小鳩くんと、小佐内さんに久しぶりに会える!
2020年刊行作品。『春期限定いちごタルト事件』『夏期限定トロピカルパフェ事件』『秋期限定栗きんとん事件』に続く、米澤穂信の「小市民」シリーズ四作目。前作の『秋期限定栗きんとん事件』が2009年の作品だから、なんと11年ぶりのシリーズ続篇ということになる。
うっかりすると嬉々として謎を解いてしまう小鳩常悟朗(こばとじょうごろう)と、油断するとすぐに復讐の手段を考えてしまう小佐内ゆき(おさないゆき)。自意識高め、互恵関係にはあるが、恋愛関係にはない微妙な二人の物語。久しぶりの再会に、読者としてはテンションが上がる!
東京創元社の文芸誌「ミステリーズ!」に発表された三編に、書き下ろし一編を加えて文庫化したのが本書である。「小市民」シリーズは文庫で刊行されるので、単行本版は存在しない。
あらすじ
三つしか提供されないはずのマカロン。でも謎の四つ目が?(巴里マカロンの謎)。学園祭で中学生男子に拉致されてしまった小佐内さん、その真相は?(紐育チーズケーキの謎)。マスタードの入った「当たり」のあげぱんを食べたのは誰なのか?(伯林あげぱんの謎)。捏造された写真により停学にされてしまった少女。その犯人は誰か?(花府シュークリームの謎)。四編の日常の謎を収録した連作短編集。
時系列的には「春期」と「夏期」の間
多くの読者は「秋期」の後の二人がどうなったのか、「冬期」の登場を心待ちにしていたのではないかと思うのだが、今回の『巴里マカロンの謎』は「秋期」を受けての続篇ではない。
「小市民」シリーズとしては四作目になる本作の、作中の時間軸は以下のようになる。
- 春期限定 一年生の春
- 巴里マカロン 一年生の9月〜1月
- 夏期限定 二年生の夏
- 秋期限定 二年生の秋から三年生の秋
本作は、小鳩くんと小佐内さんが一年生の頃、9月~1月の間のエピソードが描かれている。「春期」と「夏期」の間は、もともと一年以上の間隔が開いていたので、新たなエピソードを挿入するにはちょうど良い時期であったのかもしれない。
比較的、穏やかな内容で、物語が大きく動くことはない。気軽に読むことが出来る短編集となっている。
「夏期」以降は小鳩くんと小佐内さんの関係性が変わり、物語の「圧」がかかってくるので、こういうおまけエピソード的な話を入れてくるとしたら、この時期が最適であったのかもしれない。
では、以下、各編ごとにコメント。
巴里マカロンの謎
初出は「ミステリーズ!」Vol.80(2016年12月)。
人気パティシエ古城春臣(こぎはるおみ)が、地元名古屋に出店した新店舗パティスリー・コギ・アネックス・ルリコを舞台とした物語。古城春臣の娘である、古城秋桜(こすもす)が登場する。年少者に対してお姉さんっぽく振舞っている小佐内さんが新鮮!意外に慕われるタイプなのかな。
マカロンに仕込まれた指輪の謎を解く。古城春臣のネックレスや、再三示される謎の「光」など、短編作品だけに伏線もわかりやすく、なんとなくオチは予想できてしまう。幼い敵意の物語。あれ、幼いって「小佐内」とかけてるのかな?
