米澤穂信の歴史ミステリが登場
2021年刊行作品。タイトルの『黒牢城』は「こくろうじょう」と読む。
KADOKAWAのWEBマガジン「文芸カドカワ」及び「カドブンノベル」に2019年~2020年にかけて掲載されていた作品に、加筆修正をした上で、書下ろし一篇を加えて上梓されたのが本作である。
直木賞受賞、六冠に輝いた作品!
昨日、第166回の直木賞受賞作が発表され、米澤穂信の『黒牢城』が見事受賞!
米澤穂信の作品としては、2014年に『満願』が第151回直木賞候補に、また、2015年の『真実の10メートル手前』が第155回直木賞候補になっていたので、『黒牢城』は三度目の正直での受賞ということになる。長年のファンとしては嬉しい。
なお、『黒牢城』は2021年のミステリ系各賞、「週刊文春ミステリーベスト10」「このミステリーがすごい!」「本格ミステリ・ベスト10」「ミステリが読みたい!」すべで第一位を獲得。加えて、第12回の山田風太郎賞をも獲得しており、直木賞を加えるとなんと六冠!なんとも凄まじい作品となってしまったものである。
おススメ度、こんな方におススメ!
おすすめ度:★★★★(最大★5つ)
戦国時代を舞台とした本格ミステリを読んでみたい方。荒木村重、もしくは黒田官兵衛のファンの方。大河ドラマの『軍師官兵衛』を見ていた!という方。米澤穂信が書く歴史ミステリに興味のある方におススメ!
あらすじ
天正6(1578)年、織田信長配下の武将、荒木村重は突如として反旗を翻し、摂津国・有岡城に籠城する。信長軍による包囲が続くが、頼みとしている毛利の援軍はいっこうに現れない。焦燥感を深めていく村重だったが、そこで事件が起こる。事態を持て余した村重は、土牢に幽閉中の敵将、小寺(黒田)官兵衛の知恵に頼ることになるのだが……。
ココからネタバレ
「人が死んでもおかしくない」米澤作品
米澤穂信(よねざわほのぶ)作品と言えば、「古典部」シリーズや「小市民」シリーズのような学園を舞台とした、日常の謎系ミステリを思い浮かべる方が多いだろう。米澤穂信はミステリ作家でありながら、なかなか登場人物を殺さない。人が死ぬにはそれ相応の舞台が必要だと感じているのだろうか。
中世のヨーロッパを舞台とした『折れた竜骨』。戦前の日本の上流社会を扱った『儚い羊たちの祝宴』。異国ネパールで繰り広げられる『王とサーカス』。特殊なクローズドサークル環境を用意した『インシテミル』など「人が死んでもおかしくない」状況設定に米澤穂信はこだわる。
その意味で、本作『黒牢城』は日本の戦国時代が舞台である。米澤作品中でもっとも「人が死んでもおかしくない」作品と言えるだろう。
黒田官兵衛が謎を解く安楽椅子探偵モノ
本作で主役を務めるのは戦国武将荒木村重(あらきむらしげ)である。詳しくはWikipedia先生を参照の事。『黒牢城』は歴史的知識が無くても楽しめる作品ではあるが、最低限の歴史的事実は把握してから挑んだ方が数倍楽しめる。
荒木村重は織田信長の配下武将であったが、突然謀反を起こし居城である有岡城に立てこもる。この有岡城に、降伏勧告のために使者として遣わされたのが黒田官兵衛だ。しかし、村重は降伏勧告を受け入れず、官兵衛を城内の地下牢に幽閉してしまう。その期間はなんと一年以上!
劣悪な環境下で監禁されていたため、官兵衛の脚は曲がり、萎え、生涯片足を引きずって歩くことになる。このあたりはNHKの大河ドラマ『軍師官兵衛』をご覧になっていた方であればご存じの展開かと思う。
籠城中の荒木村重と、監禁されている黒田官兵衛。『黒牢城』は制約のある環境で生きることを強いられた、この二人を主軸として物語は展開されていく。名軍師として知られた黒田官兵衛を探偵役として用いる発想が面白い。
それでは、以下、各編について簡単にコメントしていきたい。
雪夜灯籠
荒木方についていた、安部二右衛門(あべにえもん)が織田方に寝返った。村重は人質として預かっていた二右衛門の一子、自念(じねん)を牢につなぐことを決める。しかし雪の降る晩、自念は何者かによって殺害されてしまう。
戦国時代の雪密室!なんとも心躍る設定である。官兵衛を斬らなかったのと同様に、村重は自念をも斬ろうとしない。そのこだわりにはどんな理由があるのか。
容疑者として浮かび上がってくるのは以下の五名。
郡十右衛門(こおりじゅうえもん)、秋岡四郎介(あきおかしろうのすけ)、伊丹一郎左衛門(いたみいちろうざえもん)、乾助三郎(いぬいすけさぶろう)、森可兵衛(もりかへえ)。数字が入った名前が多いのは識別をしやすくするためか?個人的には冒頭にキャラクター一覧が欲しかったかな。
村重の「不殺」は、片っ端から敵を殺してしまう信長への対抗意識であったことが明かされる。しかし殺さないことで、新たな火種が生まれてしまうのが戦国の世である。
花影手柄
織田方の武将、大津伝十郎(おおつでんじゅうろう)の陣を急襲した村重らは、見事な勝利を挙げる。しかも討ち取った武将の中には、敵将伝十郎の首級が含まれているのだと云う。どの首が伝十郎なのか?そして討ち取ったのは誰なのか?
