図書委員シリーズの二作目
2022年刊行作品。タイトルの『栞と嘘の季節』の読みは「しおりとうそのきせつ」。作者の米澤穂信(よねざわほのぶ)としては、『黒牢城』で第166回直木三十五賞を受賞した後の第一作でもある。
「図書委員」シリーズは、東京郊外の高校で、図書委員をしている二人の男子高校生、堀川次郎(ほりかわじろう)と、松倉詩門(まつくらしもん)の活躍を描いた青春ミステリだ。
『栞と嘘の季節』は、2018年刊行の『本と鍵の季節』に続くシリーズの二作目となる。『栞と嘘の季節』の帯によると25万部も売れているらしい。時間軸的には前作から二か月が経過している。ミステリの内容としては、単独で読んでも支障が無いように書かれているが、堀川と松倉の関係性をより深く理解するには、前作『本と鍵の季節』から先に読むことを強くお勧めする。
直木賞作家の受賞後第一作だけあってか、メディアの紹介記事もけっこうあった。
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おススメ度、こんな方におススメ!
おすすめ度:★★★★(最大★5つ)
学校、特に高校の図書室を舞台としたミステリ作品を読んでみたい方。男子高生同士のバディもの、つかず離れずの友情もの作品がお好きな方。前作『本と鍵の季節』を読んで、その後の堀川と松倉がどうなった気になって仕方がない方におススメ。
あらすじ
返却された図書室の書籍に挟まれていた一枚の栞。美しい押し花のその栞には、猛毒であるトリカブトの花が用いられていた。栞の持ち主は誰なのか。図書委員の堀川と松倉は独自の調査を開始するが、やがて校内の花壇でトリカブトが育てられていたことを知る。二人の目の前で証拠品を隠滅する、校内一の美女、瀬野麗。彼女はどこまで事件に関与しているのか……。
ここからネタバレ(前作『本と鍵の季節』のネタバレも含むので注意!)。
みんな嘘をついている
校内で人を殺せる猛毒、トリカブトを使った栞が発見される。ちなみに栞が挟まれていたのはウンベルト・エーコの超名作歴史ミステリ『薔薇の名前(下)』。壮絶なまでの蘊蓄と衒学趣味に圧倒される名作で、東谷理奈(ひがしやりな)みたいな高校生が背伸びして読みたくなる本かも(わたしも同じくらいの年で読んだ)。
そして、トリカブトのビジュアルはこんな感じ。確かに押し花にしたくなる綺麗な花だと思う。
おっと、いきなり話が逸れた。トリカブトの栞が出てきたあたりまでは、ちょっと物騒だねで済みそうなお話。だが、実際に校内で毒物を使ったと思われる事件が発生したことで事態は深刻度を増していく。
堀川と松倉はそれぞれに事情があって、トリカブトの栞事件の謎を調査することになる。その過程で、ふたりは同じ学年の瀬野麗(せのうらら)が事件に関与していることを知る。明らかに事件に深く関与しているはずなのに、瀬野は容易には情報を開示しない。
堀川、松倉、瀬野。三人にはそれぞれに意図があって、お互いに手札のすべては見せずに、物語は進行していく。この三人に限らず、本作に登場するキャラクタは、東谷理奈、岡地恵(おかちめぐみ)、植田登(うえだのぼる)、和泉乃々花(いずみののか)らも、多かれ少なかれ何らかの「嘘」をついている。このあたりが作品をややこしくも、重層的なものにしている。
孤高のヒロイン瀬野麗
本作のヒロイン瀬野麗は、名前だけではあるが前作『本と鍵の季節』で言及されている。
瀬野というのは、うちの学校でも名にし負う美女だ。性格が悪いという噂は聞いたことがあるが、口をきいたこともない。
(中略)
瀬野の話は、靴下の模様が校則に反していると言われて、なにも言わずにそれを脱いでその場でゴミ箱にたたき込んだという武勇伝だった。
単行本版『本と鍵の季節』p81より
