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『さようならアルルカン/白い少女たち』氷室冴子の初期作品集 幻の四編を初収録

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最初期の氷室冴子作品が読める!

2020年刊行作品。氷室冴子デビューの契機となった「小説ジュニア青春小説新人賞」佳作入選作の「さようならアルルカン」に、初文庫作品『白い少女たち』、更に集英社の若年層向け小説誌「小説ジュニア」(雑誌「Cobalt」の前身)に掲載されながら、いままで書籍化されてこなかった四つの短編を収録した作品集となっている。

さようならアルルカン/白い少女たち 氷室冴子初期作品集

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★(最大★5つ)

最初期の氷室冴子作品。特に今まで書籍化されていなかった幻の四編を読んでみたい方。1970年代の時代感を懐かしく思い返したい方。これを機会に氷室冴子作品を最初から読んでみたいと思った方におススメ。

あらすじ

誇り高き少女の憧れと幻滅、その後の意外な展開(さようならアルルカン)。新しく赴任してきた男性教諭に想いを寄せた女学生の心の変遷(あなたへの挽歌)。物静かな少女が抱えた意外なストレスとは?(おしゃべり)。異性と親友の間で揺れ動く恋心(悲しみ・つづれ織り)。突然部屋に押しかけて来た年下の女の子との関係は?(私と彼女)。失跡した同級生。残されたものたち。それぞれが抱える心の闇を描く(白い少女たち)。計六編を収録した作品集。

ココからネタバレ

以下、各作品ごとにコメント。

さようならアルルカン

初出は「小説ジュニア」1977年9月号。一番最初に書かれた氷室冴子作品である。書籍としては1978年刊行の『さようならアルルカン』に収録されていた。

さようならアルルカン (集英社コバルト文庫)

さようならアルルカン (集英社コバルト文庫)

  • 作者:氷室冴子
  • 発売日: 2014/01/30
  • メディア: Kindle版
 

「さようならアルルカン」については、以前にコバルト文庫版のレビューを書いているのでそちらから引用。

本作は作者が大学3年時に書いた「小説ジュニア(雑誌コバルトの前身)」の公募作品であり、もっとも最初に書かれた氷室作品である。自意識過剰で、周囲に持て余されがちな文化系少女たちの葛藤と矜持を描く。

アルルカン[arlequin]はフランス語で道化(イタリア語だとアルレッキーノ、英語ならハーレクインだ)を意味する。道化師が本来の姿を隠して、他者の笑いを取るために懸命となる有り様を例えたタイトルネーミングだ。

一方的に憧れてきた少女が、周囲に疎まれ教師に持て余されたことをきっかけとして変節する。その変化が許せず、主人公は「さようならアルルカン」と書かれた手紙を送りつける。現在ではなかなか考えられない直截な行為だ。送る方も送る方だが、受け取る方も受け取る方で、自身の道化っぷりをしっかり自覚していたあたり相当に手ごわいお嬢さんである。70年代の誇り高き文化系女子の心情を垣間見ることが出来る、得難い一品と言える。

余談ながら、本作の主人公は、憧れてきた同級生の中学時代の図書カードを密かに手に入れており、彼女が中学時代に読んだ全書籍を、そのあとを追いかけるかのように一冊一冊読み進めていく(ちょっと怖い)。今はどうだか知らないけど、昔の学校の図書カードってプライバシーもへったくれもなくて、誰が何を読んだのかがわかっちゃうんだよね。このシステムを使った小説や映画の名作も多いけど、魅力的な仕組みではあると思う。

『さようならアルルカン』氷室冴子 最初期の短編集 - ネコショカ(猫の書架)より

 更に詳しい補足は元記事をご参照のこと。

ここから先の四編は、今まで文庫化されてこなかった「幻の短編」作品である。書籍化を待ち望んでいた読者は多いはず!

あなたへの挽歌

初出は「小説ジュニア」1978年12月号。

中高一貫の女子校が舞台。主人公の篠原玲子(しのはられいこ)は六年生(高校三年生)で、元生徒会長にして学園一の才媛。新しく赴任してきた男性教諭青山和志(あおやまかずし)との交流が描かれる。「あなた」への呼びかけ形式で進行する、二人称で書かれた作品。この点『さようならアルルカン』収録の「アリスに接吻を」と共通している。

誇り高き主人公が、孤高の存在として憧れていた人物。それが紆余曲折を経て俗世間にまみれていく……。この点では、デビュー作の「さようならアルルカン」と共通する部分の多い作品である。ただ、「さようならアルルカン」の柳沢真琴(やなぎさわまこと)の場合、生きていくための手段としてある程度やむを得ない立場だった。

それに対して、「あなたへの挽歌」の青山和志は、願望が満たされた結果として周囲への迎合を始めてしまう。他人とは仲よくした方がいいし、ましてや青山和志は成功者である。その変化を喜ばしく感じるのが一般的な考え方かもしれないが、氷室冴子作品の主人公視点では、それは悪しき堕落と見做されるのである。

おしゃべり

初出は「小説ジュニア」1979年4月号。

主人公の加納淳子(かのうじゅんこ)は高校二年生。とある理由で神経性胃炎になってしまうが、そのための病院通いで、大学生の林森太郎(はやししんたろう)と知り合い、交際することになる。スポーツマンでイケメンの森太郎は、おしゃべりな女性が苦手。そのため無口で大人しい淳子を大いに気にいるのだが……。

