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『儚い羊たちの祝宴』米澤穂信 ラスト一行の衝撃にこだわった連作短編集

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ラスト一行で落ちるミステリは本書だけ!

2008年刊行作品。新潮社の文芸誌『小説新潮』に掲載された4編に、書下ろし1編を加えて上梓されたもの。

単行本版の帯には以下のような記載がある。

ミステリの醍醐味と言えば、終盤のどんでん返し。中でも、「最後の一撃(フィニッシングストローク)」と呼ばれる、ラストで鮮やかに真相を引っ繰り返す技は、短編の華であり至芸でもある。本書は、更にその上をいく、「ラスト一行の衝撃」に徹底的にこだわった連作集。古今東西、短編集は数あれど、収録作すべてがラスト一行で落ちるミステリは本書だけ!

単行本版『儚い羊たちの祝宴』帯裏テキストより

終盤に思わぬ真相が提示されるミステリ作品はいくらでもある。しかし、短編集ですべての作品において「ラスト一行」にどんでん返しを入れてくるのは、相当に難易度の高い試みであると言える。本作は「短編作家」としての米澤穂信の職人芸を堪能できる一冊なのだ。これは読む側もテンションが上がる。

儚い羊たちの祝宴

儚い羊たちの祝宴

 

新潮文庫版は2011年に刊行されている。

儚い羊たちの祝宴(新潮文庫)

音声朗読のAudible版は2023年に登場。語り手は飯野めぐみ。無料体験キャンペーンで読むならこちらから。

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★★(最大★5つ)

「ラスト一行」へのこだわりがどれほどのものか読んでみたい方、米澤穂信のダークな側面を知りたい方、切れ味の鋭いミステリ短編を読みたい方、戦前の上流階層のクラシカルな雰囲気を楽しみたい方におススメ!

あらすじ

丹山家の使用人、村里夕日には悩みがあった。それは自身が知らず知らずのうちに犯罪に手を染めている恐怖だった(身内に不幸がありまして)。妾腹の娘として、資産家六綱家に引き取られた内名あまりは、閉ざされた館でひとりの男に出会う(北の館の罪人)。辰野家の別荘、飛鶏館の管理人を務める屋島守子が助けた遭難者。彼が見た館の秘密とは(山荘秘聞)。名家の跡取りとして生まれた小栗純香は、祖母から使用人として少女を与えられる(玉野五十鈴の誉れ)。成金の大寺家は「厨娘」と呼ばれる料理人、夏を召し抱えるのだが、彼女が振る舞う料理には秘密が(儚い羊たちの晩餐)。

五編を収録した連作短編集。

ココからネタバレ

魅惑の「使用人」ミステリ

冒頭にも書いたが、『儚い羊たちの祝宴』は「ラスト一行の衝撃」にこだわった作品だ。だが、その他にも共通する要素がある。収録されているすべての作品で「使用人」が重要な役割を果たしているという点である。

本作に登場する五人の使用人は以下の通り。

  • 身内に不幸がありまして:使用人・村里夕日
  • 北の館の罪人:北の館の小間使・内名あまり
  • 山荘秘聞:飛鶏館の管理人・屋島守子
  • 玉野五十鈴の誉れ:使用人・玉野五十鈴
  • 儚い羊たちの晩餐:厨娘・夏

使用人という職業を登場させるために、本作では戦前の日本、それも上流階級の社会を舞台としているのではないだろうか。

現代の感覚ではなかなか理解しにくいが、使用人にとって主の命令は絶対である。自分を捨てて仕えなくてはならず、またプロフェッショナルとしての成果も求められる。五人の「使用人」がいかなる活躍を果たしていくのか。この点も本作の愉しみの一つと言えるだろう。

なお、もう一つの共通要素「バベルの会」については最後に言及する。

以下、各編ごとにコメント。

身内に不幸がありまして

初出は「小説新潮」2007年6月号。

上紅丹(かみくたん)地方の名家、丹山(たんざん)家に仕える使用人、村里夕日(むらざとゆうひ)と、主人である長女の丹山吹子(ふきこ)の視点から描かれる。

素行不良で勘当された長男の宗太。殺された大叔母と叔母。毎年、7月30日になると、丹山家に訪れる惨劇とその意外な、というか、わりとあんまりな真相(笑)。

作中で言及されている著作は以下の通り。いずれも、「恐るべき眠り」をモチーフとした作品群である。

  • 木々高太郎『睡り人形』
  • 小酒井不木『メヂューサの首』
  • 浜尾四郎『夢の殺人』
  • 海野十三『地獄街道』
  • 江戸川乱歩『夢遊病者の死』『二癈人』
  • 夢野久作『ドグラ・マグラ』
  • 横溝正史『夜歩く』
  • ヨハンナ・スピリ『アルプスの少女』
  • シェイクスピア『マクベス』
  • 谷崎潤一郎『柳湯の事件』
  • 志賀直哉『濁った頭』
  • エラリー・クイーン『十日間の不思議』
  • 泉鏡花『外科室』

