川端裕人による伝染病パニック小説
2007年刊行作品。作者の川端裕人(かわばたひろと)は1964年生まれ。小説家としてのデビュー作は1998年の『夏のロケット』だが、それ以前に1995年にノンフィクション作家としてのデビュー作『クジラを捕って、考えた』がある。
角川文庫版は2009年に刊行されているが、現在「この本は現在お取り扱いできません。」となっている。マーケットプレイス版も出てないのってどういうこと?
電子書籍版は2020年3月に登場。機を見るに敏というところだろうか。このタイミングで電子化してきたのはなかなかに角川も商魂たくましい。
もっともレビューを見るかぎりかなり誤植があるようなので、購入を検討されている方はお気をつけて。
そして、なんと版元が変わって、集英社文庫版が登場する模様。こちらは紙媒体で読めるようだ。電子版はちょっと……と思われていた方には朗報かと思われる。
おススメ度、こんな方におススメ!
おすすめ度:★★★(最大★5つ)
感染症への対策が気になる方、疫学者はどんなことをしているのか気になる方、パニック小説に興味がある方におススメ。
あらすじ
首都圏近郊。千葉県某市崎浜で発生した集団感染。単なるインフルエンザかと思われたが、重症化する患者が続出、遂には死者が出てしまう。現地入りを果たした、国立集団感染予防管理センター実地疫学隊隊員の島袋ケイトは、感染源の調査を開始する。増え続ける患者と、崩壊する医療現場。果たしてウイルスの正体は?ケイトは感染の進行を止めることが出来るのか?
ここからネタバレ
伝染病パニック小説の系譜
昨今の新型コロナウイルスの流行に伴い、カミュの『ペスト』が売れに売れているらしい。こちらはアルジェリアでの「ペスト」大流行を描いた文学的な作品。
エンターテイメント系小説の世界では感染症をテーマとしたパニックモノは定番の一つである。
海外作品ならスティーブン・キングの『ザ・スタンド』が、一番に脳裏に浮かんでくる。軍の研究所から細菌兵器が漏れ出したらというお話。
マックス・マーロウの『レッド・デス』ではエボラ出血熱風のウイルスが登場。
コニー・ウィリスの『ドゥームズデイ・ブック』は14世紀のイギリスにタイムトラベルしたヒロインが、謎の集団感染の現場に巻き込まれるお話。
ノーベル文学賞受賞ジョセ・サラマーゴの『白の闇』は、突如として目が見えなくなる謎の感染症を通して、人間の本質を描き出していく作品。
そして、国内に目を向ければ小松左京の往年の名作『復活の日』がある。
こちらはイギリス軍の細菌兵器がスパイに盗まれ、全世界に広がっていく内容。草刈正雄主演で映画化もされた。
篠田節子の『夏の災厄』は日本脳炎?ような謎の感染症が登場。「夏」という切り口から描かれるパンデミックパニックが印象深かった。
高橋哲男の『首都感染』は中国発の新型インフルエンザが日本に到来したらという展開。
以上、雑に感染症パニックモノをご紹介してみたが、本作もその系譜に連なる一作ということになるだろう。
疫学者はどんな事をしているのか?
Wikipedia先生から引用させて頂くが、エピデミックとは聞きなれない言葉だが「地域流行」の意味。世界的な流行を指すパンデミックの前段階といったところかな。
endemic エンデミック(地域流行)
特定の人々や特定の地域において、「regularly (ある程度の割合、ポツポツと)」見られる状態。地域的に狭い範囲に限定され、患者数も比較的少なく、拡大のスピードも比較的遅い状態。「流行」以前の段階。風土病もエンデミックの一種にあたる。
本作の主人公は国立集団感染予防管理センター実地疫学隊隊員の島袋ケイトである。彼女は医師でもあり、専門家として現地に赴く。地道なフィールドワークを通して、XSARSと呼ばれることになる謎の感染症の正体に迫っていく。
ケイトの仕事は至って地味で、感染者がいかにして感染したのか?誰に移されたのか?その根源を辿り、執拗なまでに聞き込み調査を続けるのである。
本作で特に興味深いのは「オッズ比」の表であろうか。ケイトは様々な関係者ヒアリングや、現地調査をもとにデータを整理して「オッズ比」を算出する。統計データの中から特異値を探しだそうと言うわけである。膨大なデータの中から、有意な差を発見し、原因特定に繋げて行こうとする展開はけっこう面白かった。
終盤の詰めはちょっと残念
本作は500頁の大長編だが、それでも詰め込み過ぎて消化不良を起こしている箇所がいくつかある。特に宗教団体と謎の少年は、物語の中で浮いた存在となっていて、読み手としては戸惑ってしまう。科学的なアプローチから感染症の蔓延を描いていく本作にあって、あえて超自然的なキャラクターを持ち込むのであれば、もう少し彼らの描写に頁数を割いておくべきであったと思う。
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