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『月の影 影の海』小野不由美 「十二国記」エピソード1

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「十二国記」エピソードゼロ『魔性の子』の感想を書いてから、少し時間が空いてしまったが、ようやくシリーズ一作目『月の影 影の海』のレビュー書いたので、改めてご紹介したい。長くなったので目次をつけたよ。

「十二国記」シリーズ最初の作品

1992年刊行作品。累計1,000万部の大ヒット作「十二国記」シリーズの記念すべき一作目である。刊行当初はティーンズ向けのレーベル、講談社X文庫ホワイトハートからの登場であった。

月の影 影の海〈上〉 十二国記 (講談社X文庫―ホワイトハート)

月の影 影の海〈上〉 十二国記 (講談社X文庫―ホワイトハート)

 
月の影 影の海〈下〉 十二国記 (講談社X文庫―ホワイトハート)

月の影 影の海〈下〉 十二国記 (講談社X文庫―ホワイトハート)

 

その後、ホワイトハート版の大ヒットを受け、一般層向けの講談社文庫版が登場した。いくつかのかな表記が漢字表記に改められている。その他、表紙や、作中のイラストが省略されている。また、堺三保による解説が入るのが講談社文庫版ならではの特徴である。

月の影 影の海(上) (講談社文庫)

月の影 影の海(上) (講談社文庫)

 
月の影 影の海(下) (講談社文庫)

月の影 影の海(下) (講談社文庫)

 

そして、シリーズ全体の刊行が講談社から新潮社に移ることになり、2012年に「完全版」が登場した。今回ご紹介するのはこちらである。

月の影  影の海 (上) 十二国記 1 (新潮文庫) 月の影  影の海 (下) 十二国記 1 (新潮文庫)

完全版では、表紙、背表紙のデザインが全巻で統一され、山田章博の表紙、作中イラストも全て描き下ろし新作での登場となった。また、裏表紙には麒麟(きりん)や蠱雕(こちょう)をあしらった、中国殷周時代の青銅器を思わせる絵柄が入り、より十二国記の雰囲気を堪能できる仕掛けとなっている。

また、解説は講談社文庫版の堺三保から、北上次郎に執筆者が替わっている。

あらすじ

突然現れたケイキと名乗る男によって異世界に連れ去られてしまった陽子。一介の女子高生に過ぎなかった彼女を異世界での厳しい試練が待ち受けていた。相次ぐ魔物の襲来。信じていた人々からの裏切り。生き延びることと引替えに次第に心を荒ませていく陽子。何故陽子はこの世界へ召喚されたのか。真実が明らかにされるとき、本当の物語が動きはじめる。

「十二国記」の世界へようこそ

シリーズ一作目ということもあり、本作では「十二国記」世界の紹介、導入編、ガイドブック的な側面が強い。突如異世界に召喚されてしまった陽子の目を通して、読者もまた、特異な「十二国記」の世界に初めて触れていくのである。

幾何学的に配置された十二の国。人は里木から生まれ、獣の体を持つ半獣という存在と共存している。麒麟は王を選び、王は国を統べる。王となった者は不老不死の肉体を手に入れる。王が善政を行えば国は栄え、王が悪政を敷けば国は衰え、麒麟も病み、王自身も道を失う。緻密に形作られた独特の王位継承システムは、このシリーズの根幹をなす仕組みである。

実際には、本作を読んだだけでは、この世界の全貌はまったくわからないのだが、最初に見せる情報としては、これでも十分過ぎる分量なのではないかと思われる。

王道の成長物語

試練に直面した時に人はどう生きるべきか。

これが「十二国記」シリーズ全編を貫く骨太の大テーマである。主人公の中嶋陽子は、常日頃から自分を表に出すことを抑え、他人の顔色ばかりを気にして「よい子」を演じてきた。陽子は誰とも当たり障りなく話すことができるが、誰とも友達になることはない。しかし異世界に突然放り出され、自分のこれまでの生き方が、生きていく上では何の役にも立たないことに気付かされる。

