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『裏世界ピクニック ふたりの怪異探検ファイル』宮澤伊織 ネット怪談×異世界探検のガールミーツガール物語

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宮澤伊織作品がハヤカワ文庫に登場

2017年刊行作品。作者の宮澤伊織(みやざわいおり)は2011年の角川スニーカー文庫『僕の魔剣が、うるさい件について』がデビュー作。エスエフ、ライトノベル系のレーベルでの活躍を主としている作家である。

裏世界ピクニック ふたりの怪異探検ファイル (ハヤカワ文庫JA)

『裏世界ピクニック』は2020年12月までに五巻が上梓されている。コミカライズ版、アニメ化もなされており、宮澤伊織にとっての代表作となっている。

イラストはshirakabaが担当。ハヤカワ文庫にしては珍しく本文中にもイラストが入っている。かなりライトノベル的な造りと言えるだろう。

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★(最大★5つ)

怪談モノ。特にネットを舞台とした怪異。不思議な話、フォークロア系のお話が大好きという方。「SAN値」という用語を見るとテンションが上がる方。ガールミーツガールモノが大好物の方におススメ。

あらすじ

裏世界で死にかけていた紙越空魚は、謎の美女仁科鳥子に命を救われる。二人は裏世界の生命体くねくねを狩ることになるのだが(くねくねハンティング)。謎の男に出会った空魚と鳥子は巨大な女の怪異に遭遇する(八尺様サバイバル)。突如、裏世界に迷い込んだ二人はそこで存在しない駅にたどり着く(ステーション・フェブラリー)。失踪した鳥子を追って空魚は裏世界のとある街にたどり着く(時間、空間、おっさん)。

四編を収録した連作短編集。

ココからネタバレ

ネット怪談×ガールミーツガール

『裏世界ピクニック』には二つの魅力がある。

まず一つは、ネット怪談をテーマとした作品であること。くねくね、八尺様、きさらぎ駅。本作に登場するのは、怪異の系譜としては比較的新しい、ネット世界に住む異形のものたちである。匿名の語り手から紡がれるネットの噂話、は多くの人間に受容されることで、エピソードが変容し次第に得体のしれない化け物へと成長していく。「なんだかよくわからない」存在はとにかく怖いのである。古くは妖怪と呼ばれる存在も、同様の形成過程を経て現在に残ってきているのかもしれない。

そしてもう一つのアピールポイントは。珠玉のガールミーツガール物語である点。主人公の紙越空魚(かみこしそらを)は、地味でコミュニケーション能力が乏しい。自己肯定感も低く、いわゆる「陰キャ」のカテゴリに入る女子大生である。そしてもう一人のヒロイン、仁科鳥子(にしなとりこ)はスタイル抜群、性格も前向きで物怖じしない「陽キャ」タイプの女性である。

一見すると噛み合わなそうな、空魚と鳥子だが不思議とウマが合って、いつしか行動を共にしていく。鳥子は、大切な女性である閏間冴月(うるまさつき)を探すために裏世界を彷徨う。冴月に対して、激しい妬心を燃やしながらも、どうしようもなく鳥子に惹かれていく空魚の姿が切なくも痛々しいのだ。この人物配置はなかなかに絶妙で、二人の関係性がどう変化していくのか。読む側としてはどんどん引き込まれていくのである。

それでは、以下、各エピソードごとにコメント。

くねくねハンティング

ファーストエピソード。裏世界で「くねくね」を目撃したことでステータス異常となり、瀕死の状態になっていた紙越空魚は、仁科鳥子によって助けられる。二人の出会いの物語である。

「くねくね」は2003年頃からネット界で流布されはじめた怪異である。「くねくね」の詳細はWikipedia先生を参照のこと。

見たものの精神状態を狂わせていく。正体を認識することでより発狂度が増していく。いゆわるSAN値(正気度)的な概念が作中に盛り込まれ、『クトゥルフ神話』系のTRPG愛好者としてはワクワクさせられてしまう。

「くねくね」を倒すには相手を正しく認識しなくてはならない。しかしそれは自身の正常さを手放すことになる。空魚は右目を、そして鳥子は左手を、この世のものではない存在に変えられてしまう。この代償が、今後この世界で生きていく上で生きていくのであろう。この先、二人がどれくらいSAN値を保っていられるのかが気になるところである。

