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『九度目の十八歳を迎えた君と』浅倉秋成 青春時代からの呪いを解く

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浅倉秋成の第五作

2019年刊行作品。『ノワール・レヴナント』『フラッガーの方程式』『失恋覚悟のラウンドアバウト』(文庫化時に『失恋の準備をお願いします』に改題)『教室が、ひとりになるまで』に続く、浅倉秋成(あさくらあきなり)の第五作である。東京創元社のミステリ・フロンティアレーベルからの刊行であった。表紙イラストは瀬戸羽方。

創元推理文庫版は2020年11月に登場。文庫版には若林踏(わかばやしふみ)の解説が収録されている。表紙のイラストは前田ミックが担当。

ミステリ・フロンティア版が出てから二年も経過していない中での文庫化はちょっとタイミング的に早いよね。

九度目の十八歳を迎えた君と (創元推理文庫)

本作を皮切りに、2020年12月に講談社タイガから『失恋の準備をお願いします』、2021年1月にKADOKAWAから『教室が、ひとりになるまで』がそれぞれ文庫化されており、浅倉秋成作品の三か月連続刊行が行われている。この企画と時期を合わせるために、少し早いタイミングでの文庫化を決行したのかもしれない。

また、創元推理文庫入りを記念してか、「ここだけのあとがき」がWebミステリーズに掲載されている。

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★★★(最大★5つ)

おススメの若手作家を開拓したい方。ビターな青春小説を読んでみたい方。人生に疲れて来たけど、ちょっと元気を出したい方におススメ!米澤穂信作品が好きな方にも合いそう。

あらすじ

会社員の間瀬豊は、ある朝、駅のホームで高校時代のクラスメート二和美咲を見かける。しかし彼女は高校生の制服を着たまま。18歳のあの時の姿で再び間瀬の前に現れる。彼女はどうして歳を取らないのか。何故、何度も高校生を繰り返すことが出来るのか。かつての同級生や学校関係者たちを訪ね歩く中で、間瀬は秘められた真相を知ることになる。

ココからネタバレ

歳を取らない女子高生、不思議な世界観

本作のヒロイン二和美咲(ふたわみさき)は高校三年生、18歳を九回繰り返している。美咲は本来であれば27歳になるはずなのに、外見はそのまま。全く年をとっていなかったのである。久しぶりに彼女の姿を目撃した会社員の間瀬豊(まぜゆたか)は衝撃を受け、その理由を探ることになる。

面白いのは、間瀬以外の人間は、美咲の年齢リピート現象を実際に目の当たりにしても、「そういうこともある」といった程度で受け流してしまう点であろう。美咲の同級生にしても「彼女は年齢を患っているから」と、あっさりと異常事態を受け入れている。学校側も事態を認識しているが、制度としては美咲の自主的な留年現象を許容している。事態を問題視しているのは主人公の間瀬だけなのである。

『九度目の十八歳を迎えた君と』では「年齢を患う」ことがある。そういう世界として読む側も受け入れるしかない。なんとも奇妙な作品設定なのである。

素手で黒歴史を掘り返す

社会人としての実績も出来てきて、そろそろ30歳にもなろうかという間瀬が、学生時代最大のトラウマである二和美咲に再会してしまう。間瀬は美咲と直接コミュニケーションを取り、未だ彼女が高校生である理由を尋ねるが、相手は言を左右にして真実を語ってくれない。かくして、間瀬は美咲が高校三年生であり続ける理由を探して、かつての級友や、教師たちを訪ね歩くことになる。

この物語の見どころは、美咲の謎を解くための調査過程が、間瀬の若き日の黒歴史を掘り返すことになっている点である。

間瀬にとって美咲は、高校時代の最愛の少女である。旧校舎系の部活、新聞部と国際交流部。同じ校舎に部室を持ち、美しく溌溂した美咲の姿に間瀬は魅せられていく。純情な非モテ系高校生であった間瀬は、美咲に対して積極的に交流を試みる勇気はない。妄想を募らせ、僅かな会話チャンスに心躍らせる。こうすれば、彼女は僕に注目してくれるはず!と、何故か部室でプラモデルを作り始める間瀬。美咲の同級生に「あの子、きみのことが好きだよ」と囁かれて舞い上がる気持ち。