殺人犯を当てるというよりは、誰が敵将を討ち取ったのか?どの首が敵将の首なのか?を探るミステリ。情報が限定される戦国時代では、敵将の顔を知らないのは当たり前。限定された情報の中で意外な真実が明らかにされる。
登場する荒木方の武将は、雑賀衆の鈴木孫六(すずきまごろく)と、地元高槻衆の高山飛騨守(たかやまひだのかみ)。村重は当時、信長に抵抗を続けていた本願寺とは同盟関係にあり、雑賀衆の鈴木孫六は本願寺系の応援武将。一方で、高槻衆の高山飛騨守は地元の盟友でありこちらも疎かには出来ない間柄である。
過酷な籠城環境の中で、配下武将たちの勢力バランスに気を遣う村重の気苦労がわかる一編。
遠雷念仏
織田方との和睦の道を探る村重は、廻国の僧、無辺(むへん)に、明智光秀への書状と、名物の茶壷「寅申(とらさる)」を託す。しかし、無辺は城内にて刺殺されてしまう。いったい犯人は誰なのか?
限定された条件の中で、無辺を殺すことが出来たのは誰か?村重方の武将の中で、慎重派の北河原与作金勝(きたがわらよさくかねかつ)と、好戦的な瓦林能登入道(かわらばやしのとにゅうどう)らが、容疑者として浮かび上がる。ロジカルに可能性を検証していく過程が興味深い。
隣国の宇喜多家が織田方につき、西の大国毛利の援軍も望めない。敗色濃厚となった村重は、官兵衛より「領主の名分」を説かれる。天下を目指し諸国を転戦したい村重と、自分の領地さえ護れれば良いとする配下武将たちとの考え方の違い。孤立を深めていく村重の焦燥が描かれる。
落日孤影
落雷で命を落としたかに見えた瓦林能登入道だったが、死の直前に狙撃されていたことが判明する。誰が?何のために?どうやって?敗色濃厚となっていく有岡城にあって、村重と官兵衛の最後の謎解きが始まる。
織田方の包囲は続き、援軍は来ない。勝ち目のない戦であることが次第にわかってくる中で、城内の士気は日に日に下がっていく。
これまでの自念殺しや、大津伝十郎の首級をめぐる怪異、無辺殺害と、瓦林能登入道狙撃犯の謎。終盤に入って、これまでのエピソードが一気に繋がってくるのが本作の醍醐味と言える。黒幕のあの人の存在は、当初から相当に怪しかったので想定通りではあったけど、動機がいささか想定外だった。
村重は何故叛き、何故逃げたのか
荒木村重は、どうして織田信長に対して叛旗を翻したのか。そして、落城間近の有岡城を捨て、どうして村重は単身逃げたのか。この二点は歴史上のミステリとされている。
この点について、米澤穂信はこんな回答を用意していた。
官兵衛、主君の罰には詫言で謝すことが出来る。神仏の罰は祈りで逃れることも出来よう。じゃが、民や家中が下す罰には、何者も抗うことは出来ぬ。儂が恐れたものは、それじゃ。ゆえに叛いた。儂はただ、荒木の家を残そうとしたまで。武士として生き残るすべを求めたまで。ーー倒れていく織田に、巻き込まれまいとしたまで。
『黒牢城』p423より
主君の罰、神仏の罰を超えて、一番恐ろしいのは民の罰である。信長は天下布武の為とはいえ民を殺し過ぎた。いずれその因果が回ってくる。信長との共倒れを村重は危惧していたというわけだ。
じゃが儂は戦いに酔い、おのれが何のために叛旗を翻したかを忘れた。儂の不覚はそこよ。
『黒牢城』p423より
村重は城や家臣を捨て、その威光は地に堕ちる。遺された家族や、家臣たちは信長の命により皆殺しとされる。暗澹たる結末ではあるが、せめてもの救いは、村重の遺訓が官兵衛によって継承される点であろう。死んだと思っていた、官兵衛の息子、松壽丸が生きていことと合わせて、本作の微かな希望となっている。
米澤穂信作品の感想はこちらから
〇古典部シリーズ
『氷菓』/『愚者のエンドロール』/『クドリャフカの順番』/ 『遠回りする雛』/『ふたりの距離の概算』/『いまさら翼といわれても』 / 『米澤穂信と古典部』
〇小市民シリーズ
『春期限定いちごタルト事件』/『夏期限定トロピカルパフェ事件』 / 『秋期限定栗きんとん事件』 / 『巴里マカロンの謎』
〇ベルーフシリーズ
〇図書委員シリーズ
〇その他
『さよなら妖精(新装版)』/『犬はどこだ』/『ボトルネック』/『リカーシブル』 / 『満願』 /『儚い羊たちの祝宴』 / 『追想五断章』 / 『インシテミル』 / 『Iの悲劇』 / 『黒牢城』 / 『可燃物』
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