八尺様サバイバル

空魚と空魚はコンビを組んで裏世界に挑むようになる。神隠しに遭った妻を探し続ける肋戸(あばらと)との出会い。「八尺様(はっしゃくさま)」との遭遇。未だ、鳥子との距離感がつかめない空魚の想いが暴走し、思わぬ危機を招く。

「八尺様」は身の丈2メートル40センチ(八尺)。白いワンピースを着た女性の怪異である。彼女は気に入った人間を憑り殺してしまう。「八尺様」の詳細はこちらを参照のこと。

小桜から、鳥子と閏間冴月の関係性を知らされ、早くも嫉妬モードに突入し危機に陥る空魚。家族との縁も薄く、友達もなし。空魚は初めてできたであろう友人鳥子に、自分でも驚くほどの執着心を示し始めている。しかし、人付き合いに慣れていない空魚は適切に鳥子との関係を育てていくことが出来ない。疎外感と自己嫌悪でもやもやしている、空魚の心理描写が良いのである。

ステーション・フェブラリー

現実世界から、突然裏世界へと迷い込んでしまった空魚と鳥子。二人は、怪異に怯える米軍兵の集団に遭遇する。彼らが拠点とするのは「きさらぎ駅」。果たして彼らは生き延びることが出来るのか。

ステーション・フェブラリーは云うまでもなく「きさらぎ駅」のこと。ネット怪談の中でもとりわけ有名な場所であろう。「きさらぎ駅」の詳細はWikipedia先生でよろしく。今回はクリーチャーとしての怪異でなく、場としての怪異が取り扱われる。鉄道にまつわる怪異は、恐怖の中にも一抹のノスタルジーが漂う。怖いけれども、ちょっと見てみたい。そんな気持ちにさせられるとりわけ魅力的な存在である。

裏世界に取り残され、SAN値を削られ、発狂寸前の米軍海兵隊に遭遇する。レイ・バルカー少佐、ウィル・ドレイク中尉などの米軍兵たち。そして、怪異としては人面犬(フェイスドッグ)、枝角男(ホーンドマン)、歩く絞首台(ウォーキングギャロゥズ)などが登場する。

空魚の右目と鳥子の左手。裏世界の属性を身体に宿す二人の能力が、戦闘のプロである米兵たちと比較しても抜きんでた力を持つことが明らかにされていく。何よりも、この二人メンタルが強すぎる。こんな場所に取り残されたら、自分だったら瞬時にSAN値削られて発狂していそうである。

時間、空間、おっさん

空魚と仲違いし、単独で裏世界へ向かった鳥子が返ってこない。小桜と共に、その足跡を追う空魚は、意図せず裏世界へと召喚されてしまう。

異世界を彷徨っていると、突然現れて存在を咎めてくる謎のおっさんが「時空のおっさん」と総称される存在である。「時空のおっさん」についてはこちらを参照のこと。

鳥子が失踪してしまったので、初の空魚&小桜ペアが結成。現実界では偉そうなのに、裏世界に来るとビビりまくりの小桜がかわいい。小桜を通して語られる鳥子の過去。鳥子を探す旅路は、空魚にとっては自分の中の醜い嫉妬心と向き合うことでもあった。

さりげなく、空魚の過去についても言及されており、カルトにハマった祖母と父を、自分でも認識していない状態で死に追いやっているヘビーな事実が明らかになる。空魚、この過去は重すぎる。空魚って実は、コミュ障のサブカルオタクというよりは、依存性のサイコパスなのではなかろうか。

続巻もすぐに読む!

以上、宮澤伊織『裏世界ピクニック』第一巻「ふたりの怪異探検ファイル」についてザックリとご紹介させていただいた。ハヤカワ文庫にしては珍しく本文中にもイラストがあり、会話文主体でサクサク読めるので、テイスト的にはかなりライトノベルの範疇に入る作品と言えるかな。続きが気になるので、すぐに続きを読むつもり。

 

なお『裏世界ピクニック』の既刊1~4巻は、アニメ化を記念した限定セールを行っている。電子書籍版は単品で購入しても半額相当になるのだが、以下の合本版は更にお安くなっている超お買い得版(わたしも買った)だ。四冊バラで買えば半額でも合計1,602円するところが、合本版なら1,361円の破格値なのである。

1/17までのセールなので、興味のある方は即確保をおススメ。

単巻で購入するならこちら。

やっぱり紙の本がいい!という方は書店で購入がおススメ。何故ならば、アニメ化記念の限定カバー版が出ているから。こちらは元々のカバーの上から、限定カバーがかかっている。ちゃんと内側にオリジナルカバーがあるのでご安心を。