恋心を募らせた間瀬は、一世一代の覚悟をして美咲へのラブレターをしたためるのだが、その結果は実に苦々しいものになってしまった。

美咲の謎に迫れば迫るほど、かつての自分の痛々しい恋心に向き合わなければならない。届かなかった思いの末路をもう一度見なくてはならない。この展開が、読み手の心に最高に沁みる。ままならない高校生活を送った、全ての非モテ高校生に読んで欲しくなる。間瀬に自分の姿を投影して、古傷が傷んできた読者は多いのではないだろうか。

青春の呪いを解く旅路

ロックスターを志していた真鍋桂子は、駅のCDショップの店員に。画家を志していた気難し気な青年東連太郎は、人当たりのいい市役所職員に。有望なアートの才能を持っていた小田桐茜は不本意な結婚をしてヤンママに。優秀であった中願寺先輩は、不本意な就活を強いられている。

高校時代の夢をかなえたものは一人もいない。ただそれでも、誰もがそれぞれの運命を受け止めて今を生きている。どんなことになろうとも、大人である以上は「ひとまず生きていなくてはならない」。彼らにとっても間瀬との出会いは、封じ込めていた鬱屈を開放し、改めて人生を生きるために必要なことであったのかもしれない。

教頭先生が最高過ぎる

この物語では個性的な登場人物が多数登場するが、もっとも印象的なのは教頭の芦田である。一人部活となっていた新聞部で黙々とプラモデルを作り始める間瀬を黙認するばかりか、話し相手となって孤独な彼の高校生活の救いとなっていく。

高校時代の間瀬は、教頭の存在のありがたみに気付いていない。しかし、美咲に関しての調査を進めていく中で、間瀬は教頭が陰ながら自分のことを助けてくれたことを知る。

教頭、最高の名言がある。

年を取ったと後悔し、やれぬと絶望するのはあまりに容易。大事なのは現状からの跳躍力よ

『九度目の十八歳を迎えた君と』文庫版p170より

どんな位置からでも最善の跳躍を決めることが出来る。

この言葉が、サラリーマン人生にも慣れ、自分の人生がなんとなく見えてきてしまっている、アラサー男、間瀬の心を温かくも激しく突き動かす。

たとえ夢破れても

物語のクライマックスは、真相を知った間瀬が、美咲と対峙するシーンである。

美咲は云う「自分の理想が破綻したのに平気でいられるのか」「誰も夢の完成を見せてくれなかった」「夢がかなわないことを受容したくない」

美咲は不幸な事故に関与したことで自らの時間を止めてしまっていた。しかし彼女が時間を止めていた理由はそれだけではない。かつてのクラスメートたちが成長し、大人になっていく中で、誰もがかつての夢に破れ、輝きを失っても平然と生きているありさまに激しく絶望していたのである。

この言葉を受けての間瀬の万感の思いを載せた「……待ってろ」が、実に印象的である。読む側も間瀬と一緒に深呼吸してしまったほどである。

永苔流転。苔は同じ場所に生え続けてはいけない。いつかは流転していかなくてはいけない。

大事なのは夢が破れることを恐れることじゃない。昔の夢にこだわりつづけることでもない。どんな地点からも、最善の跳躍を決めることだ。

『九度目の十八歳を迎えた君と』文庫版p270より

浅倉秋成はその構成力の巧みさから伏線の狙撃手と呼ばれている。「大事なのは現状からの跳躍力よ」。ここで教頭のあの名言が生きてくる。彩雲のプラモデルが長い年月を経て帰ってくる。真鍋桂子の「見ちゃいけないものがみたい」が流れる。怒涛の伏線回収で、終盤に一気に畳みかけてくる展開が本当に凄い。

死ねねぇ!

中盤くらいまで、青春時代の苦い思い出を掘り起こすばかりの、きつい作品になるのかと思っていた本作だが、終盤に至って本来のテーマ性が浮かび上がってくる。

誰もが現在の場所から最善の跳躍を決めることが出来る

『九度目の十八歳を迎えた君と』文庫版p288より

青春時代の呪いから解放された間瀬の感慨がアツい。過ぎた時を戻すことは出来ないし、時間を止めることも出来ない。誰もが現在の自分を生きることしか出来ない。それでも、現在の自分にとっての最高の自分であり続けることは出来る。生きている限りチャンスはあるのだ。最高の人生讃歌として本作は終わる。

本作は夢見る頃を過ぎた、多くの大人たちに是非読んでいただきたい一冊である。このままでは「死ねねぇ!」そんな気持ちにさせてくれる、力のある作品だ。

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