新作が出るまでに、「十二国記」の既刊を全て再読してしまうつもりだったけど、とうとう新刊『白銀の墟 玄の月』が出てしまった……。
ともあれ、既刊を全て再読するまで新刊はお預け。本日は、「十二国記」のエピソード4『風の万里 黎明の空』をご紹介しよう。
「十二国記」シリーズの第四作
『風の万里 黎明の空』は1994年刊行作品。『月の影 影の海』『風の海 迷宮の岸』『東の海神 西の滄海』に続く「十二国記」シリーズの四作目となる。
最初は、講談社のライトノベルレーベル、講談社X文庫ホワイトハートシリーズからの登場であった。
風の万里 黎明の空〈上〉十二国記 (講談社X文庫―ホワイトハート)
- 作者: 小野不由美,山田章博
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風の万里 黎明の空(下) 十二国記 (講談社X文庫―ホワイトハート)
- 作者: 小野不由美,山田章博
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その後、2000年に一般層向けに表紙絵、挿絵をカットした講談社文庫版が登場している。
そして、「十二国記」全体の刊行が新潮社に移行することになり、2013年に完全版『風の万里 黎明の空』が新潮文庫よりリリースされた。この際に、表紙及び、作中の挿絵は全て、新規書き下ろしとなっている。
あらすじ
景王として登極を果たしながらも官吏や諸将に侮られ思うに任せぬ陽子。海客として流され言葉も通じぬ異世界で辛吟を重ねる鈴。王の娘として生まれながらその地位を失い一介の平民に身を落とされた祥瓊。それぞれの道を歩んできた三人の少女の軌跡が交わる。慶国和州に不穏の動きあり。少女たちそれぞれの戦いが始まる。
鈴と祥瓊、二人の新ヒロイン
『風の万里 黎明の空』は『月の影 影の海』以来の陽子メイン、慶国を中心とした物語である。成長物語の続篇では王道の形式だが、既刊で既に一定の成長を遂げてしまった主人公に加えて、新たな「未熟な者」が配されるパターンがある。
今回は鈴と祥瓊、二人の新しいヒロインが登場する。海客として明治時代の日本からこの世界に流され、見知らぬ土地で言葉もわからず辛酸を舐める鈴。そして芳国の公主として生まれながらも、両親を殺され仙籍を解かれ屈辱の日々を過ごす祥瓊である。
彼女たちの精神は不幸な環境、生い立ちの中で生きてきたが故に大きく歪んだものになっている。自己憐憫の迷宮を彷徨ってきた二人は、さまざまな出来事を体験し、多くの人に出会う。そしてこれまでの価値観に疑問を抱くようになり、次第に人間として成長を遂げていくのである。
あなたは希望のすべてなのだ
そしてもちろん陽子もまた、依然として成長の過程にいる。迷いの中にいる。悩める新王、陽子。新王として登極しながらも「また女王」かと官にも軍にも侮られ思うような政をおこなうことが出来ない。
ただ、陽子の美点は「おのれと戦うことを知っている」ことであろう。何もできずに宮中で悩んでいるよりは、現場に出て学ぼうとする。世の人々の声を聴こうとする。これまでの艱難辛苦がここで生きてきているわけだ。
本作中では描かれていないが、偽王・舒栄(じょえい)との戦いの中で、陽子は人間を斬っている。玉座は血で贖うのもの。王としての覚悟が既に出来上がっているのだ。『月の影 影の海』初期の頃の打ちひしがれた状態から、よくぞここまで立ち直ったと、シリーズを通してその姿を見てきた読者としては胸が熱くなってくるのである。
三人の軌跡が交わるとき
上巻を読んでいた時点では、鬱屈した想いを抱えて生きてきた鈴と祥瓊が、陽子に出会いその呪縛から解き放たれる物語なのかと思っていた。しかし意外にも、鈴は清秀に、祥瓊は楽俊との出会いによって、陽子と出会う以前に自らの過ちに気付いている。
自分の中にある弱さと戦い、それを克服しようとしてきた三人の少女。その苦悩の過程を見て来ただけに、彼女たちの軌跡が交わり、和州叛乱でひとつになっていく過程を見届ける読者のカタルシスは計り知れないものがある。
王でありながら自身の軍すら動かすことが出来ない。苦悩する陽子の背中を、苦労を重ねて来たふたりの少女が後押しするのである。
「州師を迎え討って、呀峰(がほう)を引きずりおろすのよ」
このセリフからあとは、読者にとってご褒美のような王道展開が待っている。
対峙すべきは裡(うち)なる自分
これまでの作品でもそうだったが、「十二国記」シリーズでは敵となる対象が明確に表に出てこない。前作での敵であった偽王・舒栄、今回の主要敵となる呀峰や昇紘(しょうこう)、ラスボス的な存在である冢宰(ちょうさい)の靖共(せいきょう)の存在は、それほど多くは描かれないのだ。
戦記モノ的な物語であれば、通常、主人公は最後にラスボスに直接対峙して勝利を得る。しかし本作ではその形式を取らない。何故だろうか?
