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『なんて素敵にジャパネスク』氷室冴子 累計発行部数800万部超の大ヒット作

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氷室冴子最大のヒット作「ジャパネスク」シリーズ開幕

1984年刊行作品。集英社のジュニア向け小説誌「小説ジュニア」、及び「Cobalt」に掲載されていた作品を、コバルト文庫にて書籍化したもの。全10巻。氷室冴子最大のヒット作。累計発行部数は800万部を越えており、女性向けのライトノベル作品としては屈指の実績を残した金字塔的な作品である。表紙及び本文イラストは、『少女小説家は死なない!』『蕨ヶ丘物語』でも氷室作品を担当した峯村良子が描いている。

『なんて素敵にジャパネスク』

1999年には新装版が登場。こちらのイラストは後藤星(ごとうせい)によるもの。一部改稿が入っている。現在読めるのはこちらの版ではないかと思われる。いまでも大きな書店に行けば置いてあり、ふつうに買えるのが凄いと思う。

わたしのようなオールド世代では峯村良子イラスト版の方が馴染みが深い。だが、後藤星イラスト版も既に刊行から四半世紀を過ぎており、こちらの方が世に出ている期間が長くなってしまっており、「ジャパネスク」といえばこの絵という感は強いかも。

また、氷室冴子の没後になるが、小中学生向けに漢字に総ルビを施した、集英社みらい文庫版が2012年に登場。こちらはオリジナルの1巻と2巻のみが対象となった。イラストは佐嶋真実(さじままこと)。

更に2018年には復刻版が登場。こちらもオリジナルの1巻と2巻のみが対象となっている。表紙イラストはなし。大人になったかつての読者にまた読んでね?といった意図があるのかな?巻末の解説は『伯爵と妖精』シリーズで知られる谷瑞恵(たにみずえ)が書いている。

「なんて素敵にジャパネスク」シリーズ概要

本シリーズの概要は以下の通り。本編8巻、短編集2巻の全10巻構成となっている。

2巻と3巻の間に短編集の「アンコール!」が二作挟まる。3巻以降は、この短編集の内容を踏まえた内容となる。そのため、2巻の読後は短編集二冊を読んでから3巻に入るのがお約束である。

  • 『なんて素敵にジャパネスク』1984年
  • 『なんて素敵にジャパネスク2』1985年
  • 『ジャパネスク・アンコール!』1985年
  • 『続ジャパネスク・アンコール!』1986年
  • 『なんて素敵にジャパネスク3 人妻編』1988年
  • 『なんて素敵にジャパネスク4 不倫編』1989年
  • 『なんて素敵にジャパネスク5 陰謀編』1990年
  • 『なんて素敵にジャパネスク6 後宮編』1990年
  • 『なんて素敵にジャパネスク7 逆襲編』1991年
  • 『なんて素敵にジャパネスク8 炎上編』1991年

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★★(最大★5つ)

平安朝を舞台としたコメディ要素の強いライトノベル作品を読んでみたい方。1980年代のコバルト文庫を代表する、往年の大ヒット作を読んでみたい方。氷室冴子の代表作を読んでみたい方。かつてハマっていてもういちど読んでみたいと思っていた方におススメ!

あらすじ

時は平安。大納言藤原忠宗の娘、瑠璃姫は16歳になりながらも浮いた噂ひとつなく、このまま婚期を逃してしまうのではないかと周囲に心配される毎日。そんなある日、父大納言の手引きで、権少将なる貴族が夜這いをかけてくる。父親は既成事実を先行させ、このままなし崩し的に婿を取らせる強行策に出たのだ。窮地に陥った瑠璃姫が取った意外な選択とは?

