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『後宮の烏3』白川紺子 呪詛を受ける者

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※2022/05/06追記 最終巻『後宮の烏7』の感想を書きました。

『後宮の烏3』から地図が入った

2019年刊行作品。『後宮の烏』シリーズの三作目。一作目の『後宮の烏』が2018年4月、二作目の『後宮の烏2』が2018年12月、そして今回の『後宮の烏3』が2019年8月と、きっちり八か月間隔で刊行されている。多数のシリーズを抱えている作家さんなのに、このペースで定期的に作品が出せるのはすごい。

後宮の烏 3 (集英社オレンジ文庫)

この巻についていた帯によるとシリーズ累計で30万部を突破しているらしい。『下鴨アンティーク』で17万部とあるので、それを軽々と越えてきた!作者的にも最大のヒットシリーズになったのではないだろうか?

この巻から、冒頭に「世界図」「霄国地図」「宮城内地図」が追加。より『後宮の烏』の世界が広がり、イメージしやすくなった。

あらすじ

雨の晩になると泊鶴宮の官女の元に訪れる幽鬼。内廷を徘徊する古王朝時代の老僕の亡霊。愛する男の身を案じ、いつまでもその袖を引く手。その生命は終わっても、強い想いは残る。そしてあまりに強い想いは呪いにも転じる。暗躍する宗教組織「八真教」が、寿雪が裡に秘める「烏漣娘娘」の存在を脅かしていく。

物語の裾野を広げる中間巻

前巻『後宮の烏2』で寿雪と、烏漣娘娘の関わりについて急展開があり、次はどうなるの?と読み手のテンションは高まったのだが、本巻では直接的な謎解きはなし。むしろ作品世界の規模が広がって、新たな敵対勢力も登場。物語の裾野は更に広がり、まだまだしばらく続きそう。

このシリーズは、そもそも最初の『後宮の烏』で綺麗にストーリーが完結しており、単巻でも十分に起承転結がついていた。もちろん、作者にも続篇の構想はあったのかもしれないが、これほどまでに人気が出るとは想定外だったのではないだろうか?

結果として、長編シリーズとして継続していくに当たり、伏線や諸設定をきちんと埋め込んでいく必要が出てきた。結果として書かれたのが、今回の第三巻なのではないか?予想するのだが、うがった見方に過ぎるかな。

以下、各編ごとに簡単にコメント

「後宮の烏」シリーズ各巻は四編の短編を収録した連作形式となっている。四つの短編は単独でも読める独立したエピソードだが、繋げて読んでいくと作品世界の構造が、次第に見えてくる。

では、今回も、各エピソードごとにコメントしてみよう。

雨夜の訪い

雨の晩になると現れる幽鬼。泊鶴宮の侍女、紀泉女と、無念の死を遂げた許嫁索巴秀のお話。追剥ぎに襲われ、紀泉女を逃がすために索巴秀は犠牲になる。生き残った者の哀しみと後ろめたさ。信じていたはずの索巴秀の両親が、呪詛の依頼者であったというやるせない結末を迎える。

八真教の教主白雷や、賀州の旧家沙那賣(さなめ)の出である鶴后こと晩霞、など、新しいキャラクターが登場。今後の重要キャラになりそう。世界観的にも卡卡密(かかみ)、伊喀菲(いかひ)島、賀州といった新たな地域について言及され、丁寧に物語の世界を広げてきている印象を受ける。

紀泉女を護るために死んだ索巴秀の姿は、寿雪を護るために死んだ母親の姿に重ねられる。母を見殺しにしたのではないか、あの時一緒に死んでいたほうが良かったのではないか。恨みと悔恨の中で生きてきた寿雪だったが、紀泉女を諭していく中で、母の行為を許せるようになっていく。「思いは移ろいやすく、判じにくいが、とった行動はどれだけ時がたとうと変わらぬ」と。

誰かを助けることで、結果的に寿雪自身も救われる。この原則は「後宮の烏」全編で繰り返し使われるモチーフで、今回も上手く使ってきたなという感じ。

亀の王

内廷に夜な夜な現れる老僕の幽鬼。深い後悔を胸に秘めて主の下へと通うその姿に、寿雪は何を思うのか。霄王朝に先立つこと1,800年。古代杼(ひ)王朝時代の石鼈合子(せきごうのごうす)にまつわる怪異譚。

亀の形をした容器、石鼈合子(漢字難しすぎ!!)は、似たようなものが正倉院に残っているようなのでリンクを貼っておこう。けっこうイメージがつかめるはず。

https://shosoin.kunaicho.go.jp/api/bulletins/23/pdf/0000000036

中書令、雲永徳の権力低下と、その娘婿何明允の躍進。新キャラクター令狐之季、淡海らの登場エピソード。杼王朝時代から続く因縁と、鼈(ごう)の神と、烏漣娘娘の力関係の逆転。丁寧にもういちど読み返したくなる新情報と伏線展開満載の回。寿雪の一族の因縁は根が深そうだ。

この回で、寿雪は薛魚泳の自死を知る。烏妃に害をなす可能性が高かった宵月を後宮に招き入れた魚泳。ひとりで生きて、一人で死んでいった先代の烏后麗娘を慕う魚泳は、その領分を越えて人との交わりを増やしていく寿雪を許せなかった。