眠っている間に、意図しない行動を取ってしまうことを怖れる。「夜、他人と一緒に眠る」恐怖に耐えられない丹山吹子は、毎年のバベルの会の合宿直前になると、親族や使用人を殺害していたわけである。これ、おじいさまあたりは事実に気づいてそう。

北の館の罪人

初出は「小説新潮」2008年1月号。オマージュ元は泡坂妻夫『煙の殺意』収録の「椛山訪雪図」ではないかと思われる。

煙の殺意 (創元推理文庫)

煙の殺意 (創元推理文庫)

  • 作者:泡坂 妻夫
  • 発売日: 2001/11/23
  • メディア: 文庫
 

千人原(せんにんばら)地方の名家、六綱(むつな)家の妾腹の娘、内名あまりが主人公。母の死後、六綱家に引き取られたあまりは、隔離された北の館に腹違いの兄、六綱早太郎(そうたろう)が幽閉されていることを知る。

早太郎があまりに依頼した「買い物」リストは以下の通り。これらは、絵を描いていた早太郎が画材として必要であったもの。

  • ビネガー
  • 画鋲
  • 糸鋸
  • 乳鉢
  • 木材
  • ニス
  • 凧糸
  • 牛の血
  • ラピスラズリ

早太郎は、あまりが食事に混入させた砒素によって毒殺される。しかし己の死を予見していた早太郎は、絵を描いてあまりの罪を暗示して見せる。砒素の成分が残った、自らの髪の毛を絵に塗り込めたのだ。

そして、あまりを描いた奇妙な絵。「紫色の手」は、露草の青と、紅に赤を混色して作られた色である。露草の青はやがて褪色してしまい消え失せ、最後には紅の赤だけが残る。「赤い手」をしたあまりが、いつしか浮かび上がってくる。

「殺人者は赤い手をしている。しかし彼らは手袋をしている」という早太郎の言葉がここで生きてくるわけだ。未だ真相に気付いていない、詠子のラストの無邪気な一言が痺れる。

山荘秘聞

初出は「小説新潮」2008年2月号。

この世の天国とも呼ばれる景勝地、八恒内(やがきうち)。この地に、貿易商辰野家が建てた別荘が飛鶏館(ひけいかん)である。この館の管理人として雇われた屋島守子(やしまもりこ)が主人公。

守子は19歳でありながら、外回りの交渉から、館の管理清掃、食事の支度まで完璧にこなすスーパー使用人である。そんな守子が、遭難者として現れた越智靖巳(おちやすみ)を何故幽閉し、帰そうとしなかったのか?

主の辰野は別荘を訪れようとしない。しかし守子のメンテナンスによって、飛鶏館は最高の別荘に仕上がっている。ここでまさかの動機、「おもてなしをしたかったから」が生まれてくる。クールな有能キャラとして描かれている守子にして、このおもてなし感情がギャップでもあり、あまりに予想外な結末に繋がる。

本作における最後の一行「口止め料です。どうぞ、この山荘でのことはご内聞に」は、一瞬解釈に悩むところだが、文字通りの「口止め料=現金」と判断して差し支えないだろう。

真実に気付いた歌川ゆき子を、「ずしりと重い煉瓦のような塊。触れれば切れそうなこれこそが人の口を封じるのに適しています。」として黙らせていること。口約束を信用せず、外部への依頼時には常に前金を渡しているあたりが、根拠になるだろう。

「変わった肉」「特別な渉外」と不穏なワードが散りばめられているわりには、茶目っ気のある真相であり、今回収録された作品群の中では、例外的に明るい終わり方になっている。

玉野五十鈴の誉れ

初出は「小説新潮」2008年5月号別冊の「Story Seller」2008年spring。オマージュ元はG・K・チェスタトンの『ブラウン神父の童心』収録、「イズレイル・ガウの誉れ」ではないかと思われる。

ブラウン神父の童心 (創元推理文庫)

ブラウン神父の童心 (創元推理文庫)

 

零落を続ける高台寺(こうだいじ)の旧家、小栗家の長女純香(すみか)と、使用人、玉野五十鈴(たまのいすず)の交流を描いた作品。

玉野五十鈴の過去については多くは書かれていないが、教養の深さと、庶民であれば必須スキルである筈の調理が全くできないことから、相応の格式を持った家の出なのではないかと思われる。

絶対権力者の祖母に翻弄され、小栗家の跡継ぎの座を追われ、座敷牢に幽閉され毒杯を呷ることを要求される純香。純香と引き離された五十鈴は何をしたのか?