ここからネタバレ

『ざ・ちぇんじ!』よりも先にスタートしている

『なんて素敵にジャパネスク』の第1巻となる本作には、以下の三編が収録されている。

  • お約束は初めての接吻(キス)で の巻
  • 初めての夜は恋歌で囁いて の巻
  • 初めての夜よ もう一度 の巻

氷室冴子の平安モノといえば、1983年刊行の『ざ・ちぇんじ!』がある。『なんて素敵にジャパネスク』の1巻は1984年刊行なので、『ざ・ちぇんじ!』の方が先行しているように見えるのだが、実際には「お約束は初めての接吻(キス)で の巻」の雑誌掲載が1981年、「初めての夜は恋歌で囁いて の巻」が1982年と、実は『ざ・ちぇんじ!』よりも先行しているのだ。

嵯峨景子による氷室冴子研究本『氷室冴子とその時代』では、

氷室はこの時期すでに『ざ・ちぇんじ!』を着想しており、平安時代を舞台にしたコメディを手がけるための習作という意図もあって、短編執筆に取り組んだ。

『氷室冴子とその時代』(小鳥遊書房版)p157より

と、指摘されている。

第1巻収録の三編目「初めての夜よ もう一度 の巻」は1984年の文庫化時に書き下ろされた作品であるため、『なんて素敵にジャパネスク』の、二編目と三編目の間に『ざ・ちぇんじ!』が描かれていたことになる。

メタな視点を持つ力のあるヒロインの語り

本作は主人公瑠璃姫の一人称視点で進行する。彼女の語りは躍動感にあふれ、勢いがある。時に暴走し、時に失敗もするのだが、何をやらかすかわからない個性的なキャラクター造形がとにかく見ていて楽しい。

瑠璃姫の語りの特徴は、平安時代ではありえないような現代用語がふんだんに取り入れられている点にある。現代人の思考、メタ的な視点が用意されていることで、遠い平安時代の出来事も身近に感じられる。第三者の視点から客観的に語られるならまだしも、登場人物(しかも主人公)が、現代用語を駆使して一人語りしていくってのは画期的な試みだったと思う。これってバランスとるのが、かなり難しかったんじゃないかと思う。

それでは、以下、各編ごとにコメント。

お約束は初めての接吻(キス)で の巻

初出は集英社のジュニア向け小説誌「小説ジュニア」1981年4月号。

平安時代、貴族女性の結婚は早い。13、4歳で婿を迎えいれてもおかしくない時代に、大納言藤原忠宗の女(むすめ)、瑠璃(るり)姫は16歳になりながらまったく男を寄せ付けず、父の頭を悩ませていた。そんなある晩、瑠璃姫のもとへ、権少将が夜這いをかけてくるのだが……。

40頁にも満たない短編。「なんて素敵にジャパネスク」の記念すべきファーストエピソードだ。登場するキャラクターはこんな感じ。

  • 瑠璃(るり)姫:本作の主人公。大納言家の姫。16歳
  • 藤原高彬(ふじわらたかあきら):右大臣の四男。左衛門佐(さえもんのすけ)。従五位下相当。瑠璃の幼馴染み。15歳。
  • 融(とおる):瑠璃の弟。大納言家の嫡子。15歳
  • 藤原忠宗(ふじわらただむね):大納言。瑠璃、融の父
  • 小萩(こはぎ):瑠璃付きの女房。18歳
  • 権少将(ごんのしょうしょう):先々帝の異母弟、中務卿宮の三男。19歳
  • 吉野君(よしののきみ):瑠璃姫が吉野に住んでいた頃の幼馴染。1~2歳年上。瑠璃姫、初恋の相手。病没

主人公の瑠璃姫は、平安貴族の名家、大納言藤原忠宗卿の女(むすめ)。明朗闊達で、鬼神のような決断力と行動力を持つ驚異の16歳。氷室冴子作品の中でも最強のヒロインといっていいだろう。

作中冒頭で描かれる、吉野君との接吻のエピソード(吉野君は接吻を求めるが、意図が分からない瑠璃姫に対してモノが返される)と、高彬との接吻エピソード(モノをあげると言われるが、差し出した瑠璃姫の手には高彬からの接吻が返される)が、良い対比になっていて、この先の展開を考えると、なんとも味わい深い幕の引き方だと感じた。

