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『裏世界ピクニック2 果ての浜辺のリゾートナイト』宮澤伊織 ネット怪談好きには堪らない!

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「裏世界ピクニック」シリーズの第二弾

2017年刊行作品。『裏世界ピクニック ふたりの怪異探検ファイル』に続くシリーズ第二弾である。

裏世界ピクニック2 果ての浜辺のリゾートナイト (ハヤカワ文庫JA)

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★(最大★5つ)

ネット怪談好きの方。「きさらぎ駅」「姦姦蛇螺」「須磨海岸にて」「グロブスター」「猫の忍者」「コトリバコ」こうしたキーワードにピンとくる方。ガールミーツガール系の百合作品が好きな方におススメ。

あらすじ

かつて、きさらぎ駅で遭遇しした米軍部隊の救出劇の顛末(きさらぎ駅米軍救出作戦)。沖縄でのんびりビーチリゾートを楽しむはずがとんでもない事態に(果ての浜辺のリゾートナイト)。猫の姿をした忍者が襲ってくる!そう主張する後輩に巻き込まれて……(猫の忍者に襲われる)。そして、遂に現れた裏世界を研究する謎の機関、ダークサイエンス研究会の正体とは(箱の中の小鳥)。

ココからネタバレ

空魚のメンタルがどんどんこじれていく

「裏世界ピクニック」シリーズは、登場人物があまり増えていかないタイプの作品である。この物語では、メインカップルである紙越空魚(かみこしそらを)と、仁科鳥子(にしなとりこ)の関係性をひたすらに突き詰めていく。

幾たびも裏世界での冒険を共にし、絆を深めていく空魚と鳥子。何事にもオープンで社交的な鳥子とは違って、空魚は友人を多くは作ろうとしないキャラクターである。「二人いるんだから」冒険は楽になる。それならばもっと仲間を増やせば良いのではと考える鳥子に対して、空魚は「二人だからいい」と考える。強い独占欲を発揮し、鳥子にかかわるすべての人物に嫉妬心を燃やす空魚のメンタルが、切なくもちょっと怖い。

空魚の鳥子に対する依存が今後どうなっていくのか、本作では重要なポイントとなりそうだ。

では、以下、各エピソードごとにカンタンにコメントしていく。

きさらぎ駅米軍救出作戦

前巻「ステーション・フェブラリー」で、はからずも、裏世界に置き去りにしてしまったアメリカ軍海兵隊を救出すべく、ふたたび現地へ赴く、空魚と鳥子。彼らとの再会を果たしたふたりは、目的を達成することが出来るのか……。

<ザ・ガールズ>爆誕エピソード。なんだかスタンド名みたいな二つ名である。

ステーション・フェブラリーこと、「きさらぎ駅」が再登場である。ネット怪談でも有名な恐怖スポットだ。

ちなみにこのエピソード内で言及される、イスラエル軍の重装甲歩兵戦闘車ナグマホンはこんな感じ。これは人体殺戮性高そう。怖ええ。なんとも禍々しい姿である。

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/2/2a/Nagmachon01.jpg

ナグマホン - Wikipediaより

エントリーポイントに登場する、中ボス姦姦蛇螺(かんかんだら)についてはこちらを参照のこと。三対の腕を持つ蛇女の怪異。

対、姦姦蛇螺あたりから、「他人のことなんてどうでもいい女」「人の心がない女」紙越空魚のヤンキー性、暴力性が、いかんなく発揮されていく。これはかなり引く。おっかねえなあ。

果ての浜辺のリゾートナイト

米軍兵救出後、なぜか沖縄にたどり着いてしまった二人は、ノリと勢いでビーチリゾートを楽しむことに。しかし、またしても裏世界に迷い込んでしまった二人。「果ての浜辺」で束の間の安息の時を過ごす。

水着回である。最近、よしいくぞ!と決意して、ふつうにゲートを通って裏世界に行くよりも、何の準備も、心構えもないうちに、いつの間にか裏世界に着いてるパターンの方が多くない?あちらの世界から呼ばれているのかな?風光明媚の地とはいえ、いつ襲われるかもわからない、裏世界の浜辺でビーチリゾートを楽しめる二人のメンタルがやばい。

このエピソードのテーマソング「アングラ・ピープル・サマー・ホリディ」はこちら。大槻ケンヂ擁するロックバンド特撮(とくさつ)によるもの。陰キャたちのビーチリゾートを歌う。