今回収録されている中でもっとも尺の短い作品。短編というよりは掌編といってもいいくらい。淳子はどうして胃炎になってしまったのか。彼女の抱えている悩みはなんなのか。タイトルからして既にオチの想像はつくのだが、本来「おしゃべりたんぽぽ」と呼ばれるほどの話好きが、歯列矯正中であるがために会話を控えていた。本当はおしゃべりなのに、彼氏にバレたらどうしようという葛藤が楽しい。

悲しみ・つづれ織り

初出は「小説ジュニア」1977年12月号。「さようならアルルカン」の次に書かれた、氷室冴子の第二作。

主人公の唯子(ゆいこ)は高校一年生。彼氏のように思っていた同級生の藤林湖(ふじばやしひろし)から突然別れ話を切り出される。しかも、湖が本当に好きだったのは、唯子の親友の姉島花摘(あねしまかつみ)であったことが知らされる。

好きな異性が、中学時代からの親友と実は交際していた。突然衝撃的な事実を告げられた主人公の心理状態を丁寧に綴った一作。

「好きな気持ちに嘘が無かったのなら耐えられる」。傷ついた唯子の心に、姉のかけてくれた言葉が慰めとなる。『クララ白書』の桂木しのぶ、『恋する女たち』の多佳子など、初期の氷室冴子作品では、主人公が妹キャラとして設定されているケースがいくつかある。作者自身が姉を持つ身であったことが、多少なりとも反映されているのではないかと思われる。氷室冴子作品の姉妹は、常に適度な距離感を持って生きているが、いざという時にはさっと助け舟を出してくれる。

私と彼女

初出は「小説ジュニア」1980年6月号。

主人公の江藤聖子(えとうせいこ)は自信満々で受けた美大に何故か不合格。不本意ながら浪人生として独り暮らしを始めた彼女だったが、ある日突然、十五歳の少女愛子(いとこ)が押しかけ、なし崩し的に同棲生活が始まってしまう。

後の『雑居時代』『少女小説家は死なない』に見られる「望まない同居生活」から始まるドタバタコメディの先駆けとなる作品。一見すると「できる女」なのに、根っこの部分ではドジっ子で肝心な場面で失敗するヒロイン造形にも、近しいものを感じる。今回新規収録された四編の中では、いちばん1970代の空気感が出ていて、とても懐かしい感じがする。

白い少女たち

1978年刊行作品。文庫書下ろし。氷室冴子としては最初の長編作品であり、書籍としてもデビュー作である「さようならアルルカン」よりも先に刊行されている。

白い少女たち (集英社コバルト文庫)

白い少女たち (集英社コバルト文庫)

  • 作者:氷室冴子
  • 発売日: 2014/01/30
  • メディア: Kindle版
 

「白い少女たち」についても、以前にコバルト文庫版のレビューを書いているのでそちらから感想を引用。

成績優秀だが、心の中に闇を抱え誰とも打ち解けない孤高の少女倫子。快活明朗で誰ともでも仲良くなれるが、一定の線から先には誰も入れようとしない碧。苦労知らずの優等生瑞穂。三人の少女をメインに物語は進行していく。失踪した少女千佳をめぐり、彼女たちの秘められた過去が明らかになっていく筋立てである。

主人公的な役割を担う香月倫子は、超然とした群れない優等生であり、どことなく『さようならアルルカン』で登場した柳沢真琴や、小田桐さんに似通ったキャラクターであり、氷室冴子的にお気に入りの人物像なのかもしれない。『なぎさボーイ』シリーズの槇修子あたりにも通じるところがあるかな。

幼少時の辛い体験から自分を許すことが出来ず、他者との交わりを避けてきた倫子が、クラスメイト千佳の失跡をきっかけとして、自身の人生を見つめなおし、再び他者と心を通わせるようになっていく。人間には誰にでも運命を呪わずにはいられなくなる時がある。試練を迎えた時に、人はどう立ち向かえばいいのか。「今、生きている」ことの意味を噛みしめることの出来る名作である。

ちなみに、初読時のわたし(15歳)の読書記録を遡ってみたところ、でもこの話「今、生きている」側だから言えることだよねという、ひねくれた感想が残されていた。嫌なガキである(笑)。生存者バイアスだよねというツッコミは当然出てくる話ではある。

氷室冴子『白い少女たち』と昭和50年代のコバルト文庫 - ネコショカ(猫の書架)より

より詳しい感想は元記事をご参照頂きたい。

氷室冴子作品の復刊が進んで欲しい!

以上、新規収録された幻の四編を中心に、『さようならアルルカン/白い少女たち』の感想を書いてみた。

昨年刊行された嵯峨景子の『氷室冴子とその時代』はかなり売れたようだ。

これが契機となったのかは不明だが、本書のような企画本が刊行されるのは、旧来のファンとしては喜ばしい限りである。電子書籍版である程度は入手可能だが、紙の本として考えると「ジャパネスク」シリーズ以外の氷室作品は、現在では入手が難しい状況が続いている。今後更に、氷室冴子作品の復刊が進んでいくことを期待したい。

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