しかし考えてみてほしい。実際の日常生活で、自分を偽らずに生きている人間がどれだけいるだろうか。本当の気持ちを抑え、他人に迎合し、周囲の空気を懸命に読みながら生きている方が大多数なのではないだろうか。

読者はいつしか、陽子の懸命に生きる姿に感情移入していく。それは、多くの人間にとって、日ごろから感じている後ろめたさ、引け目を陽子の姿を通じて、指摘されていくからなのだろう。陽子の存在を読み手は自分に置き換えて、果たして自分はどうなのかと自問させられるのである。

陽子はどうして立ち直れたのか?

もしもの話だが、景麒が大過なく陽子を慶国に連れて来れたとしても、きっと陽子は王の務めを果たすことはできなかったと思われ、遠からず失道していたのではないだろうか。覚悟の無いものに大任を与えてもそれを全うすることはできないのだから。

上巻は中嶋陽子残酷物語とでも呼ぶしかないような過酷な展開が続く。しかし、下巻に入り楽俊が登場すると途端に物語のトーンが柔らかくなる。楽俊はそのソフトな外観も相まって、本シリーズ屈指の癒しキャラだが、一通りの艱難辛苦を終えた後に登場しているのが興味深い。

楽俊登場以前に、すでに陽子は「味方も生きる場所も無いが生きていく」強さを求め始めている。この陽子の強さはどこから来ているのだろうか。王だから?

陽子は卑怯で怠惰な生き方をしてきたいい子を演じてきた、それを翻すきっかけになったのは何なのか。達姐や松山誠三との交流とそのしっぺ返しは、これまでの彼女の生き方故の罰なのだろう。つまり、いい子を演じて、深入りしない、顔色だけを読んでおどおどして生きている。それゆえに痛い目を見る。自分で生きようとしないものは、生きようとしない報いを受けるのだ。

それなら、せめて自分で生きてみようと思う。人を信じてみようと思う。「胸を張って生きることができるように、強くなりたい」と願い、蒼猿の首を切り捨てるシーンは、本作屈指の名シーンであろう。久しぶりに読んでみたかが、このあたりの構成は舌を巻くほどに上手い。

意外な真相による物語構造の大転換

陽子こそが慶国の王であり、景麒の主であった。終盤に意外な真相が明かされ、それまでの物語構造がひっくり返される。『魔性の子』や『東亰異聞』、その後の『屍鬼』などでも多用される、小野不由美の常套パターンだが、本作でもそれが見事にハマり、楽俊との再会後の劇的な展開はジェットコースター的なスピード感である。それまでの運命が過酷なものであっただけに、このどんでん返しは心地が良い。

ラストシーン。冒頭の強いられて言わされた「許す」とは明らかに違う、確信に満ちた「許す」が読み手にもたらしてくれるカタルシスは計り知れないものがある。大きな物語の幕がここで初めて上がるわけだ。

もっとも、陽子の物語は始まったばかり。慶国には未だ偽王が立ち、叛乱軍の火の手も収まっていない。その前途にはまだまだ多くの難題が山積みになっているのだが、それはまた別の作品で。早く続きを読まないと!

月の影  影の海 (上) 十二国記 1 (新潮文庫)

月の影 影の海 (上) 十二国記 1 (新潮文庫)

 
月の影  影の海 (下) 十二国記 1 (新潮文庫)

月の影 影の海 (下) 十二国記 1 (新潮文庫)

 

アニメ版はかなり違う

2002年に「十二国記」のアニメ版がNHK-BS枠にて放映されている。

全45話の長大なシリーズで、『月の影 影の海』含む、『風の海 迷宮の岸』『東の海神 西の滄海』『風の万里 黎明の空』の計四作分のエピソードが収録されている。

『月の影 影の海』については第1話~第14話までが該当分となる。

原作とアニメ版との主な違いは以下の通り。

※アニメ版もネタバレ全開なので注意!