初対面の怪異にこちらの名前がバレている恐怖。元ネタのネット怪談「須磨海岸にて」はこちらから。対怪異の世界で本名バレしているのは、即座に死の危機に繋がるからこれは怖い。

そして、海岸に漂着する得体のしれないクリーチャーの肉塊「グロブスター」の詳細はこちら。大型魚類や、クジラなどの死骸の一部ではないかと言われている。

猫の忍者に襲われる

紙越空魚は、大学で後輩の瀬戸茜理に声をかけられる。最近、猫の忍者に狙われている……。正気とは思えない相談内容に半信半疑の空魚だったが、やがて猫の忍者の怪異が現実のものとなっていく。

カラテカこと、瀬戸茜理(せとあかり)の登場回である。

大学では極度の非コミュキャラとして生活している、空魚のキョドりっぷりが楽しい。空魚は鳥子との出会いを通じて、小桜ともふつうに会話することが出来るようになった。そしてその次が茜理の存在なのだろうか。電話をかけられるようになるなんて偉い!

このエピソードで紹介されるネット怪談「猫の忍者に狙われてる」のお話はこちら。字面はかわいいが、襲ってくる現実の怪異としてはかなりタチが悪い。

裏世界での冒険行に茜理を巻き込むしかない!と告げる鳥子に対して「共犯者はいや。絶対いや。やめて」「………被害者、ならいい」と返す空魚の業が深い。あくまでも鳥子と対等の存在に位置するのは自分だけでなくてはならないわけだ。

箱の中の小鳥

裏世界を研究する民間機関、DS研究会を訪問した、鳥子、空魚、小桜の三人。そこには裏世界探検者の成れの果てとも言える、廃人たちが収容されていた。閏間冴月の残した謎のノートを読んだ空魚の前に、呪具「コトリバコ」が出現する。

よりにもよって自宅の玄関前にゲートが出来てしまった小桜が可哀そう。個人的にはこの子が一番のお気に入りキャラである。

ちなみに、今後活躍するであろう文明農機たばこ管理作業車AP-1の雄姿はこちら。

裏世界を研究する機関、DS(ダークサイエンス)研究会の汀曜一郎(みぎわよういちろう)が登場。閏間冴月(うるまさつき)がDS研の客員研究員であったことも明かされる。

本エピソードに登場するコトリバコはこんなお話。かなりエグイ。

このお話では、鳥子の側からの空魚に対する罪悪感。「空魚のこと、私だけが独占していいのかな」「私と一緒にいると、空魚の可能性を奪っちゃうんじゃないかなって」が描かれる。鳥子はこの時点では、未だに空魚を「共犯者」ではなく「被害者」として見ていたのではないか。これに対して空魚は「犠牲者扱いしないで欲しい」と告げ、改めて二人の「共犯者」としての関係性が深まっていく。

なお、DS研究会のモデルになったと思しき、大手企業発のオカルト研究については、斎藤貴男の『カルト資本主義』に詳しい。これソニーがモデルのノンフィクションで、1990年代の危うい雰囲気がビンビンに伝わってくる良書である。

『カルト資本主義』については別ブログで感想を書いているので気になる方はチェック!

閏間冴月の存在感が高まってきた

以上、『裏世界ピクニック2 果ての浜辺のリゾートナイト』収録の4つのエピソードについて簡単に感想を書いてみた。

気になるのは、次第に高まってくる閏間冴月の存在感である。

閏間冴月は瀬戸茜理を裏世界へと導くマスコットを託し、裏世界でもたびたび空魚たちの前に登場する。閏間冴月は鳥子のみならず、小桜とも強い信頼関係を築いているようで、空魚としては面白くないところだろう。閏間冴月の正体と、目的が今後の、この物語にとって重要な意味を持ってきそうである。

ファーストコンタクトものなのか?

そして、もう一つ気になるのが、本作における「恐怖」の意味付けである。この物語は数々のネット怪談が登場するが、これらの怪異は見る側の認識に依るところが大きいように思える。「裏世界の存在が私たちの脳内にある恐怖のイメージを読み取って、怪異として姿を現している」のではないかと空魚は推測している。

だとすると怪異の数々は、観測者の脳内に恐怖の対象を「何者か」が具現化させただけなのではないか?恐怖させて、狂わせることで、人類という種に接触しようとしているのではないかと思えるのである。認識が周囲の環境を定義する。狂気に陥ることで人間は裏世界の存在に近づいていく。その背後には、閏間冴月の存在も絡んでいるようで、これからの展開が楽しみなのであった。

「裏世界ピクニック」シリーズの感想はこちらから