最後の一行から、五十鈴が赤ん坊の太白を焼却炉に閉じ込め、焼き殺したであることは推察がつく。気になるのは祖母の死にまで絡んでいるかどうか。純香に与えられた毒酒が回収されていてここで使われた可能性もあるが、徳利と杯は庭に投げ捨てたとあるので、毒は残っていないようにも思えるのだ。

ちなみに、バベルの会副会長が言及したマーヴィン・パンターは、イギリスの作家ドロシー・セイヤーズの「ピーター・ウィムジイ卿」を主人公としたミステリ作品に登場する従僕。

純香が口にしたジーヴスはP・G・ウッドハウスの『比類なきジーヴス』に登場する優秀で博識な従者。

そして、五十鈴が返したイズレイル・ガウは最初に少し書いたけど、G・K・チェスタトンの「ブラウン神父」シリーズの一編に登場するただひたすら忠実な下僕。

タイトルの「玉野五十鈴の誉れ」から、五十鈴の属性はチェスタトンのイズレイル・ガウに結び付けられていることが読み取れる。

儚い羊たちの晩餐

本作のみ書下ろしとなる。

大寺鞠絵(おおでらまりえ)は成金の娘。相場師の父親は見栄張りの癖に、身内にはケチで、鞠絵は会費滞納でバベルの会を除名になってしまう。一方で、新たに雇い入れた厨娘(ちゅうじょう)の夏は、破格の代金と引き換えに、極上の味覚を提供する料理人として登場する。

儚い者たちの聖域(アジール)であったバベルの会を、鞠絵は「実際家」であるとして追われてしまう。祖父の死にまつわる、父と叔父の犯罪を知ってしまった鞠絵は、やがて暗黒面へと堕ちていく。彼女が夏に用意させてアミルスタン羊は、バベルの会の会員たちの「唇」を使った人肉料理なのであろう。

ちなみに、作中に登場するジェリコーの「メデューズ号の筏」はこんな絵。応接間に飾るには確かに刺激が強すぎる……。

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/e/ea/Th%C3%A9odore_G%C3%A9ricault%2C_Le_Radeau_de_la_M%C3%A9duse.jpg/1280px-Th%C3%A9odore_G%C3%A9ricault%2C_Le_Radeau_de_la_M%C3%A9duse.jpg

メデューズ号の筏 - Wikipediaより

難破したメデューズ号の生き残りは、漂流する筏の上で飢餓に苦しめられ、食人行為に及んだのではないかとされている。この点からもアミルスタン羊は人肉であることが示唆されている。

バベルの会年代記

最後に本作に共通して登場するもう一つの要素「バベルの会」についてまとめておこう。バベルの会は、大学の読書サークルで、上流階級の女子だけが所属できる。「物語的な膜を通して現実に向き合う」夢想家たちの集いである。

本作で言及されたメンバーをまとめるとこんな感じ。

  • 会長:他のメンバーにくらべると若干ふくよかな体形
  • 副会長:小栗純香に玉野五十鈴についてのコメントを寄せる
  • 丹山吹子:他者との宿泊が出来ないため合宿不参加
  • 六綱詠子:会員であることが作中で言及されている
  • 前降の娘:屋島守子の前雇用主の娘
  • 小栗純香:途中で実家に呼び戻されたため合宿には参加していない?

このうち、丹山吹子は合宿未参加であるため、厨娘・夏のアルミスタン羊狩りを逃れている可能性が高い。実家に呼び戻されていた小栗純香も同様。逆に言うとその他のメンバーは漏れなく狩られてしまっているものと思われる。「儚い羊」とは彼女たちのことなのだろう。

ただ、六綱詠子は、合宿で狩られる前に、内名あまりに始末されている可能性もあるかな。大寺鞠絵はバベルの会崩壊の引き金を引いているが、日記があのような形で終わっていることを考えると、精神に失調を来したか?いずれにしても、まともな最期は迎えられていないように思える。

大ラスでは、バベルの会の復活が告げられる。会の復活を果たしたのは、生き残った丹山吹子か、小栗純香なのでは?という疑念もあったのだが、確定するだけの材料は示されていない。

なお、本作の英題は「The Babel Club Chronicle」である。直訳すると「バベルの会年代記」あたりだろうか。夢想家たちの集まりは終わらない。彼女たちは再び集い『儚い羊たちの祝宴』は続いていくのである。

儚い羊たちの祝宴(新潮文庫)

儚い羊たちの祝宴(新潮文庫)

  • 作者:米澤 穂信
  • 発売日: 2014/11/28
  • メディア: Kindle版
 

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