祝『冬期限定ボンボンショコラ事件』刊行と言うことで、「小市民」シリーズの旧記事をアップしています。本日は「夏期限定」です。
米澤穂信の「小市民」シリーズ第二弾
2006年刊行作品。東京創元社の文芸誌『ミステリーズ!』に掲載された「シャルロットだけはぼくのもの」「シェイク・ハーフ」に書き下ろしとなる短編四作を加えて上梓されたもの。
『春期限定いちごタルト事件』に続くシリーズ第二弾。その後『秋期限定栗きんとん事件(上下巻)』、2020年刊行の11年ぶりの新作『巴里マカロンの謎』へとシリーズが繋がり、更に2024年に完結編となる『冬期限定ボンボンショコラ事件』が刊行されている。最初から文庫オリジナルで登場しており、単行本版は存在しない。
前作では高校一年生だった二人も無事進級して二年生に。いきなり一年後だ。思ったよりも時間軸が進んでいる。そろそろ受験ってことも意識しないといけない頃合いだから、高二の夏休みってのは高校生活を素直に楽しめるギリギリの時期かもしれない。表紙の小佐内さんがとても可愛くて◎。片山若子のイラストは今回も素敵だ。
あらすじ
小市民として平穏な高校生活を送るべく、諦念と儀礼的無関心を心中にて養い、ささやかにひっそりとつつましく日々を送っていた小鳩クンと小佐内さん。高校二年の夏を迎えた二人だったが、小佐内さんの大胆な行動に小鳩クンは強い戸惑いを覚える。<小佐内スイーツセレクション・夏>を制覇すべく、街中の甘味処を行脚する二人。こ、これはもしかして男女交際?いったい小佐内さんの心境にどんな変化が訪れたのだろうか。
以下、例によって各編ごとにコメント。
まるで綿菓子のよう
書き下ろし作品。本作の導入編。
静かな序章に見えるが、「顔を見られたくない人」や「狐の面」など、本編のこれからを暗示するかのような不穏なキーワードが散りばめられている。それでいて、最後の小佐内さんの一言「何だか、素敵な予感がしてるの!」が、改めて読み返してみると怖い。甘いものが二番目に大好きな小佐内さんだが、彼女が一番に好きなものは「復讐」なのである。既にこの時点で小佐内さんの腹は決まっていたのではないだろうか?
シャルロットだけはぼくのもの
初出は『ミステリーズ!』Vol.13。
戦慄の<小佐内スイーツセレクション・夏>が公表され、小鳩くんと小佐内さんの運命の夏が始まる。セレクションのリストはこのページのラストにまとめておいたので、興味のある方は見てね。
洋菓子シャルロットを巡る、二人の心理戦を描く。静かな緊張感を湛えた一作。あまりケーキ類を食べつけない方は、ピンと来ないかもしれないがシャルロットはこんなお菓子。
パン、スポンジケーキまたはビスケット、クッキーを型に貼り付け、その中にフルーツのピュレやカスタードなどを詰め、冷やしたものである。
シャルロット (菓子) - Wikipediaより
イメージ的にはこんな感じ。
グレープフルーツのシャルロットケーキ by tomofriend 【クックパッド】 簡単おいしいみんなのレシピが322万品より
小鳩くんと小佐内さんの二人は、互恵関係にはあるが、依存関係にはない。真夏の日中に呼びつけられた小鳩くんは、小佐内さんに貸しを作ったような気になり、知恵試しの勝負を挑んでも良いのではないかと思うようになる。「小市民」として生きていくことを誓った二人は、他者の前でその力を見せびらかしたりはしない。しかしお互いが相手ならばそれは例外である。リミッターは外れるのだ。
最初に勝負を挑んだのが小鳩くんだったという事実をここでは心に刻んでおこう。既に小佐内さんの「計画」は進行中であったかと思われるが、小鳩くんを巻き込む決意はここで固まったのではないだろうか。
シェイク・ハーフ
初出は『ミステリーズ!』Vol.14。
堂島健吾が再登場。石和馳美を巡る薬物乱用グループの存在が仄めかされ、一気にキナ臭い雰囲気になっていく。