自分は憎まれている。しかしそれでも、ひとと交わることで見えてくるものがある。高峻との交流や、数々の体験を経て来た寿雪は、もはや「いま得ているつながりがなければよかったとは思えない」。それは彼女の成長であり、確信なのであろう。

袖を引く手

袖を引く女の手がみえるのです。これからメインキャラクターの仲間入りをしそうな、令狐之季(れいこしき)中心のお話。怪異の正体は早々に判明するが、令狐之季が抱え込んできた恨みと憎しみについて焦点があてられた回。

前回、刺客として登場した宵月(梟)が帝、高峻に傷を負わせた描写があって、これは後々致命傷になっていくのでは?と案じていたところ、実は梟とコミュニケーションを取るための「しるし」になるのだとわかって、ちょっと安心。高峻が操られたり、闇堕ち化したりする前兆なのかと思ってたよ。寿雪は、やはりこのままでは、無事で済まないらしく、梟と高峻の間に意思疎通の手段が出来たことは良い事なのだと思っておきたい。

そして、この回最大のビックリエピソードは衛青出生の秘密だろう。何が何でも帝(高峻)が全ての衛青にとって、寿雪は恋敵とも言える相手である。そのため、衛青はとにかく寿雪に容赦がない。いちおうは主筋だというのに、口論して泣かすほどの大人げなさなのである。それが、実は妹であるかもしれない。この事実が、後々衛青の命を奪いそうな気がするのだけど、考え過ぎかな。

黄昏宝珠

沙那賣家に伝わる黄昏宝珠は、一族の祖がかつて神から奪ったものである。その呪いのため、沙那賣家の末娘は十五歳になると死んでしまう。身代わりを立てて、命を繋いできた残されたものの苦悩。「雨夜の訪い」では少ししか出てこなかった、鶴后(かくひ)晩霞ちゃんのエピソード。

晩霞の父である、沙那賣家当主朝陽が登場。白雷はラスボスになるのかと思ったらわりと、雑魚っぽかったし、朝陽の方が仮想敵になってくるのだろうか。寿雪のピンチに「斯馬盧(すまる)!」と呼ぶとバタバタ飛んでくる星烏がかっこいい。これ、今後の決めパターンになるかもね。

朝陽とその叔父の関係。裏切ったかに思えて、実はそれほどバカではなかった雲永徳。読み手のミスリードを誘っておいて、少し意外な結果に着地させるテクニックは、物語に適度な緊張感を作っていて上手いなと思ったところ。

この巻では全然、出番が無かった少年宦官衣斯哈(いしは)と、八真教の隠娘(いんじょう)阿兪拉(あゆら)の幼馴染設定も明らかになって、これは次巻以降で絡んでくるのかな。

「苦しんで死ね」と思われること

『後宮の烏3』の隠しテーマは「呪詛」であろうと思う。紀泉女に対して、索巴秀の両親がかけた呪詛。麗娘の想いから発した、魚泳の悪意。そして、白雷から向けられた明確な強い呪い。

「苦しんで死ね」と誰かに思われている。それほどの強い恨みを受ける者の辛さは、どれほどのものがあるのだろうか。苦しい想いを抱え込みながら、自身を貶めて生きてきた寿雪は「助けてほしい」の一言が容易には言えない。

自己肯定感低く生きてきた寿雪だが、高峻たちの出会いが彼女を変えてきた。大切な人に大切にされることで、寿雪は自らの価値に気付いていく。生きていて良いのだと気付いていく。どれだけ周囲が助けたくても、当人に助かる気が無ければ助からない。

巻末で高峻が寿雪に告げた言葉は重い。「麗娘が慈しんだそなたを、そなた自身が救ってやれ」。高峻たちと出会う以前、麗娘と二人で暮らしてきたころですら、寿雪は慈しみ愛されてきたのだ。この想いに気付くことで、寿雪はまた一歩前に進むことが出来たはずである。

高峻と寿雪の関係が「友」レベルを超えている件

最後に下世話なツッコミ。激務の最中、僅かな時間でも夜明宮に通う高峻。最初の頃はツンツンしてたけど、最近では甘いモノを出されただけで懐柔されてしまう寿雪。ラストシーンのラブラブな雰囲気を見るまでもなく、どうみてもこの二人「友」の領域を既に踏み越えている気がするのだけど、いかがなものだろうか。

高峻は聖人君子然としているが、大国の帝であり、世継ぎを作らないわけにはいかない立場である。しかも舞台は後宮!他の后と高峻の関係が激しく気になるのは、わたしだけではあるまい?これで、他の后が懐妊、出産!みたいな展開になったら、別の意味で修羅場になりそう。これまで「嫉妬を知らない」とされてきた寿雪が、どんな反応を示すのが、ものすごく気になるのだけど……。

後宮の烏 3 (集英社オレンジ文庫)

後宮の烏 3 (集英社オレンジ文庫)

 

「後宮の烏」シリーズ既刊分の感想はこちらから!

第一巻『後宮の烏』の感想はこちらから。

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第二巻『後宮の烏2』の感想はこちらから。

第四巻『後宮の烏4』の感想はこちら  から。

第五巻『後宮の烏5』の感想はこちら から。

第六巻『後宮の烏6』の感想はこちら から。

最終巻『後宮の烏7』の感想はこちらから。