戦うべきは外部の敵ではなく、おのれ自身の心なのであると作者は考えているのだろう。「十二国記」シリーズでは、自分自身の中にある迷いや悩みといかにして向き合い、それをどう乗り越えていくかに主眼が置かれている。そこが、メインテーマである「苦難の中で人はいかに生きるか」につながっていくのであろう。人を苦しめているのは外部の敵ではなく、常に自分自身なのだと。
采王・黄姑は云う。
「人が幸せなのは、その人が恵まれているからでなく、ただその人の心のありようが幸せだからなのです。」
この一言に作者が「十二国記」シリーズで問いかけたい、本質的な想いが込められているのではないだろうか。
拡がる「十二国記」の世界
これまでの「十二国記」シリーズでは陽子が王となった慶国、楽俊の出身国である巧国、尚隆や六太の居る雁国、そして泰麒が居た戴と主に四カ国を中心に物語が展開されてきた。今回ではそれらに加えて、鈴の流された才国、祥瓊の出身である芳国、供王が治める恭国が登場し、更にその物語の世界が拡がっている。
これで登場する国がようやく半分を超えたわけだが、まだまだ未登場の国は多い。十二国中、もっとも安定した治世を誇るという奏や、傾き始めているという柳。これらの国にはどんな王や麒麟が居るのか。想像するだけでワクワクしてくる。本当に実に魅力的な世界観を持った物語なのだと思う。次巻以降も読むのが楽しみなのである。
アニメ版の違い
2002年から2003年にかけてNHKで放映された、アニメ版『十二国記』では第23話から第39話までの17話が、『風の万里 黎明の空』相当のエピソードとなっている。
終盤、陽子が禁軍の前に立ちふさがるシーン、ラストの初勅のシーンは是非とも映像で見て頂きたい名場面である。
原作とアニメ版との主な違いは以下の通り。
1)浅野くんの出番がけっこうある
原作小説しか読んでいない方は「浅野?誰??」という感じだと思うが、アニメ版では、陽子の巻き添えを食う形で、同級生の杉本優香(すぎもと ゆか)、浅野郁也(あさのいくや)も同時に十二国世界へ海客として流される。
杉本優香は『月の影 影の海』エピソードの終了に伴い蓬莱に戻っているのだが、浅野郁也は第5話で行方不明になってしまっており、第27話から再登場し、鈴と清秀に同行することになる。
浅野郁也の存在は、物語の本筋に大きな影響を与えることはないのだが、陽子の初勅である「伏礼の廃止」を決意させる要因の一つとなる。
2)昇紘がちょっと格好いい
原作の昇紘(しょうこう)は肥満体の酷吏として登場するが、その人間性はあまり描写されなかった。
アニメ版では通常体形の精悍な人物として登場し、天の理への挑戦として、意識的に悪行をなす特異なキャラクターとして描かれている。そのため、王である陽子が目の前に現れた時「天の理は存在した」と感嘆し、呆気なく投降する潔さを見せている。
慶国の三悪主従である、靖共(せいきょう)、呀峰(がほう)、昇紘の中では、特にキャラクターが立っており、アニメ版で一番印象の変わった人物といえる。
3)アニメ版由来の名セリフ「心に鞘はいらない」が生まれる
達王が作った水禺刀に鞘を与えたのはかつての遠甫である(とされている)。その後失われた水禺刀の鞘を、再度作り直そうとした申し出た遠甫に対して、陽子の返答が以下である。
時に私の思うままにならず、見るのが辛いものを見せる。
それは私の心なのです。
心に鞘はいらない。
水禺刀が見せる幻は、持ち主である自分の心なのであるから、それを見ないわけにはいかない。封じる必要はないのだと……。
あまりにいい台詞で、小説版からあったかのような印象があるのだが、これ、実はアニメ版オリジナルのセリフなのである。
『風の万里 黎明の空』は陽子の物語としては完結編に相当する。それだけに『月の影 影の海』以来、陽子を苦しめてきた水禺刀の幻(アニメ版は登場頻度が多い)をあえて受け入れて見せ、陽子の成長を示すのは物語の締めとしては実に上手い。
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小野不由美作品の感想はこちらから!
〇十二国記シリーズ
『魔性の子』 / 『月の影 影の海』 / 『風の海 迷宮の岸』 / 『東の海神 西の滄海』 / 『風の万里 黎明の空』 / 『図南の翼』 / 『黄昏の岸 暁の天』 / 『華胥の幽夢』 / 『丕緒の鳥』 / 『白銀の墟 玄の月』
「十二国記」最新刊『白銀の墟 玄の月』を報道はどう伝えたか / 『「十二国記」30周年記念ガイドブック』
〇ゴーストハント(悪霊)シリーズ
『ゴーストハント1 旧校舎怪談(悪霊がいっぱい!?)』 / 『ゴーストハント2 人形の檻(悪霊がホントにいっぱい!)』 / 『ゴーストハント3 乙女ノ祈リ(悪霊がいっぱいで眠れない)』 / 『ゴーストハント4 死霊遊戯(悪霊はひとりぼっち)』 / 『ゴーストハント5 鮮血の迷宮(悪霊になりたくない!)』 / 『ゴーストハント6 海からくるもの(悪霊と呼ばないで)』 / 『ゴーストハント7 扉を開けて(悪霊だってヘイキ!)』 / 『ゴーストハント読本』
〇その他
『悪霊なんかこわくない』 / 『くらのかみ』 / 『黒祠の島』 / 『残穢』