米澤穂信のデビュー作
2001年刊行。第五回角川学園小説大賞奨励賞受賞作。同大賞はこの年から、ヤングミステリー&ホラー部門を創設しており、当該部門で、奨励賞を受賞したのが本作だ。2022年に『黒牢城(こくろうじょう)』で直木賞を受賞した米澤穂信のデビュー作である。
2001年は角川スニーカー文庫に、サブレーベルとして、スニーカー・ミステリ倶楽部が誕生した年でもあり、このレーベルへの供給源としての新部門設立という意向があったものと推測できる。
結局、スニーカー・ミステリ倶楽部が短命に終わったので、ヤングミステリー&ホラー部門は第十回をもって終わってしまうのだが、米澤穂信を世に出したということだけでも、意義のあった取組みであったと言えるだろう。
ちなみにこの年、自由部門では、滝本竜彦が『ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ 』で特別賞を受賞し、同様にデビューを果たしている。この二人、実は同期なんだよね。
英語タイトルの変遷
古典部シリーズには邦題とは別に、英語タイトルがつけられている。Wikipedia先生から引用させていただくと事情は以下の通り。『氷菓』の英題は何度も変更されていることがわかる。
〈スニーカー・ミステリ倶楽部〉の作品は別途英題が付けられることになっており、角川文庫に移籍後も表紙に英題が書かれている(この際『氷菓』の英題は「HYOUKA」から「You can't escape」に変更され、さらに2012年3月31日発行の第28版から「The niece of time」に変更された)。単行本で出版された作品についても、文庫化の際に英題が付けられている。
氷菓 - 「HYOUKA」(氷菓)→「You can't escape」(あなたは逃れられない)→「The niece of time」(時の姪)
現在の英題「The niece of time(時の姪)」はジョセフィン・テイの『時の娘』に由来するものと思われる。もちろん、本作の重要登場キャラクターである関谷純の姪、千反田えるを暗示していることは言うまでもない。
スニーカー文庫から角川文庫へ
こちらが、スニーカー文庫の、スニーカー・ミステリ倶楽部として登場した際の書影。昨今の京アニデザインに慣れていると衝撃を受けるかもしれない。表紙イラストは上杉久代が担当している。
左側の巾着を持っているのが里志で、長髪のセーラー服女子はえる、となると中心にいる、ややぬぼーっとした感じなのが奉太郎なのであろう。なお、右上で見切れているのが摩耶花である(哀しい摩耶花派のわたし)。
なお、この本には口絵がついていて、表紙に使われたイラストが別デザインで掲載されているのだが、なぜかこちらは摩耶花は見切れずに入っている
スニーカー・ミステリ倶楽部が不発に終わったことで、同レーベルに収録されていた作品のうち、有力な作品は一般の角川文庫からの発売に切り替えらえている。角川文庫版の書影はこちら。
ライトノベルっぽさはすっかり無くなっている。以後、後々の、古典部シリーズ(文庫版)の書影は、このデザインで刊行されていくことになる。
ちなみに、音声朗読されたオーディオブック版は2019年にリリースされている。ナレーションは声優の土師亜文(はしあふみ)が担当している。
おススメ度、こんな方におススメ!
おすすめ度:★★★★(最大★5つ)
直木賞作家、米澤穂信の作品を、デビュー作から読んでみたい方。アニメ版の『氷菓』を見て、原作が気になっている方。ほろ苦テイストの青春ミステリがお好きな方。学園を舞台としたミステリに興味のある方におススメ!
あらすじ
高校に入学した折木奉太郎は姉の薦めで廃部寸前であった古典部へと入部する。一人で部室を独占出来ると意気込んでいた奉太郎だったが、もう一人の新入部員千反田えるの登場によって彼の高校生活は大きく進路修正を強いられることになる。古典部の文集「氷菓」。そのタイトルに込められた意味とは。三十三年前に起きた、ある悲劇とは一体何だったのか?
ここからネタバレ
学園を舞台とした「日常の謎」系ミステリ
省エネ型の少年の主人公が、ヒロイン(天然お嬢様キャラ)の無邪気な好奇心に引きずられて、やむをえず学園の謎に立ち向かっていく連作短編集。登場する謎は事件とも言えないような無いささやかな出来事ばかり。いわゆる「日常の謎」系のミステリだ。。メインの四人のキャラ立ちが良く、各編とも程よい短さなのでリーダビリティは高い。
それぞれの章で小テーマを解決しながら、全編を通じて設定されている大テーマに最終的には迫っていくのだが、いかにも青春ミステリというべきビターなオチに胸が震える。タイトル名に込められた意味も良かったけど、学園祭の別称の元ネタには泣きそうになった。ちっとも気付かなかったわたしなのであった。
薔薇色と灰色と
本作で繰り返し登場する「薔薇色の高校生活」と「灰色の高校生活」。自身の「灰色」属性に心ならずもコンプレックスを抱いていた奉太郎が、今回の事件を通じて「相対的に悪くはないだろう」と思えるまでに成長する。
薔薇色と灰色と、それはどちらが良い、正しいと言えるようなものではなく、人それぞれの価値観によるだろう。ただ一つ言えるのは、「きっと十年後、この毎日を惜しまない」と思える日々を送ること。関谷純の人生から、奉太郎が得た教訓はそこにあったのではないだろうか。
その他の米澤穂信作品の感想はこちらから!
〇古典部シリーズ
『氷菓』/『愚者のエンドロール』/『クドリャフカの順番』/ 『遠回りする雛』/『ふたりの距離の概算』/『いまさら翼といわれても』 / 『米澤穂信と古典部』
〇小市民シリーズ
『春期限定いちごタルト事件』/『夏期限定トロピカルパフェ事件』 / 『秋期限定栗きんとん事件』/ 『巴里マカロンの謎』
〇その他
『さよなら妖精(新装版)』/『犬はどこだ』/『ボトルネック』/『リカーシブル』 / 『儚い羊たちの祝宴』 / 『追想五断章』 / 『インシテミル』 / 『満願』 / 『王とサーカス』 / 『真実の10メートル手前』 / 『 黒牢城』
アニメ版はおススメ!コミック版もあるよ
2012年に京都アニメーションによりアニメ版がリリースされている。監督は武本康弘。第四巻である『遠まわりする雛』までのエピソードが収録されている。派手さの少ない「日常の謎」系ミステリをいかに動かして、魅力的に見せていくかという点で、凝りに凝った独特の演出が見事に成功していて、ファンとしても嬉しいアニメ化作品となっている。
好奇心の猛獣こと、千反田えるのキメ台詞「わたし、気になります」を、あれだけ素敵にに映像化してくれたのは望外の喜びでなのであった。
コミック版は、アニメ版と同様に2012年から展開されていて、13巻まで刊行されている。原作に追いつくにはまだかなりかかりそう。
映画版はキャスティングがちょっと
2017年に安里麻里監督で、実写映画化された。こちらは古典部シリーズ一巻目の『氷菓』のみを映像化したもの。
キャスティングはこんな感じ。
折木奉太郎(山﨑賢人)
千反田える(広瀬アリス)
伊原摩耶花(小島藤子)
福部里志(岡山天音)
糸魚川養子(斉藤由貴)
山﨑賢人&広瀬アリスありきのキャスティングというべきか、全体的に年齢高めで高校一年生を演じるのは、さすがに無理があったのではないだろうか。糸魚川先生を斉藤由貴クラスの役者が演じている時点で、どう見てもこの人チョイ役じゃないだろと判ってしまうのも、実写版の難しさだよね。作中の雰囲気なんかは悪くなかったのだけど、なんとも残念。