先日は『麦の海に沈む果実』をご紹介したが、今回は「理瀬」シリーズの外伝とも言える短編作品をご紹介しよう。
おススメ度、こんな方におススメ!
おすすめ度:★★★(最大★5つ)
恩田陸の「理瀬」シリーズは全部読む!と決めている方。『麦の海に沈む果実』の世界観にハマった方。理瀬やヨハン、校長のキャラクターが好きな方。ちょっと不思議なタッチの学園モノが好きな方におススメ。
「理瀬」シリーズの外伝は三作
「理瀬」シリーズには三作の短編が存在する。タイトルと刊行年は以下の通り。
- 睡蓮(2001年)
- 水晶の夜、翡翠の朝(2002年)
- 麦の海に浮かぶ檻(2017年)
いずれも短編作品でシリーズの外伝的な位置づけの作品となっている。どの作品から読んでも問題ないが、本編のネタバレ要素があるので、少なくとも『麦の海に沈む果実』だけは先に読んでおくべきである。
「睡蓮」については、『麦の海に沈む果実』に加えて『黄昏の百合の骨』を読んでからの方が、より楽しめるように思えるが、「睡蓮」の方が先に発表されていることもあり、どちらでもいけるかなと思う。
以下、各編についてコメントしていきたい。
ここからネタバレ
「理瀬」シリーズ全般のネタバレを含むので要注意!
睡蓮(すいれん)
初出は2001年刊行、光文社文庫のミステリアンソロジー『蜜の眠り』。
その後、2002年、恩田陸の短編集『図書室の海』にも収録された。
現在読むのであれば、2005年に刊行された新潮文庫版になるだろう。
あらすじ
桜の木の下には死体が埋まっている。同じように、睡蓮の下にもきれいな女の子が埋まっているんだ。泥の中。昏い泥の底に埋まった美少女。額から延びる美しい睡蓮。「りせからも花が咲くかなあ」。幼き日の理瀬が出会うさまざまな人々。妬み、羨望、仄かな思慕。そしてその結末は……。
理瀬の幼少期を描いた作品
学園に来る前の理瀬を描いた作品。この時期の理瀬は、祖母、稔(みのる)、亘(わたる)と三人で住んでいる。理瀬は小学生、稔が高校生、亘は中学生。稔、亘とはきょうだいではなく従兄弟なのではないかと理瀬は推測している。
作中での亘の台詞「源氏物語って知ってるか?」はシリーズ長編二作目『黄昏の百合の骨』を読むと、より味わい深くとらえることが出来るはずである。
沼に投げ入れられた亘の英和辞典。幼い日の理瀬が夢想する、夜の闇に咲く、睡蓮のイメージが美しい。
水晶の朝、翡翠の夜
初出は2002年刊行、角川スニーカー文庫のミステリアンソロジー『殺人鬼たちの放課後』収録。いまは亡き、スニーカー文庫のサブレーベル「スニーカー・ミステリ倶楽部」からの登場であった。
その後、2007年、恩田陸の短編集『朝日のようにさわやかに』に収録された。
現在読むのであれば、2010年に刊行された新潮文庫版になる。
更に、2013年刊行、角川文庫のミステリアンソロジー『青に捧げる悪夢』にも収録されている。
あらすじ
湿原にたたずむ閉ざされた学園。偶然を装ったプロバビリティーの犯罪。連続して起きた傷害事件は「笑いカワセミ」によって仕組まれたものなのか。学園内で広まる憶測、噂、そして恐怖。事件に怯える転校生のジェイ。騒動に巻き込まれたヨハン。犯人の真の狙いはどこにあるのか。
ヨハンを主人公とした作品
シリーズ屈指の人気キャラクター、ヨハンが主役を務める作品である。
時系列的には『麦の海に沈む果実』で理瀬が学園を去った後のお話。ヨハンや憂理は三年生(中三)に進級している。聖は既に卒業しているのだが、秋からアメリカに留学するため、それまでの期間を学園で過ごすことを許されている。転校生のジェイは一年生で、一見すると儚げで気弱な病弱坊やである。
「笑いカワセミ」が引き起こす学園内の騒動は、実在の楽曲『わらいかわせみに話すなよ』(作詞:サトウ・ハチロー/作曲:中田喜直)の歌詞を見立てたものとなっている。歌詞はこちらを参照。
登場人物が限られているので犯人の正体はバレバレである。ただ、理瀬が去り、やる気を失ってたヨハンに喝を入れる意味では、これぐらいのアクシデントがあった方が良かったのかもしれない。犯人には可哀そうだけど。
麦の海に沈む檻
初出は2017年刊行、講談社タイガ『謎の館へようこそ 黒』。新本格30周年記念のアンソロジーとして刊行されたもの。
現時点では恩田陸の単著には収録されておらず、『謎の館へようこそ 黒』でしか読むことが出来ない。
あらすじ
舞台は湿原の学園。要と鼎は男女の双子。ファミリーを持たなかった二人に、初めて与えられた仲間がタマラだった。どこか陰のある美少女。無口で、接触恐怖症のタマラは二人との間に壁を作り、容易にうちとけようとしない。タマラに執心した鼎は、次第に心の距離を縮めていくのだが……。
意外なあの人が主人公
シリーズ中ではもっとも早い時系列の作品になる。理瀬が学園に現れる遥か前、現在の理事長(理瀬の祖父)が校長だった頃のエピソードである。
この学園は「麦の海に沈む檻」である。しかし、学園を拒絶し、檻の中にいることに抗った生徒がいた。校長(理瀬の父)の回想として物語が綴られる。
男女の双子の兄弟、要(かなめ)と鼎(かなえ)。二人の運命は、美しい転校生タマラに出会ったことで動き始める。最後に、要の正体が判明して、読者を驚かせる仕掛けとなっている。この一族は代々、父親に酷い目に遭わされているけど、殺意が湧いてきたりしないのだろうか。
「理瀬」シリーズの奥行が広がる
以上、「理瀬」シリーズの短編作品三作をご紹介した。
幼少期の理瀬の光と闇。ヨハンのエレガントな残酷さ。校長の秘められた過去。「理瀬」シリーズの奥行を広げてくれる作品である。それぞれが単品で発表されており、一冊の本としてまとまっているわけではないので、ファンでもチェックしきれていない方が多いのではないだろうか。これをきっかけとして、改めて手に取っていただければ幸いである。
以下2024/2/12追記
理瀬シリーズの短編集が出た!
まだ入手出来ていないのだけど、ここまでご紹介した作品を含む、理瀬シリーズの独立した短編集『夜明けの花園』が刊行されている。収録されているのは以下の三編。
- 水晶の夜、 翡翠の朝
- 麦の海に浮かぶ檻
- 睡蓮
- 丘をゆく船
- 月触
- 絵のない絵本
後半の三編はわたしも未読なので、近々入手して読んでみるつもり。感想もアップするので少々お待ちを。