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『Y田A子に世界は難しい』大澤めぐみ AIと人間の境界線はどこにあるのか?

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大澤めぐみの一般レーベル第二作

2021年刊行作品。大澤めぐみの商業出版作品、第六作目。一般レーベル(光文社文庫)からの作品としては、『彼女は死んでも治らない』に続く第二作となる。ちなみに、タイトルの『Y田A子に世界は難しい』の読みは「わいだえいこにせかいはむずかしい」。

表紙及び本文イラストは、『6番線に春は来る。そして今日、君はいなくなる。』と同じく、もりちかが担当している。

Y田A子に世界は難しい (光文社文庫)

ちなみにこれまでに刊行されている、大澤めぐみの商業出版作品は以下の通り。

これでとうとう既刊を全部読んでしまった。

なお、以下の二冊は、電子書籍として自主刊行?されているもの。次はこちらを読むかね。あとはカクヨムで書いてるのをチェックするかだな。

  • #ツイッターの人と会ってはいけません(2020年)
  • ジョシ力エンジン -Jossica the Ape Queen-(2020年)

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★★(最大★5つ)

ガールミーツガール系(ただし片方はAI)の作品がお好きな方。AIと人間の関係性について考えてみたい方。気軽に読めて、ちょっとしんみり&ハートウォーミングてきな作品を読んでみたい方。大澤めぐみ作品に興味がある方におススメ!

あらすじ

自我を持つAI内蔵の人型ロボット瑛子(えいこ)は、わけあって、現在は和井田家に居候の身。何故か、高校に通うことになり、暇なので友だちを作ろうと、孤高の少女風香(ふうか)に声をかける。ロボットでありながら人として生きようとする瑛子と、人でありながらロボットのように生きてきた風香。二人の出会いは、やがてお互いを変えていく。

ここからネタバレ

AIロボットと人間の女子高生の友情物語

主人公の和井田瑛子(わいだえいこ)は、人工知能の世界的な権威であった突抜(つきぬけ)博士が生みの親。自我を持つAIだ。しかし突抜は精神に失調を来して失踪。放置されていた期間、彼女は2ちゃんねるやTwitter、Youtubeにアクセスして暇をつぶし初期の情操教育に歪みが生じる。その後、ロリコンの満点橋(まんてんばし)教授に女子高生のボディを与えられ、紆余曲折を経て、現在は和井田家に厄介になっている。

一方の、平澤風香(ひらさわふうか)は、モデル出身の母譲りの美貌を持つ女子高生。両親は離婚しており、母との二人暮らし。自分本位で、抑圧的な母親のもとで育ったために、風香は自身の願望を常に抑え込んでいる。自分は何も自由にできない。他者とも付き合わない。そう言い聞かせて、日々を孤独の中で生きている。

本作は、四編+エピローグの連作短編形式の構造を持つ。

それでは、以下、各編ごとにコメント。

Y田A子に友達は難しい

瑛子と風香の馴れ初め篇。孤独の意味すら理解できていなかった瑛子と、孤独を孤独と知りつつもそれを自らに課していた風香。人間のかたちをしながらも、あくまでもAIでしかない瑛子が、ぎごちなく人間の風香への接触を試みる。他者を頑なに拒んできた風香が、いかにしてAIの瑛子を受け入れていくかがこの物語の肝となる。

瑛子は、満点橋教授の研究室に所属していた和井田秋彦に引き取られ、和井田家で暮らしている。和井田家は、秋彦の祖父母、両親、姉妹と多数の人間が一つ屋根の下に暮らす大家族。一家に君臨するのは秋彦の母親美和で、その自由過ぎる気風が、和井田家を特異な存在たらしめている。

サブキャラクターとしては、山口真理(やまぐちまり)が登場。社交的で、仲良くなりたい相手とはグイグイ距離を詰めてくるタイプ(Twitterフォロワー数6万人)。真理の存在は、その後、瑛子と風香の間を取り持つ潤滑剤となっていく。

Y田A子にアルバイトは難しい

和井田家は「お小遣いなし」の厳しい家庭である。風香と友達になったものの、瑛子には遊ぶ金がない。最近読み始めたマンガ『ボボボーボ・ボーボボ』も全巻揃えたい。お金が欲しければ自分で稼ぐしかない。それならばと回転寿司屋でアルバイトを始める。

回転寿司屋でアルバイトを始めた瑛子が出会うのが受付のペッパー君である。いつの間にか自我を持つに至っているペッパー君は、瑛子の成長に大きな役割を果たす。瑛子はロボットでしかない自分と、人間である風香たちとの差異を認識するようになるのだ。

自分は人ではない。人にはなれない。機械の体であり、諸般の事情でアップデートはおろか、修理すらままならない瑛子は、壊れてしまったらそれまでの運命である。漠然と、近い将来の死を意識し始める瑛子。