1)十二国に渡るのが、陽子だけではない

最大の改変ポイントはここだろう。

陽子以外に、杉本優香と浅野郁也が巻き込まれる形で十二国世界に海客としてやってくる。最初から三人も居るので序盤の展開は結構違う。

杉本優香は、原作では苛められっ子として登場したが、アニメ版ではほぼ別のキャラクターであり、活躍度も高い。

現実世界で虐められてきた杉本にとっては、十二国の世界こそが自分のための理想の世界に思えた。しかし、現実として王として選ばれたのは陽子であり、杉本は終始「選ばれなかった者」の苦悩に向き合うことになる。

この点『魔性の子』の広瀬がもし、この世界に渡っていたらという「if」のアンサーになっているように思え興味深い。

また浅野郁也は陽子の幼馴染でありながら、杉本の彼氏でもあるという設定になっている。第5話で、襲撃された陽子の巻き添えとなり川に落ち行方不明になる。

2)延国主従が序盤から登場している

延麒は第1話から、延王は第3話から登場。原作に比べるとかなり登場が早い。延麒は行方不明の泰麒(あちら側視点で)を捜索していたり、荒廃が進む慶国の偵察に訪れたりしている。他エピソードでの出番も多い延国主従だけに、早めに顔見せしておきたかったのだろう。

なお『東の海神 西の滄海』相当のエピソードはアニメ版では第41話~第45話が相当しているのだが、先行して第11話で、『東の海神 西の滄海』の延国主従馴れ初め話が、ほぼ1話分を使って描かれている。

3)塙王の出番がメチャメチャ増える

アニメシリーズともなると、明確な敵の存在は必須のようで、塙王(そして塙麟も)の出番が多くなっている。陽子との一騎打ちのシーンまであるんだぜ!

しかしながら、一国の王でありながら、動かせる戦力が塙麟と海客の杉本だけってのは、どれだけ人望ないんだよというツッコミは免れないところである。まあ、それだから国も衰えるわけだけど。

4)細々としたストーリー補完がある

景麒が塙王の罠にハマり捕えられ、塙麟によってツノの力を封じられるシーンがある。偽王舒栄との戦いもちょっとだけシーンが追加。陽子の衣服には返り血が付着しており、実際に人を斬っているのであろうことが伺える。こういうのは良い補完エピソードと言える。

蓬莱帰還後の杉本が、高里要に出会うシーンは完全にオリジナルエピソード。『月の影 影の海』と『風の海 迷宮の岸』の物語を繋ぐ役割を果たしている。

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十二国記 Blu-ray BOX 1 「月の影 影の海」

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小野不由美作品の感想はこちらから!

〇十二国記シリーズ

『魔性の子』 / 『月の影 影の海』 / 『風の海 迷宮の岸』 / 『東の海神 西の滄海』 / 『風の万里 黎明の空』 / 『図南の翼』 / 『黄昏の岸 暁の天』 / 『華胥の幽夢』 / 『丕緒の鳥』  / 『白銀の墟 玄の月』

「十二国記」最新刊『白銀の墟 玄の月』を報道はどう伝えたか  / 『「十二国記」30周年記念ガイドブック』

〇ゴーストハント(悪霊)シリーズ

『ゴーストハント1 旧校舎怪談(悪霊がいっぱい!?)』 / 『ゴーストハント2 人形の檻(悪霊がホントにいっぱい!)』 / 『ゴーストハント3 乙女ノ祈リ(悪霊がいっぱいで眠れない)』 / 『ゴーストハント4 死霊遊戯(悪霊はひとりぼっち)』 / 『ゴーストハント5 鮮血の迷宮(悪霊になりたくない!)』『ゴーストハント6 海からくるもの(悪霊と呼ばないで)』 / 『ゴーストハント7 扉を開けて(悪霊だってヘイキ!)』 / 『ゴーストハント読本』

〇その他

『悪霊なんかこわくない』 / 『くらのかみ』 / 『黒祠の島』 / 『残穢』