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『裏世界ピクニック6 Tは寺生まれのT』宮澤伊織 シリーズ、初の長編作品「劇場版」?


「裏世界ピクニック」シリーズの六作目!

2021年刊行作品。宮澤伊織(みやざわいおり)の人気作、「裏世界ピクニック」シリーズの第六弾にあたる。

裏世界ピクニック6 Tは寺生まれのT (ハヤカワ文庫JA)

既刊の感想はこちらから。

音声朗読のオーディブル版が今回も発売されていて、詳細はこちら。新刊が出てから、だいたい三か月でオーディブル版がでているみたい。さすがは人気シリーズ。

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★(最大★5つ)

「寺生まれのTさん」が気になる方。ネットで伝播する実話系怪談がお好きな方。ちょっと毛色の変わった実話系怪談を知りたい方。「裏世界ピクニック」でたまには長編作品を読んでみたい!と思ってた方におススメ。

あらすじ

埼玉県内の大学に通う、ごくごく普通の女子大生紙越空魚は、ある日突然、金髪ロングの美女と、ヤクザ風の人相の男に拉致される。戸惑いを隠せない空魚に対して、金髪の女は「あなたは記憶を失っている」と告げる。ゼミで出会った謎の存在「寺生まれのTさん」とは何ものなのか?いったい私、どうなっちゃうの……?

ここからネタバレ

空魚が記憶喪失に!

本作冒頭では、いきなり空魚が記憶喪失に!と、強烈な掴みで物語はスタートする。おおよそ空魚(そらお)らしくない、ふつうの女子大生っぽいモノローグ「いったい私、どうなっちゃうの……?」が、なかなかに衝撃的。

シリーズ六作目「Tは寺生まれのT」は、既刊と比べてスタイルが異なる。過去五作は、連作短編の形式を取っていたが、本作は長編作品になっているのだ。一冊まるまるが「Tは寺生まれのT」エピソードとなっている。作者によると「劇場版」を意識して書いた、とのこと。たまにはこういうのも新鮮でいいかな。

怪談破壊者としての「寺生まれのTさん」

本作に登場する「寺生まれのTさん」はこんなエピソード。

怖い話をしているところに、突然、寺生まれのTさんが現れて「破ぁ!!」の掛け声と共に法力で怪異を退け、強引に話を終わらせてしまう。物語としての怪談の構造を根底から覆してしまう存在で、「怪談クラッシャー」とでも言うべきだろうか。

「寺生まれのTさん」については、実話怪談ではなく、創作上のキャラクターであることが判明している。作者の宮澤伊織は、原則として「裏世界ピクニック」シリーズで採用する怪談は実話に限定していたようなのだが、本作に限っては「劇場版」ということで、あえてそのルールを緩めたようだ。

「Tさん」がでてくると、怪異は怪異としての姿を保てなくなる。空魚や鳥子(とりこ)の能力に対しての深刻な脅威であるし、そもそも裏世界の存在すらぶっ壊しかねない。作中のルールを変えてしまうキャラクター(というか現象か)なので、扱いどころが難しい。

って、思ってたらあっけなく茜理(あかり)がぶっ飛ばしちゃったけど(笑)。

意外と押しに弱い空魚

これまでの塩対応にもめげずに懐いてきた茜理を、この巻から、空魚はとうとう本格的に事態に巻き込んでいくことになる。執着している人間(鳥子)以外はどうでもいい。他人への興味がないし、情も湧かない。そんな空魚でも、あからさまな好意をむき出しにして、日常的にグイグイ迫ってこられると意外に弱いみたい。

と言っても、スイッチ入った茜理は、ちょっとヤバい人格入ってて怖い。空魚の能力でおかしくなってしまっている気配があるけど大丈夫なのか。茜理の攻撃能力は怪異に対しても有効なので、無意識のうちに空魚が操ってしまっているような気もするのだけど。

希少な常識人としての小桜

「裏世界ピクニック」のキャラクターで、もっとも恐怖に対しての耐性が低い小桜(こざくら)が、要所要所で、きちんと年長者としての常識力を発揮してくれるのが個人的に好き。ビジュアルとのギャップも良い。ただ、小桜の根底には閏間冴月(うるまさつき)への強い執着があるように思えるので、今後、冴月側に持っていかれる可能性もあるかなと思ってもみたり。

ネタ的に使われがちだけど、小桜のSAN値は限りなくゼロに近いと思う。頻繁に裏世界に連れていかれて、この先大丈夫なのかと心配になってくる。

「怪異」を使った空魚へのアプローチ

気になるのは、空魚に対してアプローチを続けてくる「向こう側」の意図だ。実話系怪談を頻繁にネタにしてくるのは、空魚がそのジャンルについて強い関心を抱いているからだろう。相手が空魚でなければ「向こう側」は別の方法で接触を図ってきたはずだ。

今回は「寺生まれのTさん」を使ったことで、空魚と鳥子の関係性が危機に陥る。執着している人間には異常なまでにこだわりを見せる空魚だから、「Tさん」は暴力的な方法で排除される(空魚はその点、ほんとに残酷なまでに容赦がない)。「Tさん」を使った試みは逆効果だったように見えるのだが、果たしてこの先、「向こう側」どんな手を使って迫ってくるのだろうか。そしてその目的は何なのかが気になる。

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