ふつう作中に登場しないキャラクターの固有名詞が登場するの稀なので、米澤穂信的には、いずれ瀬野麗を本格的に登場させる構想があったのかもしれない。
まだ高校生なのに美少女ではなく美女と称される。強そうな美人。麗という名前は、たいていの人間であれば、名前負けしてしまいそうなネーミングだが、瀬野麗は違う。見た瞬間に芸能人かと見まがうほどの美貌と、そして他を圧してやまない意志の力と存在感を持っている。
瀬野麗は、持って生まれた美しさゆえに、人知れずやってきた努力を周囲に認めてもらえない。綺麗だから、美人だからと評価されるが、その本質は見てもらえない。そんな悩みを抱えたキャラクターとして描かれる。
なお、作中で言及されているスティーヴン・ミルハウザーの「夜の姉妹団」は、第三短編集である『ナイフ投げ師』に収録されているので興味のある方はどうぞ。
お互いのテリトリーに踏み込まない
図書委員シリーズで顕著なのが、主要キャラクターたち相互の距離の取り方だろう。堀川と松倉は親友といっていいほどに気が合うし、お互いを認め信頼している。それでも、必要以上にプライバシーには踏み込まない。二人は、一緒に帰ったこともないし、休日を共に過ごすことも無い。堀川は松倉がどこに住んでいるのかを知ろうとしないし、どうして寒い冬にコートを着ないのかを疑問に思いながらも尋ねようとはしない。それはプライドの高い松倉の生育環境やコンプレックスに触れる部分だからと、堀川が尊重しているからだ。
過酷な状況の中で、中学校時代に、生きるための武器としてトリカブトの栞を作った瀬野麗と櫛塚奈々美(くしづかななみ)が、その後は、物理的な距離を取り、関係を遮断しているのも意味深長だ。彼ら、彼女らは決してお互いの深い領域に入り込もうとしないし、相互依存の関係に陥るのを注意深く忌避しているようにすら見える。
校内一の美女が、これほどまでに深刻な事態に陥っているのに、事件後の堀川が「瀬野が、残りの栞を焼いていく物語はそれはまた別の物語」と言えてしまうのは、相当に凄い。ふつうは後処理も助けるのでは?とツッコみたくもなるのだが、これが米澤穂信作品「らしさ」というところだろうか。ってまあ、堀川は、松倉以外は眼中にないのかもしれないけど。
その後の堀川と松倉を知りたいあなたに
『本と鍵の季節』を読んできた方であれば、気になるのはその後の堀川と松倉だ。父親が犯罪者となった松倉家は生活に困窮している。だが、松倉は父親が犯罪で残した隠し金(お守り)の存在を知っている。生きていくためとはいえ、後ろ暗い金を使うのか。使わないのか。松倉の選択がどうなったのかは前作では描かれなかった。
堀川は松倉のその後をずっと気にかけてきたが、彼のプライドを慮ってその内面には踏み込めないでいた。
「割のいいバイトを始めていたんだな」
何の話かわからなかったらしく、松倉はしばし戸惑っていた。やがてその顔に、皮肉な笑みが浮かぶ。
「ああ。金がいるからな」
それだけで十分だった。松倉が欲した「お守り」がどうなったのか、それがわかった。
『栞と嘘の季節』p268~269より
松倉は堀川の説得を受け入れて「お守り」を使わなかったのだ。この後の、グータッチが、この作品のハイライトシーンであるかと思え、読者的には「ヒロインなのに、瀬野さんごめん」と思ってしまったりもするのだった。図書委員シリーズは、あくまでも堀川と松倉の物語なのである。
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『さよなら妖精(新装版)』/『犬はどこだ』/『ボトルネック』/『リカーシブル』 / 『満願』 /『儚い羊たちの祝宴』 / 『追想五断章』 / 『インシテミル』 / 『Iの悲劇』 / 『黒牢城』