夏に読みたいこの一冊!
『どこよりも遠い場所にいる君へ』作者の阿部暁子は1985年生まれ。 コバルト文庫で主催していた今は亡きロマン大賞の出身者だ。
2008年の『屋上ボーイズ』がデビュー作。コバルトで三作オリジナル作品を出してから、『ストロボ・エッジ』『アオハライド』とコミック作品のノベライズに専念。
その後待望のオリジナル作品『鎌倉香房メモリーズ』シリーズ(全5巻)を集英社のオレンジ文庫から上梓。これがわりと好評だったようで(いずれも評価が良いみたい)、それに続いて刊行されたのが本作である。こちらも評判が良いようなので手に取ってみた次第。
ちなみに、集英社オレンジ文庫は2015年創刊。 いわゆるライト文芸物のレーベルのひとつである。いまでは本家のコバルト文庫を上回る人気レーベルとしての地位を確立している。
おススメ度、こんな方におススメ!
おすすめ度:★★★★(最大★5つ)
夏と言えばボーイミーツガール、少年が運命の少女に出会う話を読みたい!という方、人の心の優しさに癒されたい方、『どこよりも遠い場所にいる君へ』というタイトルが気になって仕方ない方におススメ!
あらすじ
月ヶ瀬和希は、俗世間とのかかわりのない生活を求めて、 離島の高校へと進学を決めた。かつての夢を諦め、 他者との交わりを極力避けて生活していた和希の前に、 謎の少女、秋鹿七緒が現れる。神隠し、 マレビトの伝説が残る島の入り江に忽然と現れた彼女は1974年 から来たのだと告げるのだが……。
ここからネタバレ
言わないやさしさ
本作を読んで一番気になったのは秋鹿七緒(あいかななお)の正体を「 島の人々は知っていたのか」という点である。島で生まれ育ち、 一時は島外へ出るものの、最終的には島内で職を得た彼女である。 いくら外観が少女であったとしても、 名前までわかっている状態で、 島の人間がその正体に気付いていないとはとても思えない。
しかしながら本編中ではその事実については触れられている形跡がない。わたしとしては、やはり高津さんや担任の教師をはじめとした島の人々は「知っていて言わなかった」 のではないかと思いたい。 彼らは彼女のその後の運命までも知りえているわけで、 おそらくはそれでもあえて「言わなかった」。 それは無関心とは違う、別次元の「言わないやさしさ」なのだろう。
いかにも「訳あり」 といった態でこの島にやってきた主人公、月ヶ瀬和希(つきがせかずき)に対しても、ガチャガチャと煩い同級生たちと比較して、島の大人たちは余計な詮索をしないし、 知ったような説教もしてこない。つかの間の癒しの場として、 この点でも「言わないやさしさ」が機能しているのだと思う。こういう節度ある大人がいる話がわたしは好きなのだと思う。
学生寮モノの愉しみ
学生寮モノというカテゴリがある(よね?)。寄宿舎や学生寮、多少枠を広げてアパートなんかでもいい。家庭を離れ、 同世代の若者たちだけで生活を共にする、 訳ありの少年少女たちが、 聖域のような空間で過ごすひと時を描いた作品群だ。
古くは那州雪絵の「ここはグリーン・ウッド」、氷室冴子の「クララ白書」「アグネス白書」なんてあたりから、蒼樹うめの「ひだまりスケッチ」、恩田陸の「ネバーランド」「麦の海に沈む果実」、J・K・ローリングの「ハリーポッター」シリーズも、考えてみればそうだよね。数えだすと、このカテゴリの作品、枚挙にいとまがない。
家族の束縛から逃れ、閉鎖空間での団体生活を強いられるだけに、 登場人物個々人の距離は縮まらざるを得ない。 当初はぎごちなかった登場人物たちの関係性が、 さまざまな事件を通じて、 次第に親密なものに変容していく過程を見ていくのは、 このタイプの作品群の楽しみ方の一つだと思う。
ボーイミーツガール部分に言及してなかった
ああ、全然本筋のボーイミーツガール部分に触れずに終わってしまいそう!だけど、個人的な琴線に触れたのはそっちの方だったのである。どうしても、ワカモノカップルたちよりは、大人たちの方に目線が向いてしまうのが、オッサン読者のサガであるのかもしれない。
とはいえ、運命の少女との出会い。そして思いもよらぬ切ない別れ。終盤の胸を締め付けられる展開はホントにお見事。とても完成度作品なので、是非とも多くの方に読んで欲まれて欲しい!
オレンジ文庫の特集ページで第一章無料公開中!
いつの間にか、集英社オレンジ文庫で特集ページが出来ていたので以下リンク。現在、第一章の部分を無料で公開中なので、試し読みしてみたい方はどうぞ。
オリジナル短編『天国へ続く橋』が公開されてた!
全然気づかなかったけど、もう一つのエピローグとして描き下ろし短編の『天国へ続く橋』がウェブ公開されてた!
こちらは「その後」の七緒の物語。物語の時系列的には前日譚なんだけど、七緒的には後日譚になるという、この作品ならではの見せ場と言えるかもしれない。
余命僅かとなり、島へ戻り、最期の日々を過ごす七緒に訪れたささやかな奇跡。途切れてしまったかに見えた想いは、時間を越えて繋がっている。本編でのエピローグへとリンクする、美しい挿話となっている。これ、増刷分からは本編にも追加した方がいいのでは??
オレンジ文庫の公式Twitterアカウントによると、本作はなんと10万部を超えるヒットになっているらしい。凄い!そこまで売れているのか。
10万部突破! 阿部暁子『どこよりも遠い場所にいる君へ』スピンオフがWebマガジンCobaltに登場! 采岐島の夏の終わり、静かな雨音のなかで、七緒がもう一度逢いたいと願うひとは…。『どこよりも遠い場所にいる君へ』を読んだすべての人に捧げる、もうひとつのエピローグ!https://t.co/JqeHtrKzvF pic.twitter.com/Fdwgc3VBrR
— オレンジ文庫@集英社 (@orangebunko) June 14, 2019
ちなみに続編となる『また君と出会う未来のために』が刊行されており、こちらも既に感想をアップ済みである。よろしければこちらもどうぞ。