高校生が、姪の幼女を殺害したとされる事件。彼の供述に隠された意味とは(ナイフを失われた思い出の中に)。豪雨災害の生存者夫婦が語る後ろめたさの意味(綱渡りの成功例)。太刀洗真智の活躍を描くミステリ短編集。

ココからネタバレ

以下、各編のコメントと、ベルーフシリーズへのツッコミ、更にシリーズ内の時系列と読む順番について書いて行きたい。

ベルーフシリーズ

『真実の10メートル手前』の「ベルーフ」シリーズ中の一作とされている。『王とサーカス』同様に、記者、大刀洗真智(たちあらいまち)をメインに据えたシリーズである。

ベルーフはドイツ語の「beruf」に由来すると思われる。「beruf」は直訳すれば「仕事」くらいのニュアンスだろうか。ただ、本シリーズでは以下の意味合いで「天職」として使われている。

ベルーフというシリーズ名の由来は、マックス・ウェーバーの『職業としての政治』に〈「それにもかかわらず!」と言い切る自信のある人間。そういう人間だけが政治への「天職」を持つ〉とあり、その〈天職〉に〈ベルーフ〉とルビがふられていたことから。太刀洗万智は記者を天職としていくだろうと思いこのような表記にしたと語っている。

〈ベルーフ〉シリーズとは (ベリーフシリーズとは) [単語記事] - ニコニコ大百科より

マックス・ウェーバーの著作から「ベルーフ」シリーズの命名が定まった話だが、ネットの各所で見るのだけど、どれも出典が書いておらず悩ましい。米澤穂信がどこかのインタビュー記事で発言した内容なのかな(出典をご存じの方教えて!)。

ただ、Amazonのリンクを見てみると「太刀洗万智シリーズ」とされている。東京創元社よ、もう少しちゃんとハンドリングして欲しい。どっちなんだよ。

更にAmazonを見てみると、「ベルーフ」シリーズとしては以下の三作が記載されている。

この指定は厳密には正しくないと考えている。『さよなら妖精』は「ベルーフ」シリーズには該当しないと思うのだ。『さよなら妖精』では、確かに大刀洗真智が登場するが、学生時代のエピソードだ。大刀洗真智が報道記者としての天職を得る前の物語であり、「ベルーフ」シリーズに含めるのは、かなり無理があると思うのだ。

 

真実の10メートル手前

初出は「ミステリーズ!」vol.72(2015年8月)。

経営破綻したベンチャー企業の広報担当者、早坂真理が失踪する。早坂が最後に残した会話を手掛かりに、その居場所を推理していく展開。何気ない会話文の中に、思わぬヒントが紛れ込んでいるのは、米澤作品の常套パターンである。

舞台は山梨県の幡多野町(架空の市町村)。東洋新聞時代の太刀洗真智が登場する。新聞社をまだ辞めていないので『王とサーカス』よりも前の物語である。「ベルーフ」シリーズ中の時系列ではもっとも早い時系列の作品である。太刀洗真智、当人の一人称視点で描かれている。

早坂の行方を追いながらも、太刀洗は真実の10メートル手前まで「考慮すべき可能性」に気付かない。早坂の事を案じていた太刀洗ですらも、彼女を追い詰めた報道人のひとりである事実からは逃れられない。

正義漢

初出は「ユリイカ」2007年4月号。

初出時のタイトルは「失礼、お見苦しいところを」。書籍化に際して「正義漢」に改題されている。

吉祥寺駅のホームで起きた人身事故をめぐる一幕。事故か、自殺か、それとも殺人なのか?犯人に対して、太刀洗が仕掛けた意外な罠とは……。

最初の章は犯人視点で描かれ、二章目以降は「太刀洗の友人」の視点から描かれる。いきなり視点人物が変わってしまうので、少々混乱する。

犯人を捕まえるためとはいえ、事故現場を喜色満面で取材し始める太刀洗に記者魂というか、やるせない業のようなものを感じてしまう。「嫌らしい顔だと思わない」そう、自虐する大刀洗に、「正義漢」のタイトルが被ってくる。

なお、本編に登場する「太刀洗の友人」は、太刀洗のことを高校時代のニックネーム「センドー」と呼んでいる。十数年来の知己であるとの描写もあり、おそらく『さよなら妖精』の守屋路行(もりやみちゆき)ではないかと想像できる。

『さよなら妖精』に熱狂した読者としては嬉しいサービスであるが、もうすこし出番をあげてもらえないだろうか。その後の守屋がどうなったのかは、誰もが気になっている重要事項なのだ。

恋累心中

初出は「ミステリーズ!」vol.26(2007年12月)。

恋累(こいがさね)で死んだ高校生カップルの謎。遺書まで残した心中の形を取りながらも、男は崖から飛び降りて死に、女は喉をナイフで刺されて死んでいた。その理由は?

