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『地雷グリコ』青崎有吾 魅力的な「ゲーム」と緻密な論理の物語

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青崎有吾が描く、学園頭脳バトル

2023年刊行作品。「小説屋sari-sari」「カドブンノベル」「小説野生時代」等に掲載されていた作品に書下ろし一編を追加して単行本化したもの。英題は『GLICO WITH LANDMINES』。

第24回本格ミステリ大賞受賞作(おめでとうございます!)。

更に第77回日本推理作家協会賞〈長編および連作短編集部門〉を受賞!

更に更に第37回山本周五郎賞を受賞!

といきなり三冠達成!

11月刊行だったから、2023年のミステリ各賞にはランクインしなかったけど、2024年の部では上位に入ってきそうだよね。

作者の青崎有吾(あおさきゆうご)は1991年生まれのミステリ作家。デビュー作は第22回の鮎川賞を獲った、2012年刊行の『体育館の殺人』。主なシリーズ作品に「裏染天馬」シリーズ、「アンデッドガール・マーダーファルス」シリーズ「ノッキンオン・ロックドドア」シリーズがある。

地雷グリコ (角川書店単行本)

文春オンラインの紹介記事はこちら。

WEB本の雑誌の紹介記事はこちら。書き手は杉江松恋(すぎえまっこい)。

あらすじ

勝負ごとには滅法強い、女子高生射守矢真兎のもとにはさまざまな「ゲーム」の依頼が持ち込まれる。ある時は文化祭での屋上使用権を賭けて。またある時は、とある喫茶店の利用を巡って。生徒会長との戦いを経て、真兎は中学時代の因縁の相手、雨季田絵空との戦いに臨むことになる。ふたりの間にはかつて何が起きたのか。そして勝負の結果は……。

ここからネタバレ

青崎有吾版『賭ケグルイ』

グリコ、坊主めくり、じゃんけん、だるまさんころんだ、ポーカー。誰もが知っているであろうゲームに独自のルールを加える。更にギャンブルの要素を加味して、学生同士で競わせる。と聞くと、アニメ化、映画化もされた人気マンガ『賭ケグルイ』を思い出す方も多いのではないだろうか?

『地雷グリコ』は青崎有吾に、『賭ケグルイ』的な作品を書かせてみるとこうなる的な作品だ。小説作品で類似例を出すとすれば、先日紹介した阿津川辰海の『午後のチャイムが鳴るまでは』に収録されている「賭博師は恋に舞う」あたりかな。

主人公の射守矢真兎(いもりやまと)は、都立頬白(ほおじろ)高校に通う一年生女子。掴みどころのない性格ながら、発想の豊かさ、いざという時の強心臓で、賭け事には異常な才能を発揮する。パートナーキャラの鉱田(こうだ)は中学時代からの友人。緒戦で生徒会の椚迅人(くぬぎはやと)を撃破した真兎は、やがて生徒会長の佐分利錵子(さぶりにえこ)に見込まれ、謎めいた国内屈指のエリート校、私立星越(せいえつ)高校とのバトルに巻き込まれていく。

既存のゲームをアレンジしてギャンブル小説にする。ルールを考えて、展開を考えて、矛盾点が無いように考えてと、書く側としてはかなり大変なジャンルだと思う。1編書くだけでも大変なのに、5つもの創作ゲームをつくり出してしまったのだから本当に凄い。心理的な駆け引き。ルールの穴を見つけ出し、いかにして相手を出し抜くか。多分にパズル的な要素が要求されるタイプの作品で、展開の整合性を保つのに苦労しそう。こういう話が書ける人の頭の中ってどうなっているのだろう。

以下、各編ごとにコメント。

地雷グリコ

初出は、角川文庫のキャラクター文芸編集部が運営していた、今は亡きWEBメディア「小説屋sari-sari」2017年11月号。7年も前の作品。

VS椚迅人戦(生徒会)。

文化祭出店の好立地、屋上の使用権をめぐる、愚か者たちの戦い「愚煙(ぐえん)試合」。クラス代表として駆り出された一年生の射守矢真兎は、生徒会代表の三年生椚迅人と対決する。実行委員会の塗辺(ぬりべ)が提示したゲームの名は「地雷グリコ」。果たしてゲームの結果は?

ベースとなるゲームは「グリコ」。「地雷グリコ」では46段の階段を先に昇った方が勝ち。グーで勝てば「グリコ」で3段。チョキで勝てば「チョコレート」で6段。パーで勝てば「パイナップル」で6段。それぞれ階段を昇ることができる。特殊ルールとしてそれぞれ3個の「地雷」が設置出来て、相手の地雷を踏むと10段下がらなくてはならない。

単純なジャンケンの勝ち負けで決着がつくわけではもちろんなく、相手の手を読みあい、どこに地雷をしかけてあるのかを予測しあう。序盤に劣勢になって油断させておいて、終盤になって一気に大逆転するのが射守矢スタイル。第一話から既にこのパターンが確立していて、読む側としてはなかなかに爽快だったりする。

坊主衰弱

初出は、KADOKAWAの文芸WEBマガジン「カドブンノベル」2020年11月号。「カドブンノベル」は次の2020年12月号で休刊となっているので、このシリーズはまたしても掲載媒体を失ったことになる。