健吾が残した「半」の謎。これに積極的に関与していく小鳩くんを、小佐内さんは咎めようとしない。小佐内さんの「計画」静かに進行中である。本編は、小鳩くんの能力を測る上での予行演習的な意味を持ったエピソードとなっている。奢ってくれたフローズンすいかヨーグルトは、報酬の前払いであったのだろう。
激辛大盛
書き下ろし作品。
スイーツばかり続くと辛いのでここ息抜きに辛いものでも。真夏にラーメン。しかも激辛大盛!高校生男子の旺盛な食欲は、振り返ってみると羨ましい。
石和馳美のグループから抜けられない川俣さなえ。さなえの妹である、川俣かすみといい感じの仲になっていた健吾が、影でいろいろ頑張っていたことが明かされる。
石和馳美が補導された背景には何者かの密告があったらしい。読み手としては、ここで、ああ小佐内さんが陥れたのかと、物語の構造が見え始めてくる。
おいで、キャンディーをあげる
書き下ろし作品。
8月19日は三夜通りまつりの日。小鳩くんの予定を執拗に確認する小佐内さん。「計画」実行の当日である。
小佐内さんが略取誘拐されたというのに、突如として訪れた非日常に高揚してしまう小鳩くん。知恵働き大好き。出された謎は解いてしまうのが小鳩くんの本性である。度し難い性分ではあるが、これもすべて小佐内さんのコントロール下にあったかと思うと切ない。
りんごあめの概念を一段上に押し上げる程の銘品。和菓子店むらまつやが作った、ガチのりんごあめ食べてみたい。。。
小佐内さんは云う「このりんごあめを食べてもらわないことには、真の価値あるものを紹介したことにはならないの」。このりんごあめは、小佐内さんの「計画」を暗喩したものなのである。
本編のタイトル「おいで、キャンディーをあげる」は、誘拐犯が子どもを誘いだす際に使う常套句的な意味合いがあるのだと思われるが、このキャンディーには「りんごあめ」の意味も込められている筈である。
小佐内さんが、真の価値あるものとして提供したかったものとは?結局この「りんごあめ」から、彼女の真意は小鳩くんに見抜かれてしまう。真夏の物語なのに、ここから一気に物語の体感温度は下がっていくのである。
スイート・メモリー
書き下ろし作品。
謎解き編。スイート・メモリーとは「甘い思い出」の意。一年余りにわたって互恵関係を築いてきた二人の日々が終わろうとしている。
「犯罪はお菓子じゃないよ」
「小鳩くんの『小市民』だって、嘘じゃない」
人間の本質的な部分は、簡単に変えてしまったり、抑え込んでおくことは難しい。被り続けてきた「小市民」が偽装に過ぎなかったことを互いに指摘しあう二人。考えることはできるけど、共感することができない。
これぞ米澤穂信といった、見事なビターエンドで、ファン的には堪らない結末である。それでも「情」の部分がなかったわけでない。このあたりの、無闇に背伸びしているところもいい感じである。
小鳩クンVS小佐内さん、似た者同士の対決
川中島の戦いに歴史上の価値はない。しかし武田信玄と上杉謙信。戦国時代屈指、二人の英雄が激突したことにこそ意義がある。
本作では「小市民」としてつつましく生きていくことを決めた筈の二人が、その本質から逃れることが出来ず、遂に対決する物語である。二人の対決は、いつかは起こること。避けられないことであったのかもしれない。
いつかは起こるのではないかと予想はしていたけれども、こんなに早くこの構図が見られるとは思わなかった。エヴァンゲリオンで例えるなら、いきなり第二話で参号機との同型機対決があるようなもの(変な例え)。小市民の仮面を被りながらも、本性を押さえきれない二人。緊張感溢れるラストの対決シーンが痺れる。
復讐鬼モードの小佐内さんが半端なく怖ろしいことはある程度判っていたけれど、さすがにこの仕打ちはちょっと酷い。拉致近々を略取誘拐にランクアップ。これ、警察にバレないで済むのかな?声紋調べたらバレるのでは?