初めての夜は恋歌で囁いて の巻

初出は集英社のジュニア向け小説誌「Cobalt」の1982年秋号。

高彬との仲が進展し、ついに婿取りかと覚悟を決めかけた瑠璃姫。しかし、突然、高彬からの音信が途絶えてしまう。そして再浮上する高彬と兵部卿宮の姫、二の姫との縁談話。高彬が二の姫の許へと通う現場に、勇躍、瑠璃姫は乗り込んでいくのだが……。

この巻で登場するキャラクターはこちら。

  • 二の姫:兵部卿宮の姫。都でも評判の美女で和歌の名手でもある。瑠璃姫とは同い年

瑠璃姫は頭に血がのぼりやすく、カッとなると見境のない行動を取ってしまいがち。おかげで「鄙びて一風変わった方」「まともな姫じゃない」「脳の病」と周囲の評判は散々。でも、本来であれば深窓の令嬢であるはずの平安時代のお姫さまが、型破りの活躍を見せるところが「なんて素敵にジャパネスク」の魅力のひとつ。高彬と二の姫との仲がアヤシイと聞きつけるや、即座に牛車(網代車)で現地に乗り付ける豪胆さよ。

また、このシリーズの特徴として、和歌が作中に頻繁に使われている点がある。いろいろ問題のある瑠璃姫だが、和歌の素養はそれなりにあって、殿方から贈られてくる和歌のクオリティにはこだわるタイプ。物語の中でも和歌は効果的に使われていて「平安らしさ」を醸し出している。「ジャパネスク」から和歌に親しんだ方も多いのでは。

初めての夜よ もう一度 の巻

書下ろし作品。

瑠璃姫と高彬との仲が進展し、ついに念願の初夜に!というところで、弟の融が謎の賊徒に襲撃され負傷。犯人探索のため高彬が駆り出され、二人の初夜はお預けになってしまう。このままではいけないと、探索に乗り出した瑠璃姫は、皇位をめぐる大きな陰謀に巻き込まれていく。

この巻で登場するキャラクターはこちら。

  • 藤宮(ふじのみや):先帝の第八皇女。今上帝の異母妹。現東宮の叔母。当時の内大臣に降嫁するも現在は未亡人。20歳
  • 鷹男(たかお):謎の男。19歳
  • 大海入道(おおみのにゅうどう):前左大臣。東宮の廃立を企む

ページ数200頁弱と、ボリューム的に本巻の2/3を占めるメインエピソードである。前二話はドタバタコメディノリだったが、この巻からシリアスな展開も入ってくる。女房に扮し、本格的な潜入調査に乗り出す瑠璃姫。シリーズを通しての重要キャラクターとなる鷹男も登場し、氷室冴子ならではのストーリーテリングの妙味が楽しめる作品となっている。

事件解決にあたって大活躍したおかげで、鷹男こと、現東宮の宗平(むねひら)親王に気に入られてしまい、高彬との初夜チャンスをまたしても逃してしまうオチも綺麗に決まる。シリーズ第一巻の締め方としては申し分のない感じ。いかにも続きがありそうなラストだけど、この時点でシリーズ化の構想は出来ていたのかな。

氷室冴子作品の感想をもっと読む

〇「なんて素敵にジャパネスク」シリーズ

『なんて素敵にジャパネスク』 / 『なんて素敵にジャパネスク2』 / 『ジャパネスク・アンコール!』 / 『続ジャパネスク・アンコール!』 / 『なんて素敵にジャパネスク3 人妻編』 / 『なんて素敵にジャパネスク4 不倫編』 / 『なんて素敵にジャパネスク5 陰謀編』 / 『なんて素敵にジャパネスク6 後宮編』 / 『なんて素敵にジャパネスク7 逆襲編』 / 『なんて素敵にジャパネスク8 炎上編』 

〇その他の小説作品

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〇エッセイ

『いっぱしの女』 / 『冴子の母娘草』/ 『冴子の東京物語』

〇その他

『氷室冴子とその時代(嵯峨景子)』