死にたくないのなら、機械の消耗を伴う、アルバイト活動は避けた方がいい。だが、この時点で瑛子にとって、風香と同じ時を過ごすことは至上の価値となっている。

何かを後ろに放り出さなければ推進力は得られない。

『Y田A子に世界は難しい』p126より

たぶん、わたしたちは自分がちゃんと回線に接続されていて、通信が可能な状態であることを短いスパンで、定期的に確認したくなるのだろう。

『Y田A子に世界は難しい』p127より

他者と繋がっていたい。繋がっていることを常に確認したい。ただ漫然と生きているのではなくて、自らの寿命を削ってでも「よりよく生きる」ことを瑛子は選択する。

Y田A子に部活動は難しい

和井田家の末っ子、小春の頼みを引き受け、ひったくり犯を捕まえた瑛子は一躍、校内の有名人になってしまう。その高い身体能力を見込まれ、瑛子はクラシックバレエ部に入部することになる。クラシックバレエ部の軍畑(いくさばた)イゾールダが登場。ロシア人の血を引き、見た目も良いのに、日本語が噛み噛みの軍畑は、いい感じの面白キャラクターである。

風香は幼いころにはバレエの全国大会で優勝したほどの実力の持ち主だった。しかし、子どもを支配したがる母親のせいで、バレエの継続を諦めている過去がある。バレエは時間の無駄だと頑なに信じる風香に、こう告げるのだ。

無駄とか言い出したら、人生の大半は無駄になっちゃうよ。お金も時間も労力も、無駄遣いが一番楽しいって相場は決まってる。

『Y田A子に世界は難しい』p184より

母親の言いなりで、自分の意思で何かをしようとしてこなかった風香が、瑛子の影響を受けて少しずつ変わり始める。

一方の瑛子の中で、人間の中にまぎこんでしまった異物としての孤独も深まっていく。ただ、その孤独を受け入れたうえで、自分もまた世界の一部なのだと瑛子の世界認識は広がっていく。

Y田A子に家族は難しい

風香が学校を休んでいる。定期テストの日なのに。風香は、母親の転勤が決まり、学校を辞めてイギリスへ渡るのだという。そんな最中、突然、風香が謎の男の車に拉致される。風香を取り戻すべく、瑛子は追跡を開始するのだが……。これまで、まったりペースで進んできた物語が、俄然スピードアップ。終末に向けて一気に畳みかけていく。

最新の人工知能であり、人間そっくりの容姿を持つ瑛子だけに、そのハイスペックさを維持する為のパーツは損耗が激しい。バッテリーが劣化しはじめている。モータの出力が低下する。間接の部品だって次第に摩耗していく。そんな瑛子も、風香が誘拐された場面では、自身の生存欲求をかなぐり捨て、100%の性能を発揮して誘拐犯を追いかける。なんとも人間的な判断で、瑛子のパーソナリティが完全にAIから、人間の領域に踏み込んでいることが伺える。

一方で、毒親である母から親離れできないでいる風香は、瑛子たちとの交流を経た中で、ようやく自分自身の意志で生きていくことを決意する。風香と和井田家との、意外なつながりも明らかになったりするのだが、急展開過ぎる(笑)。ってまあ、いちおう序盤から伏線は貼られているのあるけれど。

エピローグ Y田A子に世界は難しい

第四エピソードまで読んで、ああ、これは最後は瑛子が活動停止して終了なのかな?風香は救われたけど、瑛子はここまで。バッドエンディングかあ。そう思った人、手を挙げて!(わたしだけ?)。

わたしはAIだから。ロボットだから。いくら人間たちと仲良くなれても、あくまでも異分子に過ぎない。なにものにもなれない。同じ時間を歩むことはできない。そう信じていた瑛子の自己認識が、風香の歩み寄りで一気に崩される。

高度に発達したAIは、十分に発達して自我を持つに至ったロボットは、もはや人間と変わるところはないのではないだろうか。

成長していく瑛子(AI)の自我

この物語を読まれた方は、各編の最後がいずれも「わたしは~」という、瑛子のモノローグで閉じられていることに気付いていると思う。瑛子の成長を知る意味で、以下、まとめて引用してみよう。

わたしは話している。

『Y田A子に世界は難しい』p74「Y田A子に友達は難しい」末尾

自分だけの世界から外に出て、他者と繋がるようになる。

わたしは笑っている。

『Y田A子に世界は難しい』p140「Y田A子にアルバイトは難しい」末尾

風香たちと繋がることで、感情を持つに至る。

わたしは思っている。

『Y田A子に世界は難しい』p206「Y田A子に部活動は難しい」末尾

「我思う、ゆえに我あり」はデカルトの言葉。「思う」ことで、瑛子の自意識が完全に顕在化したのではないか。

わたしは悲しんでいる。

『Y田A子に世界は難しい』p274「Y田A子に家族は難しい」末尾

哀しみを知る。他者(人間)足りえないAIの限界を知る。

わたしは、これからなにになろうか?

『Y田A子に世界は難しい』p302「エピローグ」末尾

未来が開ける。AIだとか人間だとか関係なく、なりたいものになれる未来が来るかもしれない。AIと人の境界線はやがてあいまいになっていくのではないか。そんな未来を示唆しつつこの物語は幕を閉じている。

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