ちなみに、このエピソードでは名古屋という実在の地名が登場する。「小市民」シリーズは中京圏が舞台の話であったことがわかる。
こちらの方のブログによると、小鳩くんと小佐内さんが住んでいる木良市は、
岐阜市がモデルなのだとか。
小市民シリーズの舞台、木良市は岐阜市がモデル。木良という名前は木曽川と長良川から取った、とか。(知らなかった…)
紐育チーズケーキの謎
初出は「ミステリーズ!」Vol.86(2017年12月)。
そうそう。書き忘れていたけど、『巴里マカロンの謎』では、各編ごとに扉絵としてイラストがついてくるのだ!これは嬉しい。小佐内さんのちびっ子ぶりを心行くまで堪能できる。
古城秋桜の通う、礼智中学の文化祭に招かれた二人のお話。相変わらず小佐内さんは面倒ごとに巻き込まれ過ぎである。恥ずかしながら、ニューヨークチーズケーキが湯煎焼きで作られていたことを初めて知った。
謎の一団に拉致されても沈着冷静。「呼べば来るから」と、小鳩くんを完全に信頼している小佐内さんの見切り具合が良い。
伯林あげぱんの謎
初出は「ミステリーズ!」Vol.92/93(2018年12月/2019年1月)。
出オチ感の強い一作。いきなり犯人がわかってしまうので、あとはいかにしてその真相にたどり着くのか。その過程を楽しむ作品である。
本編で登場する、ベルリーナー・プファンクーヘンのビジュアルはこんな感じ。
ベルリーナー・プファンクーヘン - Wikipediaより
あまり耳に馴染みのないお菓子だが、これを見ると似たようなものは食べたことあるかもしれないね。
扉絵では新聞部の四人が描かれ、堂島健吾のビジュアルが明らかになる。もっと野性的な風貌を想定したのに、意外にも男前の偉丈夫に描かれていて、これめっちゃモテそうだよね。
花府シュークリームの謎
本作のみ、文庫書下ろし作品となる。
花府はどこの都市かと思ったら、イタリアのフィレンツェのことなんだね。知らなかった。『巴里マカロンの謎』で出てきた古城秋桜が再登場。コラ写真を捏造されて停学に追い込まれた秋桜を、小鳩くんと小佐内さんが助けるという筋書きである。
他者に積極的に介入しようとする小佐内さんも珍しいが、「隠されたことを知ろうとすれば、たいてい代償を支払うことになる」と、ビターな現実を垣間見せるあたり、きちんと「らしさ」も示している。
ちなみに、覚王山(かくおうざん)は名古屋に実在する地名である。ストリートビューで見るとこのあたり。広々とした三車線道路がいかにも名古屋っぽい。
覚王山駅は名古屋市営地下鉄東山線の駅である。名古屋駅前から延びる、広小路通(ひろこうじとおり)上にある駅だ。
今回登場したスイーツ店
恒例となっている、小鳩くんと小佐内さんが食べたものであるが、今回はややボリューム少な目。以下のとおりである。
パティスリー・コギ・アネックス・ルリコ(巴里マカロンの謎)
小鳩くん:ティー&マカロンセット(パーシモン・バナーヌ・カカオ)
小佐内さん:ティー&マカロンセット(ピスタチオ・マロン・ココナッツパパイヤ・コギ)
礼智中学(紐育チーズケーキの謎)
小鳩くん・小佐内さん:ニューヨークチーズケーキと紅茶のセット
新聞部(伯林あげぱんの謎)
小佐内さん:ベルリーナー・プファンクーヘン
甘味処(花府シュークリームの謎)
小鳩くん:田舎栗しるこ(粒あん)
小佐内さん:御膳しるこ(こしあん)
その他の米澤穂信作品の感想はこちらから!
〇古典部シリーズ
『氷菓』/『愚者のエンドロール』/『クドリャフカの順番』/ 『遠回りする雛』/『ふたりの距離の概算』/『いまさら翼といわれても』 / 『米澤穂信と古典部』
〇小市民シリーズ
『春期限定いちごタルト事件』/『夏期限定トロピカルパフェ事件』 / 『秋期限定栗きんとん事件』/ 『巴里マカロンの謎』
〇その他
『さよなら妖精(新装版)』/『犬はどこだ』/『ボトルネック』/『リカーシブル』 / 『儚い羊たちの祝宴』 / 『追想五断章』 / 『インシテミル』 / 『王とサーカス』 / 『真実の10メートル手前』 / 『黒牢城』