舞台は三重県の中勢町(架空の市町村)。「週刊深層」編集部の都留正穀(つるまさたけ)の視点から描かれる。事件前から別件の調査のために現地を訪れていた太刀洗が、都留の取材をコーディネートする。太刀洗の辣腕ぶりよくわかる一編だが、組んで仕事する相手は大変そうである。

身勝手で剥き出しの悪意が読み手の心に残る、とりわけ読後感のディープな一作。

名を刻む死

初出は「ミステリーズ!」vol.47(2011年6月)。

孤独死した、嫌われ者の老人田上良造(たがみりょうぞう)と、第一発見者の中学生、檜原京介(ひのはらきょうすけ)。田上の死の真相と、京介が抱える罪悪感の源はどこにあるのか。

舞台は福岡県の鳥崎市(架空の市町村)。中学三年生の檜原京介の視点から描かれる。死者の残したアンケートはがきや、投稿記事の内容から事件の真相に迫る。読む側にも材料が提示されているので、謎解きを楽しむ面白さがある。

事件に関与して深く傷ついた京介に対して、切り捨てることを学ばせる太刀洗の強い言葉がとりわけ印象に残る。

ちなみに、本編中に登場する「鰯のヌカ炊き」は福岡県北九州地域の郷土料理。

ナイフを失われた思い出の中に

初出は『蝦蟇倉市事件2』。「蝦蟇倉市事件」は、2010年に上梓された東京創元社のアンソロジー企画。架空の市町村、蝦蟇倉市(神奈川県鎌倉市がモデルと思われる)を舞台とした競作モノ。

『蝦蟇倉市事件1』では、伊坂幸太郎、大山誠一郎、伯方雪日、福田栄一、道尾秀介の五人の作家が登場。『蝦蟇倉市事件2』では、秋月涼介、北山猛邦、越谷オサム、桜坂洋、村崎友、米澤穂信ら六人の作家が筆を取っている。

来日したヨヴァノヴィチは、妹の友人であった大刀洗に会い、その取材に同行する。少年が実の姪を惨殺したとされる凄惨な事件。その裏に潜む意外な事実。

初出では舞台が蝦蟇倉市となっていたが、単著化の際に、浜倉市に名称が改められている。さすがに蝦蟇倉市は音のインパクトが強すぎると思ったのだろうか。

仕事で来日した外国人ヨヴァノヴィチの視点から描かれる。本編に登場するヨヴァノヴィチは『さよなら妖精』に登場するマリヤ・ヨヴァノヴィチの実兄にあたる人物である。ヨヴァノヴィチは、崩壊した旧ユーゴスラヴィアの出身。ポドゴリツァの名前が出ているので、現在はモンテネグロ人なのではないかと推定できる。『さよなら妖精』を読んでから本作に臨むことを強くお勧めしたい。

少年が残した手記の中から違和感を見出していくスタイルは、本作中何度も登場するお馴染みの手法である。日本語で手記を読んでいないのに、真相にたどり着けるヨヴァノヴィチが凄い!

「目」の役割にとどまらない報道の在り方とはどうあるべきか。旧ユーゴスラヴィア内戦で、報道記者に強い不信感を抱いているヨヴァノヴィチに対して、太刀洗が記者としての矜持を見せる。

綱渡りの成功例

本エピソードのみ、単行本刊行時の書下ろし作品である。

台風による土砂崩れから九死に一生を得て生還を果たした老夫婦。しかし彼らの表情は晴れない。はたしてその理由は……。

舞台は長野県南部の西赤石市(架空の自治体)。現地で雑貨店を営む、太刀洗の大学時代の後輩、大庭の視点から描かれる。

太刀洗のように最善を尽くしていても、誰かを苦しめ傷つけてしまうことがある。それは報道記者としての宿命であろう。今回はたまたまうまくいったが、次はどうなるかわからない。悲鳴と罵声を浴びながら取材を続けていくのが、報道記者として太刀洗真智が選び取った人生なのである。

 

ベルーフシリーズを読む順番

最後に、ベルーフシリーズをどの作品から読めば良いかについて。

結論から言うと、刊行順に読めばオッケー。以下の順番で読んでいくことをお勧めしたい

『さよなら妖精』

『王とサーカス』

『真実の10メートル手前』

『さよなら妖精』は厳密には、ベルーフシリーズではないのだが、太刀洗真智の学生時代のキャラクターを知っておく意味で、絶対に最初に読んでおく必要がある。彼女が報道記者を志したのには、『さよなら妖精』での体験が強く影響している。

『王とサーカス』と『真実の10メートル手前』は、どちらを先に読んでも大きな支障はない。ただ、フリーの報道記者として、太刀洗が覚悟を固めるきっかけとなった事件が、『王とサーカス』なので、やはりこちらを先に読んでおいた方が良いかと。

その他の米澤穂信作品の感想はこちらから

〇古典部シリーズ

『氷菓』/『愚者のエンドロール』/『クドリャフカの順番』/ 『遠回りする雛』/『ふたりの距離の概算』/『いまさら翼といわれても』 / 『米澤穂信と古典部』

〇小市民シリーズ

『春期限定いちごタルト事件』/『夏期限定トロピカルパフェ事件』 『秋期限定栗きんとん事件』/ 『巴里マカロンの謎』

〇その他

『さよなら妖精(新装版)』/『犬はどこだ』/『ボトルネック』/『リカーシブル』 / 『儚い羊たちの祝宴』『追想五断章』『インシテミル』 / 『王とサーカス』  / 『真実の10メートル手前』