VS旗野(かるたカフェ HATANOマスター)戦。

かるたカフェ HATANOを出禁になってしまった、頬白高校かるた部の面々。部長の中束(なかつか)らは、マスターに謝罪し出禁を説いてもらおうとするのだが、相手の意思は堅い。その場に居合わせた射守矢は、マスターに「坊主衰弱」の勝負を挑み、かるた部の出禁を解いてもらおうとするのだが……。

ベースとなるゲームは「坊主めくり」。「坊主衰弱」は百人一首の札を使って神経衰弱をする。二枚札を捲って、男の札のペアならその二枚を自分の手札にできる。姫のペアなら、当該の二枚に加えて、捨て場にある札も全て手札にできる。そして坊主のペアの場合、その時点で持っている手札を全て捨てなければならない。最終的に手札の多い方勝ちとなる。

マスターの旗野も射守矢も、前提として当たり前のようにイカサマを仕込んでいるところが、このエピソードの特徴的な点だ。場の札をしっかりと把握できる抜群の記憶力。勝負が始まる前の時点、終盤までのストーリーを描き、イカサマのネタを仕込んでおく射守矢の用意周到さが光る。

自由律ジャンケン

初出は、KADOKAWAの小説誌「小説 野性時代」2022年3月号。

VS佐分利錵子(生徒会長)戦。

射守矢のギャンブルの才能が、生徒会長の佐分利錵子(さぶりにえこ)にバレてしまう。射守矢に勝負を挑んできた佐分利は、勝利特典として雨季田絵空(うきたえそら)との対戦権を提示する。ゲームの名は「自由律ジャンケン」。頬白高校内の頂上決戦が始まろうとしていた。

ベースとなるゲームはもちろん「じゃんけん」。「自由律じゃんけん」では、グー、チョキ、パーの三種に加えて、各人それぞれのオリジナルの役「独自手」を加えることができる。射守矢の「銃」と、佐分利の「蝸牛(スネイル)」が加わった計5つの役でジャンケンを行う。

「独自手」の効果はお互いに知ることは出来ず、対戦の結果から読み取っていくしかない。ルールを最大限利用する射守矢のずる賢さよ。って、これめちゃめちゃ難しくない?頭の弱い人間だと、状況の把握すら出来なさそう。

だるまさんがかぞえた

初出は、「小説 野性時代」2023年2月号 KADOKAWA

VS桶川(星越高校)戦。

生徒会長佐分利錵子が射守矢を見出した理由は、隣県の超進学校星越(せいえつ)高校との対戦にあった。星越高校内で流通する学園内通貨「Sチップ」。1枚が10万円に相当するチップを巡り、射守矢は星越高校の出張版「実践向上(キャリアップ)」に臨むことになる。ゲームの名は「だるまさんがかぞえた」。

ベースとなるゲームは「だるまさんがころんだ」。「だるまさんがかぞえた」では「標的(マーカー)」と「暗殺者(キラー)」に分かれる。「標的」は樫の木の前に立ち、「暗殺者」は40歩程離れて立つ。「標的」はかけ声の文字数を、そして「暗殺者」は進む歩数を毎ターンごとに申告する。「標的」が「暗殺者」を視認出来たら勝ち。逆に「暗殺者」は「標的」に視認されることなくタッチできれば勝利。

ゲームが始まる前から勝負はスタートしている。対戦相手を限定させるところから既に射守矢の仕込みは発動しているのだ。「だるまさんがかぞえた」は、本来、相手を瞬殺できるハメゲー。だが射守矢は対戦相手の想定を軽々と上回る。ルールの盲点を突く系の決着で、勝利シーンの鮮やかさが作中でも随一のお話。射守矢の勝利確定BGMとか作って欲しい。映像映えしそうなのでアニメ化狙えそうな気がする。

フォールーム・ポーカー

書き下ろし作品。

VS雨季田絵空(星越高校)戦。

出張「実践向上」で敗れた星越高校側は、新たなる刺客を頬白高校に送り込んできた。対戦相手は、射守矢と鉱田にとって因縁の相手である、中学時代の同級生雨季田絵空だった。決戦となるゲームの名は「フォールーム・ポーカー」。射守矢が雨季田に「謝らせたいこと」とは何なのか?

ベースとなるゲームは言うまでもなく「ポーカー」。「フォールーム・ポーカー」の手札は3枚。各プレーヤは、クラブ、ダイヤ、ハート、スペード、それぞれのスートの札が置かれた四つの部屋をめぐり理想の役を完成させて勝負に挑む。

最終エピソード。こんなゲームをサクッと提供できる塗辺(ぬりべ)君凄くない?一般人だともう、複雑すぎて何が何だかわからない(笑)。出張「実践向上」なので致し方ないとはいえ、ホーム側の有利は否めず、雨季田絵空にとっては気の毒な部分もあったように思える。

射守矢と鉱田、そして雨季田と、仄かな百合感を醸しつつ、まだまだ続きが書けそうな終わり方。星越高校内部には更なる強敵が居そうだし、星越高校と並んで、三大不可侵校とされる、長野夕霧女学院、鹿児島黒鯨塾みたいな存在も示されているので、絶対これ続編が出ると思うな。

「アンデッドガール・マーダーファルス」シリーズがアニメ化、「ノッキンオン・ロックドドア」シリーズがドラマ化され、更に『地雷グリコ』は本格ミステリ大賞を受賞と、2023年は青崎有吾にとって飛躍の年になったのではなかろうか?これから先が楽しみな作家だ。未読の作品が残っているのでこれから適宜読んでいくつもり。

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