本作でも、小佐内さんの過去は未だ明らかされず。中学時代にいったい何があったのか。ここいら辺は秋期と冬期で描かれるのだろうか。
おまけ1:小鳩くんと小佐内さんが食べたもの
「小市民」シリーズの魅力の一つは数々のスイーツたちである。
ということで、前回に引き続き小鳩くんと小佐内さんが食べたスイーツたちをまとめてみた。
夜祭の露店(まるで綿菓子のよう)
小佐内さん:綿菓子
ジェフベック(シャルロットだけはぼくのもの)
小鳩くん:シャルロット・マンゴープリン(<小佐内スイーツセレクション・夏>10位)
小佐内さん:シャルロット(2)・マンゴープリン
あすか(シェイク・ハーフ)
小鳩くん・小佐内さん:宇治金時(<小佐内スイーツセレクション・夏>9位)
ラ・フランス(シェイク・ハーフ)
小鳩くん・小佐内さん:桃のミルフィーユ(<小佐内スイーツセレクション・夏>6位)
ハンバーガーショップ(シェイク・ハーフ)
小鳩くん:チーズバーガー
健吾:夏のスペシャルセット(ハンバーガー・コーヒー・ポテト・ナゲット)
ベリーベリー三夜通り店(シェイク・ハーフ)
小鳩くん・小佐内さん:フローズンすいかヨーグルト(<小佐内スイーツセレクション・夏>7位)
道の駅キラパーク(激辛大盛)
小鳩くん・小佐内さん:スペシャルサンデー
金竜(激辛大盛)
小鳩くん・健吾:タンメン
桜庵(おいで、キャンディーをあげる)
小鳩くん・小佐内さん:あいすくりいむ二種盛り合わせ
むらまつや(おいで、キャンディーをあげる)
小佐内さん:りんごあめ
セシリア(スイート・メモリー)
小鳩くん・小佐内さん:夏期限定トロピカルパフェ
おまけ2<小佐内スイーツセレクション・夏>
米澤作品でリストが出てきたら要注意である。そこには周到な作者の狙いが隠されている。
なので、小佐内さん謹製<小佐内スイーツセレクション・夏> を公開しておこう。その数なんと30!木良市、スイーツ店に恵まれ過ぎで、ちょっとうらやましい。
1.<セシリア>夏期限定トロピカルパフェ
2.<ティンカー・リンカー>ピーチパイ
3.<むらまつや>りんごあめ(←販売時期注意!)
4.<桜庵>あいすくりいむ二種盛り合わせ(←黒胡麻&豆乳)
5.<道の駅キラパーク>スペシャルサンデー
6.<ラ・フランス>桃のミルフィール
7.<ベリーベリー三夜通り店>フローズンすいかヨーグルト(←生クリームトッピング)
8.<ライトレイン>黄桃パフェ
9.<あすか>宇治金時(←つぶあんで注文)
10.<ジェフベック>マンゴープリンベスト10選外 含非夏期限定商品 要! 注目!
ランクA
<あかずきん>レアチーズケーキ
<アリス>グレープフルーツタルト
<プランタジネット>アンブロシアケーキ
<春日製菓鍛冶町直売所>おはぎ(←お盆限定)
<レモンシード>カヌレ(←お持ち帰り専用)
<コーンフォーク>ツィトローネン
<ハンプティ・ダンプティ>パンナコッタ(←再封印中)
<カノッサ>紅茶サブレ
<ラロッシュ>オリジナルクッキーセット
<椿苑>わらびもちランクB
<喫茶待夢>チョコレートシフォン
<アールグレイ2>ティラミス
<甘泉>あんみつ
<タリオ>ハーフ&ハーフシュークリーム
<グネヴィア>パイナップルワッフル
<銀扇堂>白玉団子
<トライアングル>桃のロールケーキ
<トリコロール松波ビル店>サバラン
<カフェテリアかがわ>ぶどうのパウンドケーキ
<ムーンストーン>バームクーヘン『夏期限定トロピカルパフェ事件』p31~34より
コミカライズ版
春期同様に、夏期もマンガ版が存在する。初出はスクウェア・エニックスのマンガ雑誌月刊「Gファンタジー」で、前編が2010年3月~8月号、後編が2010年9月~2011年2月号。作画は春期から変わっていて、構成が山崎風愛(やまざきふうあ)、作画がおみおみとなっている。
前編・後編の二巻構成になっていて、前編の巻末にはおまけ4コマの「小鳩探偵と怪盗シャルロット」が収録されている。加えて、いずれの巻末にも山崎風愛とおみおみ、更に米澤穂信のあとがきが入っている。
その他の米澤穂信作品の感想はこちらから
〇古典部シリーズ
『氷菓』/『愚者のエンドロール』/『クドリャフカの順番』/ 『遠回りする雛』/『ふたりの距離の概算』/『いまさら翼といわれても』 / 『米澤穂信と古典部』
〇小市民シリーズ
『春期限定いちごタルト事件』/『夏期限定トロピカルパフェ事件』 / 『秋期限定栗きんとん事件』 / 『巴里マカロンの謎』 / 『冬期限定ボンボンショコラ事件』
〇ベルーフシリーズ
〇図書委員シリーズ
〇その他
『さよなら妖精(新装版)』/『犬はどこだ』/『ボトルネック』/『リカーシブル』 / 『満願』 /『儚い羊たちの祝宴』 / 『追想五断章』 / 『インシテミル』 / 『Iの悲劇』 / 『黒牢